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40年ぶりの時計台  てまきねこ1801

文学部の学生だった頃、教室には行かず図書館で好きな本を読んでいた。それでも「就職が決まったのなら卒業させてあげた方が世の中のためでしょう」と卒業を認めてくれた。良い時代だった。「母校に足を踏み入れることはありません」と誓い、高校では政治経済を主に担当、今年三月で宮仕えから解放される。

国公立の大学や高校に勤める友人も一斉に退職する。これを機会に母校の教授になった級友の退官記念講演を皆で聴こうという提案があり、打ち合わせのために卒業後初めて大学に出かけた。学園紛争でボロボロになっていた時計台は綺麗に修復されていた。

提案者は詩人、教授は哲学者、二人とも学生時代に話したことはない。初対面のようなものである。その他数人が加わって相談の結果、演題は西田幾多郎に決まった。西田幾多郎といえば『善の研究』!学生時代に数ページ読んで投げ出した本である。わからないから読むのをやめた私と、わからないから読み続けた彼女、人生いろいろだ。

私は散文的な人なので詩集や哲学書は読まない。でも、旧友は良いものだ。「君にあげても読まないかなと思ったけれど、あげることにしたよ」と詩集を取り出す詩人。「私の書いた本くらい読んできてね」とプレッシャーをかける哲学者。帰りの電車で初めて詩集を読み、本棚から黄ばんだ『善の研究』を取りだした。視野を広げるには外圧が必要だ。

詩と哲学に続き、今年チャレンジしたいのは経営。もともと経済学部志望だったから、本卦還りしたともいえる。浅野陣屋とインターネットに退職が重なったのは天の配剤かも知れない。今年も良い一年でありますように。

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