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第2回初心者のための機動戦士ガンダム解説『ジオン公国の誕生』

 地球環境回復を目的に始まった宇宙移民計画でしたが、地球連邦政府は地球に残留したまま、スペース・コロニーの管理、支配を続けました。スペース・ノイドはこの状況に不満を抱き、反発を強めていきました。

 詳しくは前回の記事をご覧下さい。

●ジオン・ズム・ダイクンとコントリズム

 地球在住の議員の中にも地球連邦政府のやり方に反感を持った人物が現れました。宇宙世紀最大の思想家と言われる、ジオン・ズム・ダイクンです。

 彼は『各サイドは経済的、政治的に自活が可能で、連邦政府と対等な独立国家としての自治権を与えるべき』だという、“サイド国家主義(コントリズム)”を提唱しました。

 ただ、このコントリズムというのは、エレズムを達成するための前段階でしかありません。各サイドが地球の利権にしがみつく必要がなければ、数で勝るスペース・ノイドの意見が通ります。忘れられがちですが、地球連邦政府の基本理念はあくまで“絶対民主主義”なのです。

 しかし、連邦政府はダイクンの主張を受け入れることはありませんでした。その強大な権力を手放す気は全くなかったのです。

●サイド3の独立

 ダイクンは連邦議会で孤立してしまい、このまま改革を行うことは不可能だと判断します。そして、自らサイド3へ移住して、コントリズムの実践に乗り出すことになります。

 サイド3は月の裏側、地球から最も遠い場所にありました。そのため、地球から物資の輸送を行うには、時間もコストもかかるため、僻地として見られていました。それ故にサイド3が自立できれば、すべてのサイドが自立できる証明となると考えたのです。

 しかし、地理的条件が悪いというのは、あくまでも地球から見た場合の話で、他のサイドや月との交易には問題がありません。また、独立後の国防という観点でも都合が良かったと言えます。

 ダイクンは独自の流通ルートを確保したり、技術者を中心とした有能な人材のスカウトを行ったほか、連邦政府の軍事介入も見据えて、国防隊を発足するなど、独立へ向けた下地を築き上げていきました。

 そして、サイド3はU.C.0058年、デギン・ソド・ザビやジンバ・ラルらの協力で“ジオン共和国”として、独立を宣言し、ダイクンはその初代首相に任命されます。

●ニュータイプ思想

 ダイクンがスペース・ノイドから支持を集めたのは、コントリズムが評価されたからという理由だけではありませんでした。

 「宇宙に住んでこそ、人類は革新を迎えることができる」という“ニュータイプ思想”が宇宙に棄てられたスペース・ノイドに大きな希望と勇気を与えることになったのです。

 ダイクンの提唱したニュータイプは「高い共感力を持ち、慈愛に満ち溢れた、世の中から争いをなくす人類の革新」などと定義されていますが、劇中で語られるニュータイプという言葉はかなり曲解されていて、本来の意味とは異なる意味で使われることがほとんどです。

●ザビ家の台頭

 サイド3の独立にスペース・ノイドたちは大いに沸き、各サイドでも独立の機運が高まっていきました。そんな状況を連邦政府が見逃すはずがありませんでした。

 連邦政府は第二のサイド3を出現させないため、ジオン共和国に対して、経済制裁を加え、さらに宇宙軍の設立や軍備増強を進めて、脅しをかけていきます。資源採掘用の小惑星ユノーを“ルナツー”に改名し、軍事基地化したのもこの時です。

 このような連邦政府の行いにジオン国民の怒りは増していくばかりでした。そんな状況で、連邦軍の脅威を訴え、軍備増強を主張したデギン・ソド・ザビは国民の支持を集め、国防隊は国防軍へ昇格することになりました。

 ただ、これはジオン共和国が軍拡を行えば、連邦軍もまた軍拡を行うという軍拡競争を招く結果になります。あくまでも対話による解決を目指すダイクンでしたが、同時に軍拡を進めたことで、連邦政府は態度を硬化させるばかりで、話し合いは一向に進みませんでした。

 ジオン共和国は議会の多数を占めるダイクン派と軍を掌握するザビ派が政治的な対立を深めていくことになってしまいます。

●ジオン公国の誕生

 U.C.0068年、ジオン・ズム・ダイクンが急死します。マスコミは死因が病死であるということだけを発表、ダイクンがその死の直前に政敵であるはずのデギンを後継者として指名したと報道するなど、ダイクン派にとっては不可解なことばかりでした。

 ダイクン派はザビ派による暗殺を疑い、デギンを後継首相とすることに猛反発します。それに対し、デギンの長男であるギレン・ザビは「ダイクンは連邦に暗殺されたが、急進派の暴走を抑えるために病死と発表した」という噂を広めることで、ザビ派の潔白をアピールし、デギンの第2代首相就任を強行しました。

 これに激怒した急進派がデギンの次男であるサスロ・ザビを暗殺するという事件が起こります。この事件を切欠にザビ派によるダイクン派の粛清が行われます。危機を察知したダイクン派の重鎮であるジンバ・ラルはダイクンの子息キャスバル・レム・ダイクンとアルテイシア・ソム・ダイクン兄妹を連れて、地球に脱出しています。

 U.C.0069年8月15日、デギン・ソド・ザビ首相はジオン共和国を“ジオン公国”に改め、公王の座に就きました。そして、実質的なトップは総帥となったギレン・ザビに移ります。

 ギレンは独裁制を敷くことになりますが、ジオン国民は独立の維持には、優れた指導者による独裁も止むなしと、これを容認したのでした。

 ジオン公国誕生後も、連邦政府は軍拡競争を続け、増大する軍事費によって、国家財政の破綻を狙いました。しかし、その目論見は上手くはいきませんでした。ジオン公国には秘策があったのです。

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