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⑪これから

昨夜、突然茉莉花から電話があった。直ぐに会って話したいことがある、とのことだった。確か一昨日会ったはずだが、もう進展があったのだろうか。私は今日会う約束を取り付けて電話を切ったが、ひどく緊張しているのか手が汗で艶めいていた。
昨日から緊張が続いたまま私は茉莉花の家に着いた。今日も茉莉花の両親は不在らしい。お母さんの方は最近パートを始めたらしく、家を空けることが多くなっていた。それが私たちにとっては好都合で、最近は茉莉花の家で話すことが前提のようになっていた。お邪魔するのは申し訳ないが、外では話しづらい事なので、仕方がない。
茉莉花はお茶を持ってきたが、少しそれを飲むと直ぐに飲むのを止め、私が飲み終わるのを待って話し始めた。
「昨日お父さんから全部聞いた。お母さんも私の体のことずっと知ってたみたい。二人とも知ってて黙ってた・・・。」
茉莉花は絞り出すように言うと、一筋だけ涙を流した。直ぐに目に溜まった涙を拭うと、私に向き直り「見せたいものがあるから着いてきて欲しい」とだけ言うと直ぐに背中を向けて出ていった。私は慌てて後を追うと、そこはこじんまりとした書斎だった。


ある一つの大きな本棚の前に茉莉花は立った。突然、その本棚の横に周り、それを横に押し始めた。茉莉花は思い切り押しているようだが、ビクともしない。
「ちょっと手伝ってくれない?」
と息を切らしながら茉莉花は言った。私は慌てて茉莉花の横につくと、一緒に本棚を押した。すると、大きな本棚は少しずつ横にズレていき、部屋の隅まで寄せきると、一つのドアが現れた。茉莉花は一息付いて、そのドアを開けて入っていく。
部屋の中はサーバールーム狭いサーバールームになっていて、二台の巨大なコンピュータがそびえ立っていた。茉莉花は一番奥にあるデスクまで行くと、私に振り返って手招きした。中に入ると少し肌寒い。
「これからお父さんに聞いた事全部話すね。」
茉莉花はぽつりぽつりと、自分の体のこと、サーバールームが「脳」であること、結局茉莉花も私も作り物だったことを話し始めた。私は最初、このサーバールームに入った時、ここがどんな存在なのか分からなかった。だが、茉莉花の話を聞き終えて、初めてここがどれだけ大きな存在なのかを理解した。その場所に入れてくれるということは、それだけ私に心を許してくれているのだと実感した。不謹慎だが、それを私は少し嬉しく感じた。
茉莉花はロボット、私は人造人間。一人の少女によって知らない所で繋がっていた。私も茉莉花もその少女がいなかったらこの世に存在していなかったし、茉莉花のおかげで私は命拾いした。でも、多分こんな私たちだからこそ巡り会って最高の友達になったのだろう。作り物同士で。
「結局私たち、二人とも偽物だったって訳か。」
茉莉花が少し嘲笑して呟いた。私は茉莉花の切ない表情を見て涙をぐっと堪えた。
「私たちが生まれた理由は残酷で、作った人を許すことは一生ないと思う。でも、『偽物』だとしても、私たちは私たちだよ。」
私はどこか遠くを見ながら言った。
そもそも端から「本物」も「偽物」も無いのではないかと思えてきた。たとえ「偽物」でも、そこに存在しているだけで「本物」じゃないのか?
そんなことをぐるぐる考えていると、茉莉花がそれを察したように、「本物か偽物かなんて、難しいよね」と言った。私は明らかな「代わりの人間」だが、茉莉花は違う。茉莉花は本人の記憶と頭脳を継承したロボットだ。それは「生きている」と言えるのか、生きていた「本人」だと言えるのか、誰にも分からない問題を抱えている。
「本物とか、偽物とかどうでも良くて、生きているだけでいいんじゃないかな?」
と私は一つの結論を声に出して言ってみた。茉莉花は少し驚いた顔をしたと思うと、途端に声を出して笑いだした。
「難しいこと考えてるなぁと思ってたのになんか軽い答えだね」
顔は笑っているが、声は少し震えていた。
私たちは一通り会話が終わると直ぐにサーバールームを出て解散した。茉莉花は玄関まで見送ってくれたが、少し泣くのを堪えているようにも見えた。恐らく私が帰ったあと泣いただろう。
一方私はと言うと、茉莉花に対する同情と、茉莉花がこの世に生まれてきた事を嬉しく思う気持ちがあった。倫理的に問題のある行為によって二人とも生まれたにも関わらず、私は不謹慎にもそのことに感謝したのだ。茉莉花と出会えなければ、私の人生は酷く孤独なものだっただろう。私たちは特別な存在だ。とても稀で貴重で、本来あってはならない存在。でも、お互いにとってだけは必要でとても大切だった。私はその絆にすがり付いて居たかった。だが、茉莉花が泣いているのを見て考えが少し変わった。これは本来辛い出来事で、受け入れなければならないのだと。私は今まで茉莉花という存在を盾にして、現実から逃げていたのかもしれない。これからは茉莉花が居なくても生き抜かなくてはならない場面と多く直面するだろう。その時は私は茉莉花を解放し、一人でどうにかしなくてはならない。そして初めて一人の人間として成熟するんだ。そうやって私たちは「本物」になっていくのだ。
私は西日の温かさを頬に感じながら少し涙を零した。それは、これから向き合う現実への恐怖と、帰る場所が無いような心細さと、茉莉花と出会えた感動が、心のダムから溢れ出したものだった。私は立ち止まり、涙を手のひらでサッと拭って、しっかりと前を向いて歩き始めた。道の向こう側を見据えて。

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#写真は本編とは無関係です
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