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購買部門視点でのサプライチェーン温室効果ガス排出削減~第1部:概要編

はじめに~
「温室効果ガスとか、やってられねぇよ」という購買部門の恨み節を多々耳にしつつ、でも何かの役に立てばと、パワポ資料改訂版と解説を書きました

2月末に「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書第2作業部会報告書」(長い名前だ!!)が発表されるなど、温暖化効果ガス排出削減が大きな話題になっています(秋には第1~3部会分をまとめた統合報告書が8年ぶりに発表予定とのこと)。

最近は、自社の範囲を超えて供給(上流)を含むサプライチェーン全体で考えないと効果が乏しいとされ、供給(上流)サプライチェーンの温室効果ガス排出量の把握と削減の動きも起こっています。そしてこうなると、企業の供給側窓口の購買部門も、もはや無関係ではいられなくなりました。

このような状況を受けて、ある購買有志コミュニティ向けに話題を整理し、自社/自部門で活用するためのパワーポイント資料を、私が昨年9月に提供してみました。しかしその内容も時間の経過とともに、参照資料が改定されたり、文章記述の誤りが見つかったりと、不適切が目立ち始めていました。そこで昨年のパワーポイント資料を改訂するとともに、その解説を含む、この記事を書いています。

記事は4部構成になっています。
最初の「第1部 概要編」では、現在の温室効果ガス排出量削減の背景や現状を整理するとともに、なぜ購買部門がこの話題に疎かったのか、そして現在2つの取り組み課題に直面しているのかを取り上げました。この部分は「確かにそうだな」とお読みいただけるものと思います(実は3つ目の取り組み課題が浮かび上がっているのですが、まずは当初の2つに目を向けます)。

次の「第2部:基礎事項編」では、温室効果ガス排出量削減のこれだけは知っておいた方がよいと思われる事項を主体に、温室効果ガスの定義や排出量の開示方法、さらには制度や関連団体などについて整理しました。ここも「まあ、こんなものか」とお読みいただけると思います(少し眠くなってしまうかもしれませんが)。

しかし「第3部:算定編」に至ると趣き(購買部門の顔つき)が変わってきます。「おいおい、こんなこと、できるのかよ」と顔が引きつってくるのです。昨年9月の初版では「供給サプライチェーンの温室効果ガスとか、新しい話題が来たからどうしよう」、あるいは「関係がない領域まで担当にされて困っている」あたりが、多くの方々の課題でした。しかし最近では「供給サプライチェーンの温暖化ガス排出量の算定とか、役割を振られたがどうしたらよいのか」など、「第3部:算定編」の内容実施に戸惑う購買部門、特に購買企画部門が増えて、新たな課題になっている様子です。

確かに慣れていない、簡便計算用の排出原単位係数を探し出すにも戸惑います。かといって、官公庁の種々ガイドがオープンデータとして公開されている状況下、コンサルティングや情報商材に外部支出するのも、購買部門の特性ゆえに気が乗らないことと思います。ではどうしたらよいのか?

結論は、社内の知見をまず探してみることと思うのです。供給サプライチェーンの温室効果ガス排出量算定・削減にまで取り組む企業であれば、従来から担当していた他部門の知見がある方がいると思うのです。その方と連携して事に当たるのが、まずはスムーズではないでしょうか。でも真っ白な状態では、他部門に話を切り出すのにも躊躇を覚えます。

この記事が、そんな時の手掛かりに少しでもなればと思い、記述してみました。なお第4部は関連資料やリンクを付録的に収録した「資料編」としています。それでは「第1部:概要編」から見ていきましょう。


第1部: 概要編(現状の概要説明)

1.温室効果ガスによる気候システムの温暖化については疑う余地がない

温室効果ガスによる気候温暖化は、信憑性のある話なのか?...しばらく前まではそんな声も耳にしました。太陽活動の影響などの自然現象が理由ではとの反論は今もあります。しかし様々な事象(後述)から、気候温暖化の原因は大気中の温室効果ガス増加によると考えざるを得ないとの認識が最近は進みつつあります。前述の国際機関IPCCの評価報告書でも「気候システムの温暖化については疑う余地がなく、それには人類の活動が直接的に関与している」とされています。(温室効果ガスやIPCCの説明は後述しますので、ここではこれらの用語を説明なしに使わせてください)。

では気候温暖化の原因と考えられる温室効果ガスの排出をこのまま放置したらどうなるのでしょうか。21世紀末には、産業革命期(工業化以前)に比べて気温が4℃上昇し、様々な悪影響が生じると想定されています(下表を参照してください)。

この表は、温暖化の結果として予想される事態です。起点となる産業革命期から、現在までにすでに1.1℃の気温上昇してしまったと考えられています。そしてその現在でさえ、後述のように様々な災害や悪影響が生じています。
では、これ以上に温暖化が進んでしまったら、途方もなく悪いことが想定されます。

しかし、何もせずに現状を放置したら、今世紀末までに産業革命期から4℃の気温上昇が見込まれるとのことです。80年あまりで、さらに2.9℃も温暖化が進んでしまうのです。

というのも、産業革命期以降、温室効果ガス排出量は加速度的に増加し、それにつれて地球の大気中の温室効果ガス蓄積量もどんどん増えていくからなのです(基本的に排出された温室効果ガスは累積蓄積されていきます)。

現在は産業革命期より気温が1.1℃上昇した状態であることは前述しました。その現在でも、途方もない災害の発生が毎年報じられています。例えば降雨関係だけでも、以下が示されています。

また、昨年も世界各地で異常気象が相次いでいます。

わずか1.1℃ですらこの様相ですから、さらに2.9℃の温暖化が進んだら、大変なことは容易に想像がつきます。

2.21世紀末までの気温上昇を1.5℃に抑制すべきだ

これまでは、今世紀末までの気温上昇を2℃に抑える目標が設定されていました。しかし頻発する異常事態を鑑みるに2℃の上昇は容認できない、1.5℃までに上昇を抑えることが必要と、現在は1.5℃が今世紀末までの上昇目標となりました。

温室効果ガスの排出はしばらくは継続し大気中に蓄積されていきます。ゆえに21世紀半ばには、どう頑張っても1.5℃まで気温上昇するのは不可避と想定されています。しかしそこで大気中の温室効果ガスの増加を止め、以降の気温上昇を食い止める「2050年でのカーボンニュートラル達成」することが現在の目標となっているのです。ゆえに各国の政府も企業も「2050年カーボンニュートラル」を続々と宣言しているのです。

しかしそのためには、温室効果ガス排出量を2030年までに2010年水準で約45%削減し、2050年前後には正味ゼロを達成する必要があるとされます。
加えて、不可避とされる1.5℃上昇でも悪影響は小さくなく、現在以上に異常現象が生じます。台風・豪雨も洪水も山火事も干ばつも現在よりもひどくなります。2.0℃上昇よりはまだましですが、干ばつ・降水不足の影響を受ける人は莫大な数になります。また洪水被害にあう人も現在の倍近くになります。

ゆえに、1.5℃上昇した際の適応(やり過ごし)対策を先行的に考え、少しでも被害を最小化できる施策の実施が並行して必要になります。温室効果ガス排出量を削減の「緩和」とともに、気候変動への「適応」策の実施も重要になっています(参考:気候変動適応情報プラットフォーム-環境省)。

3.しかし購買部門はこれまであまり関与しなくても済んだ

しかし、温室効果ガス排出に関して、多くの企業では購買部門がそれほど関与せずに済む側面がありました。その原因は2つあると思われます。それぞれを見ていきましょう。

  • 原因1: 自社(スコープ1&2)主体で、サプライチェーン(スコープ3)上流には目が向いていなかった

  • 原因2: サプライチェーン(スコープ3)の排出量を自社データだけで算出できる簡便法があった

原因1: 自社(スコープ1&2)主体で、サプライチェーン(スコープ3)上流には目が向いていなかった

購買部門の関与があまり求められなかった理由は、何よりも購買部門が担当する供給(上流)サプライチェーンに目が向いていなかったことがあると思います。温室効果ガス削減の検討範囲は、次の3領域に区分されます。

スコープ1: 自社での直接排出分 - 使用燃料の燃焼(消費削減),工業プロセス改善(省エネ)
スコープ2: 外部購入エネルギーが間接排出している分 (排出が少ない再生エネルギー切り替えなど)
スコープ3: 供給(上流)および販売(下流)サプライチェーンで排出される分
※()は一般的な対策

これまでに主に進められてきたのは、自社で直接的に関与しやすいスコープ1とスコープ2の削減取り組みでした。購買部門とは関係が薄い部分です。
さらに自社外のサプライチェーンの排出量削減が大きく注目され始めたのは「CDPサプライチェーンレポート2016-2017(2017年1月)」で「サプライチェーンからの温室ガス排出量は、実は企業単独の排出量の4倍もある」との記述がなされた頃、すなわちほんの5年前からです。スコープ1~2の四半世紀の取り組みの歴史に対して、スコープ3はごく新しい着目領域です。

加えて、スコープ3の中でもまず注目されたのは、製品販売(下流)の方(製品の廃棄など)の方でした。供給(上流)側は後回し気味でした。

これらの理由から、供給(上流)サプライチェーンの脱炭素化(温室効果ガス削減)に本格的関心が向いたのはつい最近であり、それゆえ購買部門は縁遠い状態で済んできたと思うのです。

原因2: サプライチェーン(スコープ3)の排出量を自社データだけで算出できる簡便法があった

加えて、購買部門経由でサプライヤー(取引先)にコンタクトすることなく、購買以外の部門で排出量推算できる簡便計算手法があったことが、供給(上流)サプライチェーンの温室効果ガス排出削減を購買部門から縁遠くした、もう1つの側面と思います。

排出量の算出では、活動量(例えば、自社購入金額)に所定係数をかけ合わせる簡便計算が認められています。この方式を使えば、購買部門が関わらずとも計算が可能なります。自社の排出量に供給サプライチェーン(スコープ3上流)を含めた値で報告する動きが強まったとしても、サプライヤーとの窓口である購買部門に声をかけること無く、環境部門などの社内所管部署自身が自社の排出量推算ができるのです。

このような経緯から、購買部門は温室効果ガス排出にあまり関わりを持つこと無く、これまでを過ごしてきたと思います。

4.風向きが変わった、サプライチェーン排出量削減に買い手企業が関わるように

しかし単純に排出量を報告する段階から、買い手企業が供給(上流)サプライチェーンで生じる温室効果ガス削減に取り組んでいく方向に、現在は進んでいます。そしてこうなると、購買部門には次の取り組み課題が生じます。

  • 課題1:サプライチェーン(スコープ3)上流にいるサプライヤーへの働きかけが本格化するにつれ、サプライヤー窓口(接点)の購買部門にもある程度の知識が必要になった

  • 課題2:「スコープ3上流」範囲の誤解から、購買部門範囲外の部分の担当を求められる事例も出ている

それぞれの取り組み課題を見ていきましょう。

課題1:サプライチェーン(スコープ3)上流にいるサプライヤーへの働きかけが本格化するにつれ、サプライヤー窓口(接点)の購買部門にもある程度の知識が必要になった

前述のように、サプライチェーン排出量を簡便算出し報告するだけの段階から、買い手企業が供給サプライチェーンに連なる取引先での排出量削減にも関与していく方向に風向きが変わってきています。すなわち買い手企業が、サプライヤー(取引先)での排出量削減の改善に積極的に関わる必要が出てきたのです。

しかしそうなると、サプライヤー窓口(接点)の購買部門にも関わりの必要が生じます。例えば窓口として、サプライヤーにある程度の話はできなければなりません(改善の詳細は社内外の専門家に任せるにせよ)。このように購買部門にも温室効果ガス排出削減について概要把握している必要が出てきました。しかし今まで縁遠かった知識を果たしてどうやって取得したらよいのか、この戸惑いが購買部門が直面している1つ目の取り組み課題と思います。

課題2:「スコープ3上流」範囲の誤解から、購買部門範囲外の部分の担当を求められる事例も出ている

加えて「スコープ3上流」の範囲の誤解から、購買部門の担当範囲外への対応を求められる事例も出ています。よく使われる環境省/経済産業省の資料の「上流(Scope3)-自社(Scope1とScope2)-下流(Scope3)」の図では、⑥出張、⑦通勤、⑧リース資産も上流(Scope3)に含まれています。そのため、「⑥~⑧も購買部門の担当だよね」とされ、目を白黒させているところが出ています。

例えば「⑥出張」での排出量は、「自社従業員の出張等、業務における従業員の移動の際に使⽤する交通機関から排出される排出量」と定義されています。そしてそれを求めるには、交通機関分は「手段(航空機、鉄道、自動車など)別交通費支給額xその手段での指定係数(原単位)」、宿泊分は「宿泊数x1泊当たり指定係数(原単位)」で現実的には推算せよとされています。しかし例えば、航空機での出張交通費支給額をすんなりと算出できる管理を行っている購買部門はそれほど多く無いように思うのです。それどころか出張交通費を担当していない購買部門も多いと思います。また、(金額ではなく)宿泊数をすんなりと算出できるところも少ないのではないでしょうか(同様に出張秀宿泊は担当外の購買部門も少なくありません)。⑦通勤、⑧リース資産も同様です。

しかし「供給サプライチェーン(Scope3上流)だから、購買部門の担当ですね」と役割を振られて、行き詰ってしまっているところが出てきています。購買部門の主たる取組範囲を示すに便利なのは「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン(2017年12月)」の図4-2(下図)と思うのですが、このあたりの知識がないと手に負えない範囲を担当することになって困惑してしまうのです。

従って、購買部門も温室効果ガス排出量削減に関する一定レベルの知識を持って、課題対応できるようになっておく必要があります(新しいことゆえに、面倒に思われる向きもあるかもしれませんが)。

そしてそのために参考材料として、以降に「第2部:基礎事項編」と「第3部:算定編」、そして「第4部:資料編」を簡単にまとめていってみようと思います。

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