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駒落ちの話②「右利きか左利きか(前編)」

 前話(駒落ちの話①)で、
「アマチュアの上手はズルい」
と、書きました。
 なので、今回はどの辺がズルいかについて、六枚落ちを題材に具体的に述べてみます。


六枚落ちでズルい上手が最も悩む局面

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 図は、初形です。
 ズルい上手としては、この局面こそが悩みどころだったりします(笑)。

「おいおい、ふざけるのも大概にしろよなっ!」
と、思った方がおられると思いますが、これがふざけている訳ではないのです。
 後々に大きく関わる岐路が、すでに上手に訪れていたりします。

 初手の候補は二つです。
 32金と42玉。
 それ以外の手は基本的にありません。
 何故か……。
 上手陣は戦力が少ないので、最大効率で防御に努めないとすぐに下手に食い破られてしまうからです。
 当然ですよね、上手陣には端を守っている桂や香がいないのですから。
 つまり、下手はほぼ必ず一筋か九筋の端を狙ってくることになります。
 そして、それが最も効率の良い攻めとなります。


初形からの指し手①
32金 76歩 72金 66角(A図)

A図

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 まずは、下手の狙いを説明するためにも、成功例を示します。

 A図66角が9筋攻めの根幹となる一手です。
 ここから角の利きと香、飛車のコンビネーションで端を破るのが狙いとなります。


A図以下の指し手
82銀 96歩 74歩 95歩 73金 94歩(B図)

B図

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 B図94歩が、上手にとっても下手にとっても、超大事な一手です。
 すぐに94歩と攻めることで、93の地点の利きが下手の方が多く、すでに端が破れているのです。

 ここで下手が良くやる失敗は、97香と上がる手です(失敗への第一歩図)

失敗への第一歩図

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 下手の気持ちとしては、
「9筋から攻め込むのだから、予め97香と上がって98飛と力を貯めた方が良いかな?」
って感じでしょうが、残念ながらそれではすぐに端は破れません。
 失敗への第一歩図から、84歩 98飛 83金と進み(下手失敗図)、飛車が攻めに参加したものの、角道を遮られた上に93の地点に金と銀の利きがありますので、これ以上下手は攻めることが出来ません。

下手失敗図

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 下手失敗図でなおも94歩と攻めてみても、同歩 同香 93歩(完全な失敗図)で、香を捕獲されてしまいます。

完全な失敗図

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再掲B図

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「うん、まあ、B図94歩が下手にとって大事なのは分かったよ。だけど、上手にとって大事ってのはどういうことなの?」
と、思った方もおられるでしょう。

 ズルい上手としては、94歩と突かれるのは織り込み済みではあります。
 66角と下手がしてきたのですから、9筋攻めを狙っていることは明らかですし、それならこの下手は9筋攻め定跡を知っていると指し手が語っているからです。

 では、上手が94歩の何を看ているかと言うと、それは、
「ノータイムで94歩と突くか、それとも少し考えてから94歩と突くか」
なのです。
 つまり、下手の着手時間によって、下手の力量を測っていたりします。

 下手がノータイムで94歩と突くと言うことは、結果図までの道のりが見えていると言うことで、下手は本筋の9筋攻め定跡を理解していると言うことになります。
 ……とすると、ズルい上手としては本筋の手順を踏襲したままだと必ず潰されるので、変化することを視野に入れるのです。

 ですが、下手が考えて94歩と突く場合には、下手が結果図へ至るまでの手順の何処かに不安を抱えている可能性があると言うことで、上手としては本筋通りの定跡手順を指し続けていても付け入るスキがあると看破できるのです。

 94歩をノータイムで突く下手>94歩を考えて突く下手>97香を上がる下手、と、この94歩一手で下手の力量を見分けることができます。
 そして、力量に応じて手を変えることによって、ズルい上手は下手の攻めを凌ぐのです。


B図以下の指し手
94同歩 同香 84金 98飛(C図)

C図

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 C図がズルい上手にとっての岐路となります。
 B図94歩をノータイムで突いた下手には、73銀(上手、誤魔化す気満々図)。

上手、誤魔化す気満々図

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 B図94歩を考えて突いた下手には、95歩(上手、定跡通りの図)。

上手、定跡通りの図

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 まずは、狙いが炸裂する、上手、定跡通りの図から見ていきましょう。


上手、定跡通りの図からの指し手
84角(下手の狙い炸裂図) 同歩 95飛 52玉 93香成 73銀 83成香 62銀 92飛成(下手大成功図)

下手の狙い炸裂図

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 この84角が下手の狙いの一手にして、定跡が教える超重要な一手です。
 大駒である角をぶった切ってしまうのですから、下手から見たら超絶大胆な一手です。
 ですが、教室の先生や駒落ちの定跡書では必ずと言って良いほどこの手を推奨されます。
 そして、角を切って端を破り、以下、手順に下手大成功図に至ります。

下手大成功図

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 下手大成功図からは、次の73成香が鬼のように厳しく、しかも上手の持駒である角だけではこれを旨く防ぐことが出来ません。
 一応、64角や55角とすれば受かりそうに見えますが、72成香と入られると51銀と受けるしか無く、そこで62金とベタっと打てば上手玉が寄っているのは明らかでしょう。

 では、何故、ズルい上手が、84角からの手順があるのに定跡通り95歩と受けたか……。
 それは、下手が84角と切って来られない可能性を見越していたからなんです。
 つまり、94歩で考える下手は、84角と切って嫌な思いをしていることがあるか、84角以下の手順に自信が無いからなんです。

 実際、上手、定跡通りの図から84角と切ってくる下手は、約半分です。
 更に、94歩で考える下手に至っては、約8割が84角と切ってきません(てめえ調べ、笑)。

 なので、定跡通りに進んでいるはずなのに、84角で92香成と成って(下手がビビった図)局面を紛れさせてしまうことになるのです。

下手がビビった図

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 下手がビビった図以下は、73銀と銀に逃げられて端が破れていません。

 通常、六枚落ちの9筋攻め定跡は、84角と切ることができれば6割くらいは目的が達成されたとみて良いです。
 では、何故、下手は84角とすんなり切って来ないのでしょうか?


再掲、上手、誤魔化す気満々図

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 下手が上手、定跡通りの図(95歩)で角を切れない理由は、この上手、誤魔化す気満々図の73銀があるからです。
 95歩と73銀の違いしかありませんが、たった一手の違いで下手の最善手が違います。

 まずは、下手が84角と切って失敗するところから見ていただきましょう。

上手、誤魔化す気満々図から84角の変化
同銀 93香成 85銀(上手が罠に掛けた図) 83成香 96歩 86歩 87角(上手満面の笑み図)

上手が罠に掛けた図

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 一見、下手が旨くやっているように見えるのですが、図の85銀が巧妙な一手です。
 下手は予定通り成香を83に寄って、飛車成を見せます。
 すんなり飛車に成られては酷いので、上手も96歩と防ぐ一手。
 このままだと飛車が成れない下手は、86歩と96の歩にヒモをつけている銀を退かしにかかりますが、そこで87角がトドメの一手で、上手満面の笑み図になります。

上手満面の笑み図

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 上手満面の笑み図は飛車取りですので、下手は飛車を逃げるしかないのですが、以下、88飛 86銀とされて、下手の目的である端を破る構想が破綻しました。

 つまり、この変化があるので下手は定跡通りの図(95歩)でも角を切ることをためらうのです。

 では、上手、誤魔化す気満々図では、下手がダメなのでしょうか?
 いいえ、そうではありません。
 ちゃんと指せば下手の攻めはやはり炸裂するのです。


再再掲、上手、誤魔化す気満々図

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上手、誤魔化す気満々図からの正解手順
93香成 95歩 84角(下手が上手の罠を見破った図) 同銀 83成香 85銀 95飛(下手、上手の罠をかいくぐり大成功の図)

下手が上手の罠を見破った図

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 下手の93香成が落ち着いた一手です。
 対する上手も、次に94成香が見えているので(94成香以下、85金 83成香となると、飛車成と銀取りが同時に受からないので上手が拙い)、95歩と端を受けるしかありません。

 しかし、そこで下手が上手の罠を見破った図84角が、時間差攻撃の一手。
 上手はこれも同銀の一手ですが、下手は83成香と銀取りに寄り、やはり上手は85銀と逃げるしかなく、続いて95飛と飛車を捌いた局面が、下手、上手の罠をかいくぐり大成功の図になります。

下手、上手の罠をかいくぐり大成功の図

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 下手にとっては、この95飛の局面は非常に分かりやすく見えるのではないでしょうか?
「上手は銀を逃げるしかないだろうし、銀が逃げたら飛車を一段目に成って……。ムフフ」
なんて、心の声が聞こえるようです。

 実際に、76銀と銀を逃げると、91飛成とされて上手は困ります(下手、ムフフ図)。

下手ムフフ図

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 下手ムフフ図は王手ですので、上手は受けるしかありませんが、玉をかわす42玉は、41金以下の詰みですし、52玉、62玉も同様に51金、61金以下の詰みです。
 だとすると、持ち駒を打って王手を防ぐしかありませんが、上手の駒台には角と歩しかありません。
 歩は禁じ手で打てませんので、角を61に打つしかありませんが、72成香でジエンドです。

ジエンド図

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 上手は最大の戦力である角を受けに使わされた挙句、その角も取られてしまう運命です。
 さすがにこうなれば、どんなにズルい上手であろうとも、下手が勝てます。
 下手にとっての脅威が何も無い上に、攻撃力も竜、成香、持ち駒の角、金の四枚で攻めることが可能ですので、少々緩い手を指しても局面が引っ繰り返る恐れがないからです。
 あとはひたすら手堅く指せば、良いのです。


「なんだ……。六枚落ちって、66角上がって端を詰めたらすぐに94歩って仕掛けて、あとは角を切るタイミングさえ間違えなければOKってことでしょ? 楽勝じゃん(笑)」
と、ここまでを読んで思った人もいるかもしれません。

 この考え方はあながち間違ってはいません。
 角を切る急所の一手をいかに炸裂させるかが、9筋攻めの要点の一つですから。
 ですが、世の中、そんなに甘くはありません(笑)。

 もし、上手が、下手大成功図や、下手、上手の罠をかいくぐり大成功の図を食らって負けたとしても、
「まあ、まだ奥の手があるからな……、フフフ(忍び笑い)」
としか思っていなかったりします。

 そして、ズルい上手は内心で、
「そうか、この下手は左利きだったか」
と、謎の呟きを残します。

 左利き?
 だったら何なんだよ?
 奥の手ってどういうことだよ?

 下手にとっての数々の謎を残し、次の「右利きか左利きか(中編)」に続きます。

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