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ウィザーズ・ブレイン 完結ネタバレ感想と妄想

以前の記事は私的な話にほぼ始終していたので、今年出た三冊まとめてのネタバレ含む感想になります。


【天樹錬もろもろ】

第一巻主人公でシリーズ統括主人公なのに、設定上スペックはチートなのに、戦えば大抵負けるか目的は達成できないというある意味すごい主人公。
オマケに全登場人物屈指の優柔不断で行き当たりばったり、大局的に物事を見られずすぐ感情的になって年上相手でも敬意を払わない言葉遣いをするなど、実年齢9~11歳の少年であることを考慮しても、他キャラにもっと幼い連中がたくさんいるのでその点で全く言い訳ができないという、本当にものすごい主人公。

でもそんな錬だから、そんな錬にしかできないことがある。

とウィザーズ・ブレイン本編開始である六巻のアニルさんが言及したことで、我々読者は彼が覚醒するまで15年以上期待し焦らされ待たされたわけですが、果たしてその実態は文句無しの覚醒っぷり。

ちなみに9巻中巻までの錬は対魔法士戦では本人の覚悟が半端ということもあって負けが多かったですが、こと魔法災害や多くの人物が混乱して動く状況では対応能力が高くそのおかげで活躍できていた場面も多いのも事実だったりします。
……それでも真昼兄は助けられなかったのは巡り合わせと真昼兄ご本人のせいだとしか言いようがない。

※※※

錬が覚醒するまでの過程は今年出た三冊に集中しているんですよね。
一応、9巻上巻時点で「最愛のフィアが攫われて利用される」「イルと二人がかりでサクラと戦って完全敗北」という挫折も大きいのですが。

今まで錬は究極的には「家族の兄と姉、恋人のフィアが幸せならそれでいい」ということしか考えていなかった、視野が狭い少年ではありました。
錬の悪い所は「自分の周囲の人たちが幸せならそれでいい」を言い訳にして、自分の起こした行動による責任から逃げる所でもありました。真昼の死はそのツケとして集中しています。
そして、中巻で最愛のフィアが、彼女自身の意志で以って「自分を犠牲にしてでも人々が和解できる手段となる」ことを選択したことで、錬はある意味フィアから突き放され、フィアを言い訳にすることもできず、自分自身の意志を問われる立場にとうとう立たされることに。

オマケにそのフィアが生死不明の状況となって、いよいよ錬は状況に流され愛する人を守るなどという耳障りがいいだけの言い訳もできず、自身の意志、自分がこの滅亡に向かおうとしている世界で何がしたいか、何ができるかを考えなくてはいけなくなった時、錬はやっぱり「もう何もしたくない」を選びました。
さすが錬だ。このウジウジさ加減こそが錬だ。20年経っても全くキャラがブレないこの安心感!

※※※

そんな錬が覚醒した理由はもう色々と複雑に絡み合っているわけですが、私が褒め称えたい、そして感動したのは「最愛の恋人であるフィアが錬の覚醒要因に関与していないこと」
フィアのためじゃなくて、錬自身が今まで出会ってきた人々や、先達して逝ってしまった真昼、祐一、アニルの遺志を想い、世界とどう向き合うか決めて、最後に残った家族である姉の月夜の意志にも反して、絶滅戦争を選択する世界に立ち向かうことを決断する。

ここらへん、錬個人の意志というわけでもなくヘイズ&ファンメイのアホ兄妹のバカ作戦に感化されたとか、イルが通常人と魔法士の橋渡しになってくれたとか、その希望の篝火を沙耶ちゃんが熾してくれたとか、やっぱり錬は状況に流されたのでは?とも考えられますけど、強固なる克己心で以って世界に立ち向かうのは、対となるサクラが担当しているのでアンチテーゼとしてこれは必要な流れです。

そのアンチテーゼの締結と言えるのは二人の最終決戦より手前、9巻下巻の終盤である

(――擬似演算機関、展開完了)

(――情報制御演算制御デーモン『アルフレッド・ウィッテン』、起動)

今までのウィザーズ・ブレインはこのシーンのために在ったのだとすら思えるほど、二人の悪魔使いのスタンスの違いを表わす名シーンでした。

【二人の悪魔使い】

最終決戦時に語られているのですが

天樹錬は、情報制御理論の大家である天樹健三が通常人を皆殺しにして魔法士だけの世界を造るための魔法士として生み出された人間兵器。
サクラは、情報制御理論の父と言えるアルフレッド・ウィッテンの遺伝子上の実娘であり、ただありふれた幸せをこんな世界でも得て欲しいと願って生み出した少女。

でも二人は、製造した親の思惑とは正反対の道を歩み、対決することに。

※※※

上述した錬が最後に創生した新デーモン「アルフレッド・ウィッテン」はもう名前からして、錬がアルフレッドの意志の後継者と言える演出です。
錬のデーモンは「空間曲率制御アインシュタイン」「分子運動制御マクスウェル」などそれぞれ対応する物理法則や理論提唱者の学者から名前を貰っているわけですが、外付け仮想CPU、情報制御をするためのデーモンに「アルフレッド・ウィッテン」という作中人物名を名づけたのは説得力とテーマが完全に一致した本当に至高の演出でした。

通常人のアルフレッドは、始まりの魔法士アリスと恋に落ち、二人で静かに穏やかに暮らせる世界を共に望んでいただけだった。
通常人とか魔法士とか関係なく、世界の思惑に振り回されながらも最後まで互いの融和を諦めなかったアルフレッドは、天才的頭脳を除けばどこにでもいるごく普通の心優しい純朴な青年にしか過ぎなかったわけで。
この「持って生まれた才能に見合わない優柔不断な性格で世界の荒波に抗えず、大切な人を守ることすらできない優しい少年」という点においてはアルフレッドと錬は遺伝子上の繋がりは無いのに似ています。

※※※

一方で天樹一家三人は全員が漏れなく「善人だけど性格に致命的問題を抱えた怪物的天才」というめっちゃ危険ヤベェ連中。
錬が割とかなり礼節に欠いた性格しているのは間違いなく兄姉の教育のせいです。天樹一家本当に心底マジ危険ヤバイ

結果、情報制御理論成立過程において、かなり裏で噛んでいた真昼がサクラの導き手となり天樹健三博士の諦めである「通常人を見限る」選択をサクラがせざるを得なかったのは、真昼個人の思惑はともかくとして仕方ない流れだったんじゃないかなと思います。
そもそも、真昼に出会う前からサクラは魔法士を虐げる世界に対して全力で牙を剥いていましたから、真昼が死んじゃったらもうサクラ自身が本当は嫌でも殺るしかないという酷いお話。

※※※

悪魔使いは捻くれているから親の思惑とは正反対の道を歩み、そして二人の悪魔使いは別々の形で世界に対してケンカを売って「通常人とか魔法士とか区別無く人類全員が未来を考えないとどの道お前ら滅ぶぞ?」と暗に突きつけたことで、やっぱり二人揃って世界の皆様から嫌われることに。

正に世界にとっての必要悪たる悪魔。
誰よりも世界のことを想って戦ったのに、世界はそれを省みず石を投げられる損な役回り。

でも、誰に命令されるわけでもなく、二人は自分自身の意志でそれを選んだことこそが、尊い。

ぶっちゃけこの二人の戦いは、戦闘内容そのものや二人が掲げるイデオロギーとかそんなんもううっちゃって「世界の命運を賭けて代表者が戦う様を実況中継する」こと自体に意味があったというのはウィザーズ・ブレインらしいラストバトルだったと思います。
上述しましたし後述もしますけど事実上のラストバトルはやっぱり9巻の「錬VSシティ連合&賢人会議世界」だったんじゃないかと私は受け止めています。

【悪魔使いたちの勝因と敗因】

これは考察というか妄想寄りというかそんなお話です。

錬とサクラの戦いは、小説本文として書かれたうえでは若干サクラに分がある状態でスタートしました。
本人同士のスペックはほぼ互角。互いに補助デバイスも有り、錬のチートデーモン「アルフレッド・ウィッテン」は起動まで時間がかかるせいで妨害し放題なので、地の利のあるサクラの方が有利だったと、明言はしていませんけど定義はできます。

さらに、情報制御演算制御デーモン「アルフレッド・ウィッテン」をサクラは事前に見ていたのと、実際に目前で起動を許してしまったことで創生能力でコピーし、やっぱり状況は互角に。

なら、なぜサクラは負けたのか?
I-ブレインが停止するまで戦い抜いた二人の勝敗を分けたのは、サクラの補助デバイスである「賢者の石」が壊れてしまったことで、錬が辛勝しました。
……まだI-ブレイン無しで戦うという選択肢があったのに(サクラは投擲ナイフ、錬はサバイバルナイフの紅蓮改を持っているのでただの武器としても一応使える)、それをやらなかったのも含めて、ちょっとこのあたり考えたいと思います。

【互いの補助デバイスの性質と製造経緯】

サクラの補助デバイス「賢者の石」は真昼がサクラのためだけに製造した、おそらく草稿案はサクラと出会う前から既に在ったと思しき代物です。
一方で、錬の補助デバイス「紅蓮改」は、月夜が雪と祐一の形見である紅蓮を突貫工事で錬用に改造した代物です。

製造するまでの準備期間を考えれば「賢者の石」の方が練られていると見るべきなのですが、実際には「紅蓮改」の方が保ちました。
最終決戦後でも錬は愛剣として帯びているので、めっちゃ頑丈ですコイツ。

※※※

私なりに考えてみた二つの補助デバイスの製造経緯と性質を並べてみることにします。

  • 賢者の石

  • 真昼が一人で大戦後の物資が乏しい世界にある材料で製造した物。

  • 真昼はずっとサクラを支えるつもりでいたので、形見の品になってしまったのは真昼自身想定外だった。

  • つまり、真昼はまだまだ賢者の石をメンテし、サクラが使ったデータを反映したうえで使い方を注意するつもりで製造したのではないか。

  • 紅蓮改

  • 元々の材料である紅蓮は大戦前に物資も人材も潤沢な時代で製造された騎士剣。

  • 大戦時代に酷使されたとはいえ、そのたびメンテも受けたであろうし大戦が終わってからは祐一が劇中の二年間使っていただけ。

  • そもそも騎士剣は斬ったはった用の武器のため頑丈に造られている。

安物の量産型騎士剣は、酷使すると自壊したり演算法珠を砕かれたりすると壊れますが、紅蓮はマザーコアとして十年以上保った何か色々とおかしい「紅蓮の魔女」七瀬雪の愛剣であったため、彼女のスペックに応えられるよう造られた特注品です。
大戦後に文明が衰えた作中時代ではもう造れないロストテクノロジーだと考えた方が自然です。
オマケに雪さん、この紅蓮を「柄を手に持って剣として振る」のではなく時には盾に、時には蹴り飛ばして、時には足場として、時には腕で叩くだけで振り回していた・・・・・・・めちゃくちゃな運用方法だったわけで。
……こんな使い方に応えた当時の製造スタッフすごい。

以上のことから「賢者の石」が負荷に耐え切れず自壊し「紅蓮改」が保ったのは自然な話だと考えられます。

※※※

また、テーマ的にも

  • 「賢者の石」は真昼がたった一人でサクラのためだけに造ったもの

に対し

  • 「紅蓮改」は雪を想って製造した当時のスタッフさんたち、愛剣として振るった雪自身の想い、恋人である雪の形見として振るった祐一の想い、それら全てを知ったうえで弟の愛剣として作り直した月夜の想いが込められたもの

と、込められた人々の数と重みが違いすぎます。

他にも、賢人会議では「サクラを精神的に支えられるのは真昼だけで、サクラに寄り掛かる人々が大半だった」のに対し
世界再生機構は「錬が自主的に協力を求めた人々の支えで一気に大勢力化した」という対比になっています。
ようするにサクラは一人で抱えきれない想いを背負いすぎているのに対し、錬は大勢の人々に背中を押してもらっている。

悪魔使い同士のラストバトルは、二人だけの一騎討ちですがその実「サクラ個人VS錬&世界再生機構」と定義でき、後ろに立つ人々の数のうえでは錬の方が勝っていたと言えます。
賢人会議も既に一枚岩ではなく、サクラを頼りにするどころか離反人物まで出ちゃいましたしね。よりによって最古参幹部のセラが抜けたのが本当に組織的に痛かった。
そもそもサクラはセラに「貴女は(間接的に貴女の母親を死に追いやった)私を裁く権利がある」と言ったのに、南極衛星に引きこもったことでサクラが先にセラとの約束を破ったとも言えます。
セラの離反はセラ自身にそういうつもりが無くても正統性がありますね。

※※※

これらを考えるともう既に故人である真昼と、彼の遺した言葉だけを心の支えにしていたサクラの「賢者の石」が砕けたことで、彼女の戦意も完全に砕けたのでしょう。
だから魔法が使えなくてもまだ戦うというようなことはしなかった。
そもそもサクラは錬との戦闘を「これが世界の命運を賭けた決闘なんかじゃなくて、ただの遊びだったら良かったのに」と思うくらい、魔法戦を楽しみ、そして楽しむという心持ち自体がどこかもう破滅的で賢人会議のリーダーという責務に疲れていたことを感じさせます。

他にも世界再生機構は「帰る場所が無くなったら意味がない」と南極衛星決戦部隊の一人として選抜されたセラを降ろしたことに対し、サクラは自ら南極衛星に引きこもって退路を断ち、結果的にそれが「リーダー不在」という形で賢人会議の分裂を加速させた要因が対比になっています。

以上のことからウィザーズ・ブレインの悪魔使い同士のラストバトルは、その実決闘に見えて実際的には民主的政治戦の最果てで行われた代理戦争だったのでは、と私は考えています。

【三つの世界の行く末】

ウィザーズ・ブレインは9巻ラストで

  • 魔法士たちのみが生きる青空を取り戻した世界

  • 通常人たちのみが生きる青空を取り戻した世界

  • 魔法士たちも通常人たちも生き残るが『雲』の下で生きる世界

の三つの選択肢を、それぞれ人類一人一人が選択する必要に迫られました。
四つ目の選択肢として「こんな世界とはおさらばする」という自殺も頻繁に起こっていたのがしっかり描かれていたのがエグい。

で、9巻上巻までは「魔法士だけが生き残る世界」のみを私は想定して色々と問題を考えていたのですが、結局三つの未来どれも人類滅亡の危機はあるよなという結論に行き着いたので、妄想的に書いてみたいと思います。

【想定・魔法士が勝利し青空を取り戻した世界】

これは9年も待たされた上巻部分ではほぼ完全勝利に近い状態でした。
しかしその状況でもなお想定できる、かなり深刻な問題がありました。

  • 魔法士と魔法士の間に産まれた子供は、ほぼ確実に魔法士として誕生するが、例外が無いとは限らない(制限を外した後の実証例が皆無のため本当にわからない)

  • 誕生した時点のI-ブレイン性能は向上できないため「産まれた瞬間に個人の能力が決定付けられる種族」というディストピア要素満載の危険性を孕んでいる

私はこの点で「魔法士はまともな社会を築けるか?カテゴリーAからカテゴリーCで自然にカースト制度が生まれ、強烈な社会問題を生むのでは?」と危惧していました。
ましてや通常人が生まれようものなら、通常人を皆殺しにして生きた血まみれの歴史を持っているので、生理的に受け入れ難いという危険性まであります。

※※※

そして中巻で賢人会議が抱く問題性が実際に作中で言及されます。

  • ほとんどの魔法士は『人間』として培ってきた情緒や知識に技術などが無く、まともな社会を築きあげること自体が難しい可能性

  • 『人間』らしい魔法士は後天性の魔法士がほとんどで彼らはフリーズアウトによって早々に寿命が尽きるであろうことが見えている

  • そのうえで通常人が遺した機械を維持できなければ、食べ物や呼吸する空気すら作ることも難しい地球上のほとんどの生物が死滅した絶望的環境。

……この作品の地球、原生植物も動物もほとんど死に絶えてますからね。生態系完全崩壊しています。
それでも人類が生き残ってこれたのは、エネルギーさえあれば有機物から食べ物や空気を作れる機械があってこそ。それすらも修理するだけで、新しく作る余力が無いというのがウィザーズ・ブレインの世界です。本当に詰んでるなこの世界。

※※※

作中では「I-ブレインを持つだけの原始人が生きるだけ」という未来が想定されていましたが、それでも遺された技術や歴史を学び文明を維持できる未来も決して無いとは言えなかったでしょう。
ただ、それでも上述した「生まれた瞬間に決まるスペック問題」にセラが離反したように「通常人を皆殺しにした同志の魔法士たちを許さない魔法士」という最悪な派閥が生まれる可能性だってありました。
これらを考慮すると、9巻で錬個人に敗北した時点で賢人会議はもう詰んでいたと言えます。

結論として魔法士が根元的に抱く「圧倒的な力を持つが、万能の力を持つわけではない個人」たちが社会を造るということ自体が夢物語だったのかもしれません。
天樹博士はたぶんこの諸問題を解決するだけのモノを錬を製造した施設に残していたんでしょうが、魔法士の性質考えると結局は滅亡までの時間稼ぎにしかならないような気もします。

ようするに私的に見ると一番人類滅亡の可能性が高い最悪のルート。

【想定・通常人が勝利し青空を取り戻した世界】

こちらは太陽エネルギーさえ取り戻せば技術屋がたくさんいる世界なので、少しずつですが確実に人類は回復できたでしょう。
結局作中人類が問題なのはエネルギー問題であって、後はなんとかできるくらいに情報制御理論はチートすぎる。
滅びた生命だって遺伝子取り出してクローンで復元とかも夢物語ではないですね。

※※※

でもこちらは言うまでもなく人類は一枚岩ではない問題があるうえに、魔法士関連の問題も消え去っていません。
雲除去した時に魔法士を全滅させた後でも、魔法士を造る技術は残っているわけなので。
国家間で有力な立場を得るために、絶対に禁忌とされるであろう魔法士をまたぞろ造るバカは必ず出てきます。もうこれは完全に絶対だと断言できます。
後は劇中で起こったような、魔法士に人権を認めたい人々によって社会に混乱を生むのが目に見えている……。

最後まで人類のために戦い続けた魔法士のことを忘れられない人々が、世界再生機構の残党とでも言うべき人々も生き残っちゃいますしね。
月夜、リチャード博士たち、沙耶、弥生、ヴィドといった劇中では大活躍した人々が、逆に世界に牙を剥く可能性が生じます。
とくに月夜姉は本当にヤバい。なんなら「私の家族がいない世界なんていらない」とか考えて、人類絶滅のために暗躍するまでありそう。

人類の体力が完全に回復しきっていない時に、こういった人々がテロリストとなって暴れ出したら本当に残存人類はヤバいです。
太陽光エネルギーが戻っても、結局のところ手を取り合って死に物狂いで働かないと人類復興は成らないので「私たちの大切な魔法士仲間を虐げた、こんな世界は無くなってしまえ」という破滅願望に飛びつく人々はこれはこれで一定数いそうなのが怖い。
そのうえで魔法士を製造できる技術が残っていること、政治問題などを考慮するとかーなーりきな臭い世界になりそうです。

結論として、一応「人類全体が生き残る」未来としては一番可能性が高そうなのですが、劇中での諸問題がさらに悪化してどんな状況になるのか想定できないのがもっとも怖いですね。

【鉛色の空の世界】

錬が、世界再生機構が勝利したことにより劇中で終わったルートがこれです。

エネルギー問題は解決されず、9巻で行った絶滅戦争のせいで人類全体の体力を低下させたので「シンガポール事変が起きる前の世界の状態に戻す」とは言ったものの、資源や時間猶予としてはあの時より状況は悪化しています。
だから真昼は人類全体の体力と時間に余裕があるうちに、手を取り合い皆で生き延びる術を模索していわけですね。

ただし、本編で「悪魔使い同士の代理戦争を実況中継する」のと同時に「人類全員が対等に話し合う場」を得られたことで人類全体に「互いに手を取り合わないと絶滅するからそれを考えたうえで選択しろ」というメッセージが届いたおかげで、生存戦略の士気は三つのルートの中でもっとも高いでしょう。
何せエネルギー問題が解決していないので……。

※※※

ただ、魔法士に人権が認められたうえで魔法士が増えていくだろう未来、というのは希望と混乱の両方を秘めた問題でもあります。

マザーコアが無くとも、魔法士たちが演算機関として協力してくれたのならエネルギー問題はそれだけである程度は解決し、余力が出てくればプラントを新たに造ることで少しずつ人類全体の体力が回復する希望があります。
プラントを新たに造ることができればシティが機能停止した時の備えにもなります。というかシティはあと十年二十年くらいで停止するのでプラント新製造は生き残るためには必須項目です。
シティがまだ生きている内にどれだけ体力を回復できるかにかかっているでしょう。幸い、錬がアニルさんをリスペクトしてそれまで人類全体が手を取り合う時間や意識を身を挺して稼いでくれたのでこの点ではやはり希望が見えます。
ぶっちゃけもう戦う余力が無いのを人々は痛感したので、軍艦とかの演算機関をエネルギーに回すという発想もありますしね……。

しかし、逆に言えば新プラント建造や安全に雲を除去する手段を十年二十年以内に実現できなければジ・エンドです。
ここに至った時、分子運動制御ができる炎使いは気温と食べ物を確保する手段をギリギリ一応なんとか保持しているといえなくも無いですが(炎使いの元々持っている能力で食べ物を作れるかどうかはかなり怪しいので)、その他の人類は魔法士含めても終わりが見えるので、今度は石と棍棒で第五次世界大戦が始まるかもしれません(劇中での騒動はどう考えても第四次世界大戦にカウントできます)。

※※※

このルートは結局劇中で書かれているように『技術屋の皆さんの頑張り次第』『魔法士たちの協力次第』『それらに生かされているだけの通常人がどれだけ世界に負担をかけないか、できることはないかを考えること』『そんな一般人を導く政治家たちの頑張り次第』というところがあるので、不確定要素が多すぎます。
成功すれば一番のハッピーエンドですが、失敗すれば人類絶滅が一番真っ先にやってくる博打みたいなルートです。んなこた私が言わずとも劇中で散々書かれていたので錬は石投げられたわけですが……。

ちなみにサクラはこのルートで滅亡した時のために保険を仕掛けていましたが、アレも結局は「魔法士だけの社会」問題は深刻なので割とやべーと思います。

かようにどのルートを見ても不安要素があるあたり、やっぱりこの世界、アリスがなんとか延命させただけで本来滅ぶべくして滅ぶ世界だったんじゃ……なんて気も。

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