特例法の「???」を考える③〜要件とは要件である。趣旨は彼らの願望を叶える法〜

第3回です。

こんな長文を、毎度貴重なお時間を使って読んでくださる方々、また更に励ましのサポートをしてくださる方々に、心より感謝します。
他人の書いた長文って読むの疲れますよね……

ぜひ、みなさんの考えるきっかけや、参考、議論の糸口にしてみてください。

※本記事を書くにあたっては、南野知惠子『【解説】性同一性障害者 性別取扱特例法』(以下、解説本)を大いに参考にいたしました。(図書館で借りれますよ)


■特例法の要件は「要件」である

第1回の冒頭に戻りますが、特例法には5つの「要件」があります。
「要件を規定」しています。
そうです。

要件です。

「~したから」ではなくて、
「~したなら」です。

つまり、

「性同一性障害がある人は、法的な性別の扱いの変更を望む人が多いので、法律を作るね。
でも、誰でもOKじゃないよ。
その法律を利用できる人の範囲はこれに合致する人だけですよ、
と限定するための 要件を規定したよ」
ということです。

どの「要件」も「規定されたもの」です。

「内外性器の手術をしたから、あるいは子供を持たない選択をしたから、あるいは20歳を超えたから、あるいは結婚をしないから、法的扱いの変更が必要になった」のではありません。


■え?「手術した人のために作られた」法律では‥‥??


よく言われる「特例法は、手術した人たちのためにできた法律なんですよ!だから、手術を望まない、できない人には性別の取扱いの変更なんて、必要ない。転倒している」という主張。

あまりにもまことしやかに大きな声で言われていますが……実際はどうだったのでしょうか???

解説本に書かれている、法律を作った流れ・理由は
性同一性障害をもつ人には、生活上”困難、社会的不利益”がある」ということです。

あれ?「手術をした人には、」……ではないんですね……???

そしてその困難は、
戸籍の性別記載を変えて、法的取扱いの変更という いわば
「資格証、印籠」のようなものを得られることで
かなり解消されるだろう……と、特例法を作った人たちは考えたのだそうです。(🧶怒)

性同一性障害とその診断・治療について理解を深めるとともに、性同一性障害をめぐって、戸籍の続柄に係る性別記載の変更の問題、医療保険の適用の問題、職場・学校等での差別の問題、公文書等における不必要な性別記載に伴う問題などが存在し、その治療効果及び性同一性障害者の生活の質を高めていくためには、法的な対応も含めそれらの問題に対処していく必要があることなどについて、勉強会に出席した議員の間で認識を共有化することができた

南野知惠子【解説】性同一性障害者 性別取扱特例法

我が国では、戸籍が公証文書として極めて重要な役割を果たしており、就職をはじめとするいろいろな場面で戸籍の謄本又は抄本などの提出を求められることが少なくない。そのため、例えばその提出を求められることをおそれて正社員となることを断念するなど、戸籍の続柄を変えられないがゆえに、性同一性障害者が社会生活上の不利益を被っている

南野知惠子【解説】性同一性障害者 性別取扱特例法

性同一性障害者は、依然として社会生活上様々な問題を抱えている状況にあり、その治療の効果を高め、社会的な不利益を解消するためにも、立法による対応を求める議論が高まってきていました

南野知惠子【解説】性同一性障害者 性別取扱特例法

だいたい、第1回でお伝えした通り、特例法にはそもそも「手術要件」なんて、存在しないんです。

その時点で「手術した人のためにできた、とはこれいかに」なんでした。
更に、こうしてあらためて立法理由の解説を見ると確信が深まりますね。

つまり、手術をした人に限定した目的ではなく
「性同一性障害をもつ者の、生活の質を向上させ、”治療”の効果を高める」
これがまず目的にあるのです。

(⚠治療=手術だけ……ではありません。カウンセリングやホルモン投与も”治療”と呼ばれています。そして、”患者”は自分でどの”治療”をどの”順序”で受けるか選ぶことができ、またそのホルモンも手術も必ず全部受けなければならない、というものではありません)

4.治療のガイドライン
治療は、精神科領域の治療(精神的サポート)と身体的治療(ホルモン療法とFTM における乳房切除術、性別適合手術)で構成される。治療は画一的にこの治療の全てを受けなければならないというものではない。身体的治療については、治療に関する十分な理解を前提としたうえで、自己の責任において、どのような治療をどのような順番で受けるかを自己決定することができる。ただし、診断の手続きと精神科領域の治療を省略することはできない。

性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第 4 版改)
https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/gid_guideline_no4_20180120.pdf



■性同一性障害をもつ人の「困難」とは


このように、特例法を作った理由は、
性同一性障害をもつ人がかかえる”困難、社会的不利益の解消”が上げられています。

具体的な例をあげると、
A.「見た目と 身分証や戸籍謄本の性別が違うことで、
いぶかしがられたり、
性同一性障害だとバレて、就職を蹴られたり、保険証を出すのが嫌で病気の発覚が遅れたりする」
B.「性別で決まる制服などがイヤで、不登校で低学歴になったり、就職しづらくて経済的困難を抱える」
といった”困難、社会的不利益”です。

そのような”困難、社会的不利益”について

・”生活の質を向上”し、(=望む性別どおり取り扱われたいという欲求どおり生活を送り)
・”治療”(=カウンセリングやホルモン投与や乳房切除や性器整形や生殖腺機能喪失)の効果を高める……

これを叶えたいわけですね。

だから彼らの擁護者は、「彼らはこれほど困っている。よって、その解決のために、戸籍の性別記載を変更できるようになるべきなんだ」と考えたわけのようです。

■手術で容姿は劇的に異性化するか

ここで疑問です。

これらの「困難」は、はたして、内外性器の手術によって突然起きるようになるのでしょうか?

なりませんね。

そうなんです。特に身分証や戸籍の続柄の性別記載で起きる、と言っている上記A.の困難など、どれほど考えてみても「容姿の話」です。
それも、その内容のほとんど……おそらく9割以上が、
「服を着た状態の」容姿の話であると思います。

しかし、皆さんご存知の通り
内外性器の手術をしたら
男性が女性に、女性が男性にしか見えなくなる
……なんてことは起きません。

容姿がある程度変わるのは、生殖器の手術ではなく、
ホルモン投与の副作用によるものです。
(それでも、男が女に見えるようになるかって?
ええ、なりませんよ。多少胸が出たとしたって。その他の喉仏や骨格や皮膚や髪質などあらゆる男性らしい特徴は変わりませんからね)

■「容姿が異性化した人」のための法律??


では特例法は「容姿が完全に、反対の性別に見えるほどまで変わった人だけのための法律」なのでしょうか。

それがそうでもないのです。

ホルモン投与しても、そして生殖腺や性器の手術をしたとしても、
さきほど書いた通り
筋肉・骨格・体格・喉仏・声・関節可動域・皮膚感・髪の生え方などなどなど……
どうしても「男が男に見える」要素が多分に残るのはこれもみなさん
ご存知の通り。

むしろ、日常生活での男女の見た目の判別に、性器の形状がかかわってくるシーンは非常に限定的です。(🧶※見た目の判別には、であって、陰茎挿入レイプを起こされ得る危険性からすると、重要な要素です)

ふだん男女を見分けるとき私たちは、相手の性器を見るまでそのひとが男女どっちかわからない……なんてことないですよね。
服の上からでもわかる、書ききれないほどの男女の違いを、私たちは一瞬で見分けています。
(特に女性のほうが、男女を識別する能力が高いことが指摘されてます。MtFの作家・佐倉智美氏によると、なかでも若い女性の目を”パス”するのが難しい、と。実際そうでしょうね)

しかしそんな、
「なにをどんなに努力しても人工的に手を加えてもどうしても生来の性別がバレるんだ」という人たちでも「望む性別として自分を扱わせて生きたい」欲求は、女性に擬態しやすい容姿を持って生まれた男性と同様かそれ以上に強いわけです。

(4)適応の困難
たとえホルモン療法や手術治療により体つきを変えたり、服装を変えたとしても、身振り、振る舞い、着こなし、化粧、発声法など、様々な問題について、適応のための困難を抱えることになる。例えば男性が女性として生きようとするとき、背の高さや体型が社会適応を困難にすることもある。このように、医療だけでは解決できない問題も多く、多方面にわたるきめ細かな対応が求められることになる。

南野知惠子【解説】性同一性障害者 性別取扱特例法
埼玉医科大学学長・日本精神神経学会理事長
山内俊雄

解説本では、

そんな人たちの「困難」も、
特例法が社会の理解と認知を増進させることで、かなりの程度解決できるのだ、

……という旨が書かれています。

特例法は社会の理解認知を増進させる象徴であり、その解説本も社会的啓発意義を持つとしています。
特例法擁護者たちは、「他者に対して寛容な社会・多様なあり方を認める」ことを目指しているのです。
(🧶ほらね、特例法こそ、TRAの中枢であり根源でしょう。男を女として受け入れさせることが多様で寛容な社会、という思想……)

だって、手術した人もしてない人も出来ない人も、子供がいる人も居ない人もこれから作る予定がある人もない人も、結婚してる人もしてない人も、同性が好きな人も異性が好きな人も両性が好きな人も、
いろんな人が
「法的に扱いを変更できるようにしてほしい」と望んでいたし、
望んでいるし、
特例法擁護者から見ると”困難と社会的不利益”をかかえている……はずですからね。

■「彼らの望みを叶えてあげたい」法律

そう、そもそもなぜ「いぶかしがられたり、就職で蹴られたりしてまでも、身分証や戸籍謄本と異なる見た目を欲するのか」というと
「望む性別として自分を扱わせて生きたい」という望み、欲求が先にあるわけですね。
それが、特例法が定義範囲とする「性同一性障害をもつ人たち」の、そもそもの出立点です。

その望み、欲求を診断するのが医師ですし、
そして特例法は、その望みはできる限り叶えてあげる社会であるべきだ、の目標を持っている。

なぜか?

特例法視点では、信頼できる「医師という門番」がチェック済で、更にはすでに名前の変更まで家裁が認めている「ほどの人たち」なのだから、当然その望みはできるだけ叶えてあげるべき「ほどの人たち」だという考え。

医師視点では、信頼できる「法律という門番」がなんと戸籍変更まで許した「ほどの人たち」なのだから、当然自分たちのしてきたことは正しいのだし、更に法律に合致するようにガイドラインを整えるべき「ほどの人たち」だ、という考え。

……ということなのではないでしょうか。
(実際、特例法ができたことを受けて、日本精神神経学会の「性同一性障害の診断と治療のガイドライン」は改定されている)

こうして法と医師とが互いの正当性を信頼し、強化しあって、
「とにもかくにも、性同一性障害と定義した人たちに、いかに望み通りの生活を歩ませてあげるか?」
を目的としてできた法律が、特例法であると考えます。

(🧶その望みを叶えるためには、女性の尊厳安全生命なんて、ずーっと蚊帳の外なんです)

■「手術した人のため」と言いたいのか?言わされているのか?


話を戻します。

つまり私は、
特例法の法文と、解説本、また平成31年の判決補足などなどを読んだ結果
「手術した人たちのための法律なんですよ!だから、手術を望まない、できない人には性別の取扱いの変更なんて、必要ないでしょう」
という主張は、的外れであると考えます。

それとともに、
”埋没している”とか”本物”という無謬の素敵な、あなたの理想通りの好みの気の毒な聖人、が最初から居たかのような幻想を大事にかかえてきてしまったことは、
いったいどんな心理であるのか?
を、紐解いてみてほしいと願います。
(私にもその幻想はかつてあったので)

性別は,社会生活や人間関係における個人の属性の一つとして取り扱われているため,個人の人格的存在と密接不可分のものということができ,性同一性障害者にとって,特例法により性別の取扱いの変更の審判を受けられることは,切実ともいうべき重要な法的利益である。

[3] 本件規定は,本人の請求により性別の取扱いの変更の審判が認められるための要件の一つを定めるものであるから,自らの意思と関わりなく性別適合手術による生殖腺の除去が強制されるというものではないが,本件規定により,一般的には当該手術を受けていなければ,上記のような重要な法的利益を受けることができず,社会的な不利益の解消も図られないことになる。

https://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~suga/hanrei/165-3.html
性別変更訴訟(生殖腺除去要件)特別抗告審決定
最高裁判所 平成30年(ク)第269号 平成31年1月23日 第二小法廷 決定

「特例法には手術要件が存在するから、ひとまずはそれを維持すれば良い」
……というまぼろしと同じく、
事実を無視し、都合良いように見えるだけのまぼろしでは
理屈は詰むと思います。
そして脇をスルッと通り抜けられたり、または意図と正反対な主張に利用されたりすることも起きます。
その「まぼろし」を意図的に設定した人がかならず居ると思いますしね。

当記事が、それら被害を防止し、
なにより法的性別の取扱いに特例を設けているという異常な現状を打破できる役に立てるなら、さいわいです。


続く、、と思います。

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