『旅(仮)』第十五話 ピラミッド
ふと、草原が途切れて、砂地に出た。熱い砂が風に波紋をつくり、唐突な荒涼とした景色を枯山水的に見立てさせようとしている。しかし砂だ。どこまでも遠く、空のもとに漠として、そう、砂漠といってよかった。
砂漠なのだから、ピラミッドがあった。これまた唐突に三角形の群れが立ち上がっていた。四角錐の塊は、その登場の仕方に反して大きく、重く、空気がその周囲に引き寄せられて留まっていた。私たちも強い求心力を感じた。だから引き寄せられていった。漠然とした砂地の上に、確かな人工物としてしっかと存在しているその姿は、人為の極致のように見え、むしろ自然の脅威のようにも映った。
近づいて、切られた石同士の並んだ断面を観察できるまでになると、その巨大さは部分の広大さによってさらに確かなものになった。大きい。大きくて、広くて、重くて、そしてこの砂漠の中で絶対的に孤独だ。
その孤独が、私たちを今度は内部へ引き寄せた。わずかな石同士の隙間が誘った。断面に手をかけると少し動いた。ピラミッドそのものは揺れもしないのに、壁面は細胞のように動き、内外を繋ぐのだ。車椅子が通れる幅に、壁面は気前よく開いた。
内部は狭く暗く、まっすぐに車椅子を押すだけで精一杯だった。背をかがめながら進んでいくと、右に折れ、左に折れ、三度目の唐突さをもって広い空間が現れた。足もとには水が満ち、道は橋のようにその上を細く通っていた。浸水だろうかと考えたが、どちらかといえば渇水のための雨水貯めと考えるのが妥当だろうか。飲む者もいない孤独の地であろうに。私は慎重に車椅子を押して、道を渡り始めた。
「見て」と彼女が言った。砂漠に入り込んだ時から黙り込んでいた。言葉に従うと、水の溜まったある一か所が規則的に揺れている。目をこらすと、手を振っているかのようだ。そっと車椅子を押して、間近に見られる場所まで移ると、確かに、水のにごりの合間に、人間の手が揺れている。それもいくつもだ。助けを求めているような必死さはなく、むしろ、好意を込めた挨拶のような揺らし方だった。「見送ってくれているのかも」とまた彼女が言った。
途端に、このピラミッドの内部には何かの意思がとどまっているような気がした。私は足もとの水辺を見渡し、頭上に目をやった。
頭上には瞳が浮かんでいた。
大きな瞳がひとつだけ、電球のように下がり、周囲をぼんやりと照らしている。だから今まで歩いてこられたのだ。初めて思い至った。美しい瞳だ。睫毛の一本一本も繊細に瞳をかざり、その優しげな光をさらにやわらかく仕上げる。ピラミッドだから、ラーの瞳かもしれない。私は感謝のため息をもらした。
すると瞳にじわじわ水がわき、巨大な雫となって、ばしゃんと降りそそいだ。水滴は道を濡らし、両脇にすべり、水の溜まりにまじった。これらの水はラーの瞳の涙だったのだ。再び、ばしゃんと雫が落ちた。恵みの雨のようにも見えた。母なる海のにおいがたちこめ、「オアシスみたいだね」と彼女が呟いた。
文・麦茶
絵・葱