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⑩理想と現実

恐らく茉莉花は自分の体が変だということに気付いたのだろう。しかし、何故DNA鑑定をしたのだろうか。否、問題はそこでは無い。DNA鑑定をした事で、もしかしたら茉莉花は体の秘密に気が付いてしまったかもしれない。
俺はそんな事をぐるぐる考えながらサーバールームに足を運んだ。ここ最近、茉莉花に本当の事を話すべきか迷いと葛藤に追い詰められ、サーバールームに入り浸っていた。ここではあの子の声が聞こえるような気がして気を安らかに持つことが出来た。
「そろそろ潮時か。」
大きな溜め息が漏れる。俺はオフィスチェアに肘をついて考えた。
俺たちはなかなか子供に恵まれなかった。そんな中やっとの思いで授かったのが茉莉花だった。しかし、茉莉花には先天的な心臓の病があった。私たちはやっとの思いで授かった子供をどうしても死なせる訳にはいかなかった。俺はどうにかして茉莉花のドナーを「作った」。だが、作り始めたは良いものの、その間ロボット技術が発展し、とうとう人型まで作れるようになっていた。俺はこのドナーを殺す罪から逃れたくて、いざという時はいつでも茉莉花をロボットの体に移し、その生命を繋ぎとめれるようにした。この事に対して妻は反対していた。しかし、俺はそれを強行しようとした。そして、茉莉花は齢六歳で息を引き取った。茉莉花は一度死に、またこの世に舞い戻った。仮染めの体を使って。過去の記憶をAIにディープラーニングさせて、それを「脳」とし、通信技術を使ってAIと体を接続している。「茉莉花」は最先端技術を駆使した、言わば技術者の努力の結晶だ。私たちはその努力の結晶の恩恵を受けるために、家を担保にし、借金をしてまで数人の技術者を雇って作らせた。ローンは未だに残っている。あの子がいつか家を出ていく時、或いは俺たちにもしもの事があった時に真実を告げようと二人で決めていた。だが、その考えは甘かったようだ。あの子は賢い。
茉莉花が友人を部屋に呼んだ翌日、俺は書斎に茉莉花を連れて行き、サーバールームの存在を明かすことにした。
茉莉花は冷静に本棚を押すのを手伝い、意外な事に驚きもしなかった。ただ、何故自分に見せたのだろうと言わんばかりに不思議そうな顔をしている。俺はこんなにも無垢で純粋な娘に、本当の事を告げるのを心底恐れていた。俺は自分のエゴで妻にも、茉莉花にも辛い思いをさせた。それを必死に見て見ぬふりをして自分だけが幸せになろうとした。これはその報いなのかもしれない。ツケが回ってきたのだ。
俺が先にサーバールームに入っていくと、後ろから茉莉花が素直に付いてくる。俺は一層胸が締め付けられた。少し肌寒いほど冷房が効いたサーバールームに居るのに、額には汗が垂れていた。
パソコンの前まで辿り着くと、俺は茉莉花をオフィスチェアに座らせ、目線が同じ高さくらいになるよう膝をついてしゃがんだ。
「これからお父さんは茉莉花の病気と体の事について大切な事を言うから、最後まで黙って聞いて欲しい。」
俺が真剣に告げると、茉莉花は緊迫した空気が嫌だったのか、「何言ってるの」と少し笑った。しかし、俺が変わらず真剣な眼差しを注いでいることに気付き、笑顔が消えた。俺は茉莉花の表情が変わったのを確認してから話し始めた。
「信じられないかもしれないが、最後まで聞いてくれ。」
俺は念を押してから体の秘密について全て包み隠さず説明した。このサーバールームがこの子にとっての「脳」であること。体は「作り物」だから痛みが分からず、汗が出ないこと。途中、茉莉花は物言いたげだったが、俺が話終える頃には少し落ち着いていた。「信じられないかもしれないが」と俺が言いかけると、
「信じる以外に何も無いでしょ。」
と遮った。少し諦めたような表情だ。
ここで謝ることは逆効果だろう。俺はそっとしておこうと思い、茉莉花を置いて一人サーバールームを出た。扉を出る寸前、茉莉花の啜り泣く声が後ろから聞こえた。俺はこの先一生あの子に親として認めて貰えないかもしれない。しかし、それが俺のしたことへの報いで、受けれるしかない。残酷だがこれが現実だ。俺は二度娘を失うかもしれない苦しさに耐えかねて、書斎を出て一人嗚咽を漏らした。

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#花の命

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