説得
『結婚の取りやめ』
それは、誰もが予想できる展開だった。
「왜요?(どうして?)」
念の為に、俺は理由を聞いた。
もし、この間、倒れたことが原因だったとしたら、誤解を解く必要があったからだ。
結婚は俺にとってマイナスなことではなく、寧ろプラスの出来事なのだとメンバーに伝えるべきだと考えていた。
しかし、チョンホヒョンから予想を上回る返答を聞かされる。
「다른 멤버들이 작업하기 위해서 더 좋은 것 같아요(他のメンバーの方が作業のためにはより良いと思うんだ。)」
心臓が大きく飛び跳ねた。
他のメンバー?
それはつまり、ミンスヒョンの可能性もあるということだろうか?
もしもミンスヒョンだったとしたら、彼女は確実に俺を捨てて、ミンスヒョンの方を選ぶだろう。
そうなったら俺は、絶対に耐えられない。
「안돼!(駄目だ!)」
気が付けば俺は叫んでいた。
そんなのダメだ。
絶対にダメだ。
俺は会議室の方に向かって走っていた。
横切る他のスタッフも驚いた顔をしている。
きっと、俺が会社の中を走っている所なんて見たことがないからだろう。
あぁ、俺はこんなにもひたむきな人間だったのか。
会議室の扉を開けると、少し不機嫌になっているミンスヒョンと固唾を呑んで見守っている他のメンバーたちが居た。
「들었어?(聞いたか?)」
ミンスヒョンの低い声が鼓膜に響く。
「네(はい)」
俺は息を整えながら頷いた。
ミンスヒョンが俺の方へ視線を投げると、軽く頷き返してきた。
「그래도 안됩니다(それでも、ダメです。)」
俺は、ミンスヒョンの目を見つめて言った。
他のメンバーと彼女の結婚が、仮にCUTへ多大なる貢献になるのだとしても、許せなかった。
ミンスヒョンとの結婚が彼女を100倍幸せにするとしても、受け入れられない。
CUTの幸せが俺の幸せだと思っていた。
でも、今なら言える。
違った。
誰にも譲れない人が心に居れば、人は強くなれる。
例え、今手にしている幸せを、全て投げ出すことになっても。
「제가 그녀를 행복하게 해 주겠습니다(僕が彼女を幸せにしてみせます。)」
俺がそう言うと、ミンスヒョンは眉間に皺を寄せた。
「태양야…(テヤン…)」
馬鹿げたことを、と思っているのだろう。
けれど、言ってしまった手前、後には引けない。
「그게 진심이야?(それは本気か?)」
「네(はい)」
間髪入れずに返事をする。
ミンスヒョンが深くため息を吐き、眉間を揉むように左手で押さえている。
俺は静かに目を瞑った。
ミンスヒョンの怒りがヒシヒシと伝わってくる。
「못하겠어…우리보다 소중한가?(分からんな…俺たちより大切なのか?)」
その質問に対し、俺は言葉に詰まった。
CUTのメンバーは俺の家族と同じぐらい大切な存在だ。
それは事実だ。
けれど、それだけでは決して乗り越えられなかったものがある。
誰のために頑張れたのか、それだけで言えば、俺は彼女のおかげだと言わざるを得ない。
メンバーとともに苦労を分かち合い、そして、その先には彼女の笑顔があったからこそだ。
どちらかが欠けていれば、俺はこの場に残っていなかっただろう。
俺が答えられずにいると、ミンスヒョンは俺のことを鼻で笑った。
嘲笑の意味ではない。
呆れているのだ。
「진짜야?(マジでか?)」
「죄송합니다(申し訳ありません。)」
ミンスヒョンが大きく舌打ちする。
相当イライラしているに違いない。
俺は思わず、その場で目を伏せた。
少しの沈黙の後、再びミンスヒョンはため息を吐いた。
「우리 태양을 속였군요…(うちのテヤンをたぶらかして…)」
いや、この感じは…。
おかしい。
「우리가 반드시 진다고 했잖아(俺たちが負けるって言っただろ。)」
そう言って口を挟んできたのはシヒョクヒョンだった。
その一言を皮切りに、みんなが腹を抱えて笑い出した。
中には俺の真似をするメンバーも居て、俺は居たたまれずに両目を覆った。
「아아...진짜 못해 먹겠어‼(あー、マジでやってらんないな‼)」
そう言いながらも、ミンスヒョンは俺のことを抱きしめてくれる。
背中の叩き方は、きっとシヒョクヒョンだ。
俺は二人の顔を見れずに、口元だけで問いかけた。
「왜 얘기했어요?(なんで話したんですか?)」
俺の質問に答える前に、シヒョクヒョンは俺の頭を少し乱暴に撫でてきた。
「우리 가족이잖아(俺たち、家族じゃん)」
そのシヒョクヒョンの言葉から、俺も完全に負けたと思った。
この人達に敵うはずがない。
グループの活動のことよりも、俺の幸せを考えてくれている。
改めて、好きだ、と思う。
「잘 참았어(よく我慢したな)」
そう言ってソンミンヒョンも肩を叩きに来てくれる。
「숨기는 일은 하지마(隠し事はすんなよ)」
そう言って、チョンホヒョンも抱きしめに来てくれた。
ユジョンヒョンも何も言わずに背中を軽く叩き、ミンジュンヒョンはミンスヒョンが離れた後に抱きしめてくれた。
俺がようやく、両目から手を離した後、ジュノが笑って親指を立ててくれた。
「파이팅‼(頑張れ‼)」
俺は、この8年間、みんなの何を見ていたんだろうか?
俺の幸せを第一に考えてくれる人達だったじゃないか。
説得する要素などどこにもなかったのに。
そして、もう一度思い直す。
俺は、彼女と幸せになりたい。
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