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2024年日本選手権&1500m日本記録チャレンジ 感動の裏に隠されたコーチと教え子の物語に迫る

 現在一緒に練習を行っている荒井七海選手と飯澤千翔選手。荒井は中距離選手でありながら飯澤へのコーチングも行っている。
 2024年6月、荒井と飯澤は1500mの日本記録チャレンジを行い、その3週間後に日本選手権へ出場した。
 日本記録チャレンジでは飯澤が1500mの日本記録まで0.2秒に迫る日本歴代2位の3分35.62を叩き出した。3週間後に行われた日本選手権では飯澤が予選で転倒するアクシデントもあったが、決勝で無事飯澤が1位、荒井が2位と、日本の1位と2位を独占した。
 コーチと教え子。日本の1位と2位。荒井選手のコーチングとこれからの日本の陸上中距離についての考え。彼らの挑戦と感動の裏に隠された物語に迫った。

<飯澤千翔選手と荒井七海選手について>

飯澤千翔選手
年齢 23歳
所属 住友電工陸上競技
大学 東海大学
自己ベスト 1500m 3分35.62(日本歴代2位)
2022年、2024年の日本選手権にて1500mで2回の優勝を果たしている。

荒井七海選手
年齢 29歳
所属 Honda陸上競技部
大学 東海大学
自己ベスト
 1500m3分36.62 
室内1500m3分39秒51(日本記録)
1マイル3分56秒60(日本記録)
2015年日本選手権優勝、1マイルと室内1500mの日本記録保持者である。

 記事の詳細はYouTubeにも掲載されています。是非そちらも御覧になってください。

荒井七海選手のコーチングとこれからの日本の陸上中距離について

 1度1500mの日本選手権を優勝し、1マイルと室内1500mの日本記録を持っている荒井。2021年には17年間更新されなかった1500mの日本記録を更新した。選手でありながら、飯澤や東海大学へのコーチングも行っている。そんな彼が考えるコーチング、これからの日本の陸上中距離について伺った。

飯澤が日本の1500m。飯澤が強くなれば日本の陸上界が変わる

 現在29歳である荒井。自身の競技者としてのピークはこれから落ちていくかもしれず、あと何年競技を続けることができるかどうかわからない、そう感じているようだ。
 自身が競技者として世界を目指す一方、コーチとしての飯澤に対する熱い思いが感じられた。

「飯澤が日本の1500m。彼が強くなれば日本の陸上界は変わる。その為のアシストが今の僕の最大の仕事。」

 荒井は飯澤の素質に、自身よりもはるかにすごいと評価しているようだ。荒井は飯澤を東京で行われる世界陸上や4年後に開催されるロサンゼルスオリンピックに出場できるように持っていきたいと考えているようだ。

1500m日本記録チャレンジ前日。ジョギングをしている。

着火剤になる。それがリードする立場の仕事なのかな

 自身の選手としてのキャリアだけではなく、これからの日本の中距離を担っていく選手を考える荒井。1500やマイル(1600m)の新しい道を開拓した先駆者であるため、様々な苦悩を抱え自身の競技を続けていた。ただ荒井自身はそれは先駆者であるため仕方ないと考えており、これからの日本の中距離を担っていく選手の為になったらいいと考えているようだ。
 「今の若い子たちにとって、荒井がいてよかったなって思ってもらえればいいのかな」

自身のキャリアだけではなく、これからの日本の陸上中距離について語ってくれた。

 荒井は、2021年に1500mの日本記録を樹立した。それ以前の日本記録は2004年のものであった為、実に17年ぶりの日本記録更新となったのだ。
 荒井が日本記録を更新したことにより、他の選手が躍起になり、モチベーション向上につながったことに対して荒井も手ごたえを感じていた。実際、それまで17年間更新されていなかった1500mの日本記録であったのにも関わらず、荒井が日本記録を更新した2021年から2024年にかけて、荒井を含め8名もの選手が17年前の記録を更新したのだ。それを荒井はもう1度起こしたいと考えているようだ。
 
 「日本で、現在の1500mの日本記録である3分35秒よりも速い33秒、32秒で走れる選手はゴロゴロいて、その子たちの着火剤になりたい。それがリードする立場の仕事なのかな」

まずは自分が成長。その先に世界との差がある

 荒井は現在の日本の陸上中距離において課題をいくつか挙げた。荒井はまず、日本の男子中距離においてスターがいないということを挙げた。女子でいえば、東京オリンピックで女子1500mで初めてのオリンピック入賞を果たした田中希望選手。男子のマラソンでいえば東京オリンピックのマラソンで6位入賞を果たした大迫傑選手。荒井曰く、そういった選手が現在の日本の男子中距離にはいないようだ。

 また、日本のマラソン選手と比較したとき、日本のマラソン選手はエチオピアやケニアの選手と差が開いているといわれている現状ではあるが、日本のマラソン選手が成長していることに対して価値を感じているようだ。
 
「世界との差ばかりを見るのではなくて、まずは自分が成長しないと。その先に世界との差が開いた縮まったがある。」

練習前に話し合う2人

 なかなか日本の1500mの選手は世界の舞台に立てず、日本の1500mはだめだ。そういわれている現状。それに対し荒井は、競技をしている本人が前に進んでいると思えばそれでいいと思うし、その結果世界と近づいていたらもっと素晴らしいと考えているようだ。自分が成長した上で、世界との差が広がってしまったとしても、それは一生懸命頑張った結果である。そう捉えているようだ。

1500m日本記録チャレンジスタート


 ペースメーカである東海大学の学生3名と荒井と飯澤。合計5名で1500m日本記録チャレンジへと挑んだ。日本記録は3分35秒42。
 勢いよくペースメーカの3名が飛び出すと、初めの400mが56秒。800mは1分54秒で通過した。充分1500mの日本記録が狙えるペースだ。1000mの通過は2分23秒。ここでペースメーカーが外れ、荒井と飯澤の一騎打ちに。荒井が先頭を引っ張り、飯澤がそれに続く。ラスト1週の鐘が鳴る。ラスト400mを55秒で走ったら日本記録。声援が飛び交う中、ラスト200mへ。ここで飯澤がついにスパート。荒井をぐんぐん引き離し、日本記録を目指し沢山の仲間が待つゴールへ駆け抜けた。
 結果は3分35秒62。わずか0.2秒届かなかったものの、飯澤は日本歴代2位の自己ベストを叩き出した。

ラスト250m。2人で競り合い日本記録を目指す。


 レースを振り返って荒井は、「すごく条件もよくて言い訳出来ないコンディションだった。記録がでなくて残念だったが、ここまで1か月半の高地でのトレーニングの成果が出ている。トライ&エラーだと思うので、もう一度チャレンジして、次こそは。目標としている3分35秒台までは行くことができたので、次はもうちょいトレーニングができるので、3分33秒台を狙ったレースにめぐり合えたらいいなと。まずは日本選手権、その後は記録を狙いに行きたい。」
 と語った。ここまでのトレーニングの成果と、現時点の自分を客観的に分析し、すぐに次の日本選手権と記録更新を見据えていた。

 飯澤は「余裕はかなりあり、ラストは動かしているつもりはあったが、乳酸がたまってしまい残り300mで42秒、100mで13~14秒かかってしまっていて話にならない。まだまだやることが沢山。正直納得はしていないです。
 日本選手権はタイムではなく勝負なので、勝ちに徹したい。日本の中だったら確実にラストは1番強いと思ってるので。今日35秒で走れたことは、スローペースでもハイペースでも最後までついていけると思うので、周りの選手にプレッシャーをかけれるかな、と。」
 と語った。日本歴代2位の記録を出したにもかかわらず、飯澤も現状に満足せず、次を見据えていた。

ゴール後には仲良く談笑する姿が見られた

いざ日本選手権へ

 1500mは予選2組。それぞれの組の先着6名、つまり合計12名が決勝に進める仕組みだ。1組目に荒井、2組目に飯澤がエントリーされた。
 まずは1組目の荒井がスタート。初めの400mが64秒とスローペースとなり、ラスト1周でペースが上がる。序盤から3番手につけていた荒井はラスト100mで自分の位置を確認する余裕も見られ、無事5番でゴール。ベテランの貫禄がみられた。
 そして2組目に飯澤がスタート。初めの400mは59秒とハイペース。飯澤は序盤から2,3番手につけ、着々とレースを進めていく。ラスト200mに差し掛かり飯澤がスパート。先頭に立った。しかし、ここで思わぬアクシデントが。先頭に出た瞬間に転倒してしまったのだ。その後、順位は最後になってしまったが、なんとかゴールまで走り切った。飯澤はアクシデントの影響もあって予選の順位では決勝には届かなかったが、飯澤を含め転倒した選手は救済処置がなされ、無事決勝進出を果たした。

ラスト200mで転倒。最下位ながらもなんとかゴールまで走り切った。

  翌日の決勝、2人のスタート位置は隣り合う形となった。運命の号砲、勢いよく選手が飛び出しいく。ペースメーカーの影響もあり、初めの400mは56秒のハイペース。荒井と飯澤は7、8番手で様子をうかがった。800mを過ぎ、飯澤が徐々に前へ。ラスト1週で飯澤は3番、荒井は6番手へ。1200m地点、ペースメーカーが抜け荒井が3位、飯澤が2位へ上がる。ラスト200mで飯澤が強烈なスパートをかけ、独走。荒井もラスト80mで2番手に上がり、なんと1位2位を独占した。
 

ゴール後には2人で熱い抱擁で喜びを分かち合った

日本陸上中距離を変える2人の挑戦。これからも2人が作る歴史に目が離せない。