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6回表「季節が僕だけを変える」


2人のチームはどちらも超優秀な方。人当たりも良く。ただ、すぐに1人の方が競合他社に移ってしまったので、2人チームに。まずは法的整理案件からです。Excelをぱちぱちやりながら算出。黎明期だけにかなりアナログ感はありました。ただ人の作ったモデルより、まっさらなところから作る方が好きなので、シンプルに論理を積み重ねるように作って分析していきました。次第にチームは増えていき、最盛期はミドルも入れて4人体制。相変わらずジュニアではありましたが、なかなか楽しかったし自信もついてきました。遅くまで働いてはいましたが、仕事仲間や商社部門の若手とよく飲みには行きましたし、本社への出張や研修旅行などもこのころによく行きました。海外出張の時は眠気と戦っていましたが、グローバルでバレていました。JBは研修旅行で居眠りポーズをして私と映っていますし、メールの最後のあいさつにRegards的な感じにTell Tem to wake up.としたたまれたこともあります。(全員に送るなよ。。)このころは仕事の面白みも覚えて自信も少しついてきたころでした。懇意にしている売り手のTMさんからも非常によくしていただきました。あの会社は情が深い方が多いですね。そんなある日、オフィスに一本の電話がかかった来たことから、変化が始まりました。
ある銀行が生まれかわろうとしている。ディスレスビジネスを本格的にやるぞ、とのことです。銀行勘定で出来るのであれば、大きな案件もできると思い、Globalでapproveを取る大変さが身に染みてきた自分には東京で決裁できるのは魅力的でした。最後はロスリスバーガーかジャイアンかのようなボスにサインを半ば強要され、転職することを決めました。ボーナス前です。
口頭試問でポテンシャル採用してくれたKYさんは本当にすごい方で、今でもかっこよい尊敬すべき方なのですが、Tradingの時の私のふがいなさから、あまり認めてはくれなくなっていたような気がしていました。Greedyさも足りなかったのかもしれません。辞めることを切り出すと、さすがにボーナス前に辞めるのは以外だったのか、もう確定していたボーナスをもっと出すから、と言ってきました。それは口頭で聞いただけなので実現するかはわかりませんが、そんなに出すつもりだったら、最初から少しは出してくれよと思っていました。ただ、次のところがだいぶ高いオファーを出してくれていたのもあり、仕事のダイナミズムを感じて、次のところに行くことに決めました。20代後半にはなっていました。

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