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駒落ちの話④「右利きか左利きか(後編)」

 前話で、左利き(下手9筋攻め定跡)には、上手初手42玉が手強いと解説しました。

上手初手42玉図

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 ですが、駒落ち将棋は上手が初手を指して始まります。
 つまり、下手が42玉を有効にしない戦略を採れば、上手の思惑は空振りに終わります。

「なるほどっ! 左利きがダメなら、右利きで攻めれば良いのかっ!」
と思ったあなた。
 大正解です。

 右利き……。
 つまり下手1筋攻め定跡こそが、上手初手42玉への特効薬となります。


上手初手42玉図からの指し手
76歩 72金 26歩(1筋攻め定跡ではないの?図)

1筋攻め定跡ではないの?図

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「えーっ、1筋を攻めるんじゃないの? これじゃ2筋攻め定跡じゃん」
と思った方、少々お待ちください(笑)。
 これには深い理由がありますので、ちゃんと説明いたします。

 上手初手42玉図から、76歩 72金 16歩(下手失敗への第一歩図)と、1筋攻めを狙って16歩から突いてみます。

下手失敗への第一歩図

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 下手失敗への第一歩図から、上手は32金と指します。
 これは下手が16歩と突こうが26歩と突こうが右側から攻めようとしているのですから当然の受けです。
 そして、下手は15歩と更に端を伸ばし、上手も端を受ける22銀として、下手失敗への二歩目図に至ります。

下手失敗への二歩目図

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 ここで、下手は9筋攻め定跡と同じように14歩と行くと、同歩 同香 13歩(勘違い図)で香が死んでしまい失敗します。

勘違い図

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 9筋攻め定跡の時には66角と出て93の地点に角の利きがありましたが、勘違い図では13の地点に角の利きがありません。
 ですから、すぐに14歩とはせずに一回17香と力を貯めて18飛からのスズメ刺しを目指します(とりあえずスズメ刺しを目指した図)。

とりあえずスズメ刺しを目指した図

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 一見、これで1筋が破れそうに見えますよね?
 18飛と寄って14歩から攻めれば、13の地点は下手の方が利きが多いですから。
 ですが、そうは問屋が卸しません(笑)。

 とりあえずスズメ刺しを目指した図から、上手は24歩と突きます。
 下手はスズメ刺しを目指し18飛としますが、23金と上がられてどうでしょう?(下手失敗図)

下手失敗図

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 これ、何処かで似たような図を見ましたよね?
 左右が逆になっていますが、9筋定跡ですぐに94歩と攻めずに97香としたあとの変化図に上手の金銀の形がそっくりなんです(前話、やはり失敗図)。

前話、やはり失敗図

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 ここから98飛 83金と進むとやはり端は破れませんでしたね。

 つまり、1筋をシンプルに突いてスズメ刺しを目指しただけでは、端は破れないと言うことになります。

 そこで、下手は一工夫する必要があります。
 それが、1筋攻め定跡ではないの?図の、26歩になります。


再掲、1筋攻め定跡ではないの?図

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1筋攻め定跡ではないの?図からの指し手
32金 25歩 22銀 16歩(下手いよいよ端を狙う図)

下手いよいよ端を狙う図

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 ここまでの解説をしっかり読めば、下手が何をやっているのかはお分かりですよね?
 そう、2筋の歩を先に突くことで上手の24歩~23金の形を防いでいるのです。
 上手はこれから1筋から攻められるのが分かっていますから何とか防御の形をとりたいのですが、25歩と突かれた形ではそれも出来ません。

 例えば、31玉~21玉のように端に玉自らが増援に行く方法は考えられますが(上手玉自ら端を守る図)、それにも巧妙な下手の攻めがあり端はしっかり破れます。

上手玉自ら端を守る図

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 下手は上手陣の1筋と2筋の金銀の形が変わりませんので、着々とスズメ刺しの準備をします。
 対して上手はこれ以上端への増援は利きません。
 12玉と上がる手も無いことは無いですが、それは下手の攻めに対する当たりが強いこともあり、後の狙いも消えてしまうのでやりません。

 上手玉自ら端を守る図以下は、64歩(上手が右金を活用する意味) 18香 63金(上手ドキドキ図)と進みます。

上手ドキドキ図

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 上手は何をドキドキしているかと言うと、下手が罠に掛るか、それとも正しく攻めて来て自玉が潰れるかの瀬戸際だからです。


 まずは下手に罠に掛ってもらいます。

上手ドキドキ図からの指し手①
14歩 同歩 同香 13歩 同香成(下手やったか?図)

下手やったか??図

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「端が破れたっ!」
と思った方もおられると思いますが、残念ながらそうではありません。
 下手やったか??図は上手の待ち受ける罠にずっぽりハマってしまっています。

 下手やったか??図から、上手は13同銀と素直に応じます。
 下手は当然同飛成としますが、そこで12香(11香もある)が上手の罠全開の手です(上手の罠全開の図)。

上手の罠全開の図

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 一目瞭然、下手の竜が詰んでしまっています。
 ここから33角成 同金 22銀 32玉 12竜(下手妄想図)と進めば下手が旨いですが、33角成には同金とは取ってくれず、13香と竜の方を取られて下手の攻めは大失敗です(下手投了しかないかも図)。

下手妄想図

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下手投了しかないかも図

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再掲、上手ドキドキ図

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上手ドキドキ図からの指し手②
78銀 54金 56歩 65金 79角 56金(下手準備完了図)

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 上手ドキドキ図から下手がすぐに攻めるのは罠にハマりました。
 ですので下手はさらに増援を繰り出します。
 それが78銀~56歩~79角の意図です。
 79角を引き角と言います。
 角の元の居場所から79に引いて使うから引き角です。

 対して、上手は端にさらに増援することは出来ません。
 なので、金を繰り出して下手が突いたばかりの歩を取り、下手玉にプレッシャーを与えてきますが……。


下手準備完了図からの指し手
14歩 同歩 同香(今度は端が破れた図)

今度は端が破れた図

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「今度は端が破れたって言うけど、下手やったか??図とどう違うの?」
と思う方もおられますよね。
 では、先程と同じように上手に13歩と打ってもらいましょう。


今度は端が破れた図からの指し手
13歩 同香成 同銀 同角成(先程とは違うよ図)

先程とは違うよ図

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 今度は13同角成と角で端を破れました。
 そして、上手が何も受けないと、12銀と打って詰ますことができます。

 なので、上手は受けるしかないのですが、これがなかなか受からないのです。
 上手の罠全開図と同様に12香と受けるのは、同馬で無効ですので不可。
 これが引き角にした効果ですね。
 11香も12歩と打たれて意味がありませんので、上手は22金と馬に当てて受けます(上手せめてもの抵抗図)。

上手せめてもの抵抗図

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上手せめてもの抵抗図からの指し手
22同馬 同玉 11銀 31玉 12飛成(下手圧勝の図)

下手圧勝の図

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 下手圧勝の図は分かりやすいですね。
 下手から次に32金までの詰めろが掛っていますので、上手はそれを受けるしかないのですが、32香は52金までの必死です。
 32角が上手の最善ですが、それも、22銀成 42玉 32成銀 52玉 41角 61玉 63角成までの必死になります。

 まあ、上手も打った角がすぐにポロっと取られてしまう運命では、下手圧勝の図で投了してくれるかもしれませんね(笑)。


再掲、下手いよいよ端を狙う図

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 下手いよいよ端を狙う図から、上手が玉で端を補強する策は、下手が引き角にすることで旨く行きませんでした。
 つまり、下手いよいよ端を狙う図ではすでに、スズメ刺しで端が破れることが確定していたりします。

 と、書いてもピンとこないと思いますので、しっかり端を破るまでの手順を示しますね。


下手いよいよ端を狙う図からの指し手
64歩 15歩 63金 17香 54歩 18飛 53玉 14歩 同歩 同香(下手、マイペースで端を狙う図)

下手、マイペースで端を狙う図

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 下手の手順に特に難しい手はありません。
 スズメ刺しにして端から攻め掛かるだけです。

 対して、上手は端を守る手がありませんので、
「どうせ端から攻められるのなら、玉を少しでも戦場から遠ざけておこう」
とばかりに53玉と避難します。

 すでに下手は端を破ることが確定していますが、ここから素晴らしい手順で上手を絶望させます。


下手マイペースで端を狙う図からの指し手
44歩 12香成 31銀 21成香 42銀 12飛成 43金 14歩(これがド急所の手!図)

これがド急所の手!図

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 上手の44歩は、後に金を43に逃がす意味。
 下手は委細構わず12香成と銀取りにしながら端を破ります。
 上手は22成香と銀を取られると痛いので、31銀と逃げるくらい。
 そして、下手は21成香から12飛成と待望の飛車成を実現します。
 おまけに12飛成は金取りなので、上手は43金と逃しますが、そこで14歩が素晴らしい一手になります。

「14歩って、もしかして、9筋攻め定跡の時に75歩と突いた(前話、これが急所の一手図)のと同じ意味?」
と思った方がおられたら鋭いです。

前話、これが急所の一手図

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 これがド急所の手!図も同様に戦力を増やす意味です。
 こういう、次にと金を作るために歩を打つことを、
「垂らしの歩」
と呼びます。

 垂らしの歩は応用範囲の広い手筋で、平手でも至る所で頻発する必修手筋なんですね。


これがド急所の手!図からの指し手
55歩 13歩成 65歩 22成香(これも急所の一手!図)

これも急所の一手!図

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 下手は、竜と成駒のコンビネーションで上手玉を攻めるのが狙いです。
 なので、着実に成駒達を上手玉を守っている金銀にぶつけていくことが勝利への近道なのです。

 ですから、55の歩が角で取れるからと言って、パクっとやってはいけません。
 一度決めた方針を貫かないと、上手玉とその周囲の金銀はドンドン上部に脱出してしまいますので、せっかく作った成駒が置いていかれてしまうからです。

 そして、これも急所の一手!図の22成香も覚えておくべき一手です。
 金銀を成駒で追いかけるのなら、22と(似てるけどダメな図)でも良いような気がしますが、22とと22成香では雲泥の差があったりします。

似てるけどダメな図

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 似てるけどダメな図からも一応は攻めることができます。
 しかし、1段目にいる成香は活用するのが難しく、上手玉がドンドンと上に逃げていくのを追いきれません。

 一方、これも急所の一手!図は、これから23と~32成香と成駒が二つとも2段目3段目を攻めることが可能です。
 1、2段目を進む似てるけどダメな図と、2、3段目を進むこれも急所の一手!図では、53の上手玉を追いかける上で後者の方が圧倒的に効率が良いのです。


これも急所の一手!図からの指し手
64玉 23と 53銀 32成香 54金 33と 74歩 42成香 62銀左 43と 73銀 52成香 75歩 14竜(下手、ついに上手玉を追い詰める図)

下手、ついに上手玉を追い詰める図

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 長手数進めましたが、下手の方針は一貫しています。
「ひたすら、と金と成香を上手の金銀にぶつける」
これを実行しているだけです。
 特に難しい手はありませんね?

 1筋攻め定跡は、9筋攻め定跡と違い、下手のリスクが小さいのです。
 端を破るために角を切るような手順がありませんので、上手の持駒には歩しかありませんから、反撃を食らう可能性が低いのです。

 ただ、その分、下手の持駒も乏しいので、作ったと金と成香を最大効率で働かせる必要があります。
 なので、似てるけどダメな図のように成駒達が敵陣の深いところを動くような手では、効率が悪くて上手玉を捕まえにくいのです。

 手順に特に難しい点はありませんが、ポイントは幾つかあります。
・と金と成香のどちらも、遅れないように活用すること
・上手の攻めにすぐに厳しい手は無いので、と金と成香を働かせることに専念すること
・竜を動かす時には、次の手で十分な戦果が上げられる時にのみすること

 ポイントを押さえれば、下手が必ず上手の玉を追い込むことができます。


再掲、下手、ついに上手玉を追い詰める図

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 上手は、分かっていても次の44とが防げません。
 例えば、74玉と54の金を逃げるスペースを確保しても、44と 64金左 53成香で(上手逃げ切れ図)、下手の攻めをかわすことができません。

上手逃げ切れ図

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 ここまでくると、上手が下手の攻めをかわせないのがハッキリしました。
 以下も、下手は成香とと金を上手の金銀にぶつけ、全部交換してしまえば自然と勝ちが転がり込んできます。

 なんせ、交換しても上手の駒台に乗るのは歩と香だけ。
 下手は金銀が駒台に乗るのですから、大得をしながら攻めているのが分かりますね?


「……って言うか、1筋攻め定跡って、超優秀じゃん! 手順さえ間違えなきゃ、特に難しい手が無く端が破れるし、端を破ったあとも竜の活用が簡単だしさ。14歩とと金を作ることさえ忘れなきゃ、こんなの誰でも勝てるだろw」
と、思った方がおられると思います。

 ええ、その通りなんです。
 端さえスムーズに破れれば、この1筋攻め定跡は非常に分かりやすくリスクが少ないのです。

「だったら、9筋攻め定跡なんていらねーじゃん(爆)。角を切るタイミングが難しいわ、切った角を使われるわ、予め上手玉が下手の攻めてるところから遠ざかっているわで、難しい事この上ないから」
うんうん……。
 そう思うのも無理はないですね。
 それほど1筋攻め定跡はスムーズかつローリスクですのでね。
 気持ちは痛いほど分かります。

 ですが……。
 何度も言いますが、世の中そんなに甘くはないのです(笑)。

 あるんですよ、上手の秘策が……。

「そうか……。あんたは右利きなのか」
上手はそう呟いて、六枚落ちの再戦をします。



1筋攻め定跡に対する、上手の秘策手順
初手32金!

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 そう、もうお分かりですね。
 上手の秘策は初手32金なんです。

 初手32金は9筋攻め定跡の時にはポンコツでした。
 9筋を破られたあとに31銀、32金、33歩、43歩、53歩の形が玉の逃げ道を塞いでいて、飛車を成られるとイチコロでしたよね?

 ですが、1筋攻め定跡では無類の強さを発揮します。
 では、その手順を見ていきましょう。


上手、初手32金以下の指し手
76歩 62金 26歩 22銀 25歩 54歩(上手の秘策発動中図)

上手の秘策発動中図

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 下手は何はともあれ76歩です。
 対して、上手の62金は、狙いを秘めていると同時に、下手からの9筋攻めにも一応対応した手です。
 以下、下手が66角と出れば、82銀 96歩 74歩 95歩 73金(9筋攻め定跡に戻る図)で、32金型に対する9筋攻め定跡に合流します。

9筋攻め定跡に戻る図

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 上手の秘策発動中図で、24歩と行きたくなる下手の方もおられると思います。
 以下、24同歩 同飛 23歩 54飛と進めば(下手の願望図)、今突いたばかりの歩がパクりと取れますので。

下手の願望図

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 しかし、当然ながら下手の願望図のようにはなりません。
 24歩 同歩 同飛の時に、53金と54の歩の方を守られてしまうからです(下手の願望は成立せ図)。

下手の願望は成立せ図

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上手の秘策発動中図からの指し手
16歩 53金 15歩 44金 17香 35金(上手の秘策炸裂図)

上手の秘策炸裂図

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「秘策炸裂? 別にどうってことなくない?」
こう思った方もおられるでしょう。
 上手の端はまだ破れそうですし、金を35に出られたからと言って、特に下手に損になるような手が存在するようには見えないからです。

 ですが、ここから18飛と予定通りスズメ刺しにすると、25金と歩を取られます(下手、上手の狙いに気が付か図)。

下手、上手の狙いに気が付か図

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 以下、予定通り14歩と攻めると、同歩 同香 16歩(上手がクスっと笑う図)と受けられて、飛車が成ることができないのです。

上手がクスっと笑う図

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 上手がクスっと笑う図は、厳密には下手にもまだ勝機はあります。
 ですが、それはかなり難しい手順をクリアしないといけませんので、初段以上の力量が求められます。
 狙いである飛車成りが出来ないと、竜と成駒達のコンビネーションで攻めることができませんので、別の方針に切り替えなくてはならないからです。

 つまり、すでに上手の秘策炸裂図では、下手がかなり苦戦に陥っていたりします。

再掲、上手の秘策炸裂図

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 正直なところ、私は上手の秘策炸裂図から負けたことがありません。
 それくらい下手が窮地に陥っていたりします。
 たかが上手がノコノコと金を出てきたくらいで、下手の1筋攻め定跡は頓挫してしまうのです。


「こんなことなら、1筋攻め定跡ではなく、9筋攻め定跡を選ぶべきだったよ。トホホ……」
ですよね。
 上手初手32金がこんなに恐ろしい狙いを持っていたなんて、知らなければ下手は気が付かないですから。

 上手のやっていることは超シンプルです。
 32金、22銀の形を作ってから54歩と突き、右金を35の地点まで持ってくるだけのことです。
 その狙い以外の手は一切指していません。

 つまり、この秘策を発動させるためには、初手42玉ではこの玉を動かす一手が無駄なるのです。
 初手32金でなければ35金が間に合わないのです。


 以上、六枚落ちの9筋攻め定跡と1筋攻め定跡を足早に解説しましたがいかがでしたでしょうか?
 どちらの定跡も狙いがバッチリハマればあっと言う間に上手陣を攻略出来ました。
 しかし、どちらの定跡にも天敵とも言える変化が存在し、その手順に陥ってしまえば難易度がグンっと上がってしまうことがご理解いただけたと思います。


 次話ではまとめをいたします。
 そこで、
「プロ棋士の先生が、本気の局面を下手にほとんど体験させずに六枚落ちを卒業と言うのか?」
という謎を解明致します。

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