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temppの短編小説一覧(一話完結)

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短編、というか1話読切の一覧です。 短編の目安は1万字以下です。
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記事一覧

【短編小説(日常ホラー)】これ、返すね。 2500字

[HL:湯浅は親友だと思ってたけど、ちょっと何を言ってるかわからない……。]  大学の卒業式が終わって、卒業旅行も終わって、引っ越す人はもう引っ越しちゃって、今年もまた3月中に桜も散っちゃいそうな春の陽気にあふれている。喫茶店の窓ガラス越しに少しだけ緑がまじり始めた桜並木を眺めながら、そんなことを思った。  カランと音がして喫茶店の入口を振り返れば、湯浅が軽く手を振っていた。湯浅は大学に入って初めての、それから一番の友達。最初の英語で同じクラスで、そこからあっという間に仲良

【短編小説(伝奇コメディ)】謎の石 明治幻想綺譚 10000字

ハロウィンなのでノベプラのいたずらコンでHARDもらったやつです。 [HL:石の中には馬か、魚か、或いは?] 「よぉう山菱! 今日もパッとしねぇ顔してんな」 「なんだ冷泉か。暗いとこからいきなり出てくりゃビビるんだよ、人ってもんは」 「ハッハ相変わらず図体似合わず肝が小せぇ」  心臓が止まるかと思ったのに、いきなり指をさしてゲラゲラと笑われた。  時刻といえば丑三つ時。  明治16年の秋の夜長は妙に冷え、地面に沿って這ってきた冷たい風が、袷の裾から吹き上がる頃合い。その上

【短編小説(ファンタジー落語)】寿命とは 3300字

[HL:寿命を延ばす薬って戦士に必要なんですか?] 「おいドルチェ。面白いもん買ってきたぞ」 「あ? また無駄遣いかよ」 「無駄遣いってひでぇな。今回は大丈夫。これは絶対効果あるって。なにせこの街の町長さんも買ったっていう話だから」  目の前の図体の大きな男は幼馴染でタリアテッレという。普段俺はこのタリアテッレとパーティを組んで冒険者ギルドの仕事をしたり、ダンジョンの浅層を潜ったりしている。それなりの腕の戦士だ。戦闘の時はそりゃぁ頼りになる。でも普段は脳みそが昼寝してるから

【短編小説(恋愛)】夕立と東の魔女 5000字

[HL:雨の合間にできた、ちょっとした運命の分岐点] 「ようこそお越し下さいました。まずはこちらにお名前をお書きください。偽名でも結構」 「偽名でもいいんですか?」  その女は鷹揚に頷いた。 「うん、ここを借りる時に顧客が反社会なんとかかどうか確認しろとか言われてさ、でも聞いたってわかるわけないからね。とりあえず名前だけ書いてもらってるんだ。世知辛い世の中だよね」 「はぁ」  その辻占の席についたのは偶然だった。  なぜだろう。一人でいたくなかったから。大量の水分がもたら

【短編小説(サスペンス?)】犯人がこの中にいるかどうかはどうでもいい 6000字

[HL:迷探偵が現れれば死体ができるという機序] 「犯人はこの中にいるッ!」  花見沢璃央は勢いよくそう告げて狭い室内を見回した。といっても私の他にいるのは一組の夫婦だけで、彼らはゴクリと喉をならす。私も慌てて左右を見回し、こんな胡散臭い行動をしたんじゃ逆に犯人と思われないかといつも気が気じゃなくなる。  ここは高天山脈にある小さなコテージ集落、いわゆる別荘地で、現在は大雪と倒木で外界と閉ざされ、既に何人もの人間が殺されてしまっている。何の因果か、私はここに居合わせてしまっ

【短編小説(青春コメディ)】街角春のパン祭り競争 3500字

[HL:春、若木の緑萌ゆるの街角で、俺はバタールを咥えた女とぶつかった]  曲がり角でズドンとぶつかった女は俺を高みから見下ろしていた。  そのふんぞり返った姿は逆光を浴びて影に沈んで黒く、まさに魔王のように威風堂々、しかもなんだか長いベロのようなものをだらりと垂らしていた。一瞬俺はその異様に怯んだものの、気を取り直し、文句でもいってやろうと立ち上がる。なにせ普通に歩いていた俺に脇道から猛スピードで走ってきてぶつかったのはこの女のほうなのだ。 「はなはなんはってひふの!」

【短編小説(童話系すこしふしぎ)】天気輪の丘 5000字

 私は目が見えない。生まれた頃から見えなかった。私の頭の中には色というものは存在しない。光も、翻ればそれがない闇というものも存在しない。私は生まれた時から、目玉がなかったのだ。  私の脳にはもともとは視覚を感じる作用があったのだろう。けれども生まれてこのかた十五年も経つ頃には、すでにすっかりその機能も衰え、そのうちの未来に私の目が神の作用で回復したとしても、私はすでにその光や闇を受け取ることはできなくなっていた。  そのような私を皆は憐れむ。 「かわいそうに」 「ふびんだねぇ

【短編小説(SF)】終末日和 7000字

「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」  朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターがいつも通り、期限を告げた。そしてその放送は、いつもと少しだけ異なった。 「このキャストでお送りする放送は本日で最後となります。明日からはAIによる自動放送となりますので、ご了承ください。皆様良い終末を」  その時ちょうど、ピッと鋭い音が響く。コーヒーが入った。  腰を上げてサーバを取り上げ、温めたミルクを入れた大きめのカップにぐるぐると注げば、グァテマラ特有な甘く

【短編小説(民俗系すこしふしぎ)】パンダに追いかけられる 8000字

 俺は昔からわけのわからない事件に巻き込まれるいわゆる『巻き込まれ体質』という奴だ。だからいつもお守りを携帯している。腐れ縁の凄腕ぽんこつ陰陽師にもらったやつだから、案外効果はある。  それはともかく今回の話もそうだった。  実にわけのわからない顛末だ。  始まりはある寒い冬の夜。  数日前から俺の後ろをとぼとぼとついてくる者がいた。といっても危険だとか怖い存在ではない、と思う、多分。殺気のようなものは欠片もなく、寧ろ悪戯をしているような空気感を感じていた。  けれど最初にそ

【短編小説】かかふかか カモガワ奇想短編グランプリ最終候補 8000字

残念ながら最終落選してしまいましたが、講評ありがとうございました~☆ 放流します~。ふわふわに書いたつもりだったのだけどグロかったかしらん。 一行梗概 彼女に芋虫にされ、卵を産み付けられて心中する。  三行梗概はネタバレなので、表紙といっしょに末尾におきます。どちらかというとゆるふわで全然グロくはないはずだ、と思っていた。 本文  ある朝、俺が気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な芋虫に変わってしまっているのに気づいた。  なんだ? これ。腹部

【短編小説(不思議系ホラー)】ドーナツ・ホールの呪い 5000字

 ガチャリと玄関ドアが閉じる音で目が覚めた。 「買ってきたよ」 「ありがとう」  もぞもぞ気怠く布団から起き上がると、枕元の机にパサリと近所のドーナツショップの袋が置かれた。勝手知ったる俺の家のハンガーに遊里がコートをかけるのを横目に袋を開けると、ぷうんと甘い香りが漂った。 「俺のがオールドファッションとチョコリング、遊里がミートパイでいいのかな」 「そうそう」  遊里は冷蔵庫を開けてポカリを取り出しコップに注いでいる。  遊里と会うようになって3ヶ月ほどたつが、日曜の朝はい

【短編小説(哲學)】プリンの恨み 8000字

 私は激怒した。  必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。  思わずメロスの冒頭を誦んじるほど、私の魂は怒りに満ち満ち、その奥底で激しい炎が燃え上がっていた。  目の前が真っ赤だ? そんな生やさしいものではない。私がその扉を開ける時、天国が待ち構えていると思っていた。けれどもそこにあったのはただ、地獄であった。  嗚呼、なんという急落か。私の心は悲しみに咽び泣き、慟哭する。そして気がつくと私の両のまなこからは神の嘆きの如く滂沱と水が溢れ流れ落ち、その口はまさに

【恋愛短編小説】思い、出戻り、恋の行方。2300字

 私は魔女である。魔女であることは世の中には秘密である。  そしてモテモテである。これまで何百人もの男と付き合った。なぜだか男と別れてもすぐまた新しい男ができるのだ。モテモテなのは私のせいで、魔女であるせいではない。決して怪しげな秘薬を使って他人をトリコにしたりするわけではないのだ。ここは大事なので強調しておく。つまり健全な人間としてのお付き合いをする。魔女だと言うと、とかく全ての都合の悪いことを魔法に関連付けようとする輩が多すぎるのだ。まったく。  けれども私はどうにも飽

春崎夜道の『夜散歩』:神津スカイタワー 2000字

「こんばんは!  FMタウン神津、ここからは春崎夜道の『夜散歩』のコーナーだよ。夜になっても蒸し暑いけどみんな元気かな? 今日の夜道のお供はサンゲリアのブラッディーオレンジ。うーん、結構な酸味! みんなも水分補給はしっかりね!  それで今夜の噂の現場は神津スカイタワー。みんなもよく知ってる28階建の神津で一番高い建物だ! なんとなんと、夜道が今放送をしてるのもこのスカイタワー2階デッキだ。何て企画だよ全く~。  といってもこれが夜道のお仕事なので。気を取り直して早速先週届いた