衝撃
思わず、雪道君の手を握ってしまった。
なんで?と思う。
だって、仮に、GPSを付けても、私の部屋の回数や部屋番号まで分かる筈がなかったのに。
「橘、嘘だよな?」
その維羅の一言に私は首を振った。
そうしなければならない気がした。
「誰だよ、ソイツ。」
維羅がそう言いながら、近寄ってくる。
「見て分かりませんか?」
私が答える代わりに、雪道君が答えた。
私の肩を抱いている腕に力が籠っている。
「ずっと、俺一筋だったじゃん。」
維羅のその言葉に私は再び首を振った。
「そんなことない。」
大声で反論したいが、どれだけ喉を振り絞っても小さな声しか出なかった。
「でも、あの日、俺たち愛し合っただろ?」
維羅がそう言った瞬間、私の中の堪忍袋の緒が切れた。
ふっと足が前に進み、無意識に維羅の頬を叩いていた。
平手打ちなんて、ドラマの中だけのものだと思ったのに、こういう感覚だったんだ。
雪道君の方を振り返ると、雪道君も唖然としていた。
私も驚いている。
こんなに大胆な女だっただろうか、と。
「なんでだよ…。」
そう言って、維羅が花束を落とした。
「なんで俺ばっかり、こんな目に!」
維羅はそう吐き捨て、私に手を振りかぶった。
「圭さん!」
雪道君が大声を出した。
私は、何故か冷静に、維羅の両目を見据えた。
殴るなら、殴ればいい。
その代わり、絶対に、お前の物になんかならない。
心の中でそう毒づきながら。
維羅は震えながら振りかぶった手を下ろした。
「変わんねぇな、橘。」
何が?と思う。
私は、過去に、こんな風に維羅に楯突いたことなどなかったはずだ。
「お前、俺のことが好きな瞬間なんて、なかっただろ?」
そんなことない、と言おうとしたが止めた。
そう言ってしまうと、またややこしくなってしまいそうで。
「もう、執着するの、やめるわ。」
維羅はそう一言言い残し、花束を拾い上げた。
何がなんだか分からなかった。
雪道君が私に駆け寄ってきて、そっと私の腕を引っ張った。
「お前も気を付けろよ。」
維羅は雪道君に目線を移して言う。
「どうせ、お前も愛されてないんだから。」
そう言うと、維羅は私に背を向けて、エレベーターの中へ入っていった。
私は、緊張の糸が解け、思わずその場に座り込んだ。
「大丈夫ですか⁉」
雪道君が傍に座り込む。
私は反射的に頷き返す。
けれど、頭が混乱している。
私にとっては、あんなに好きで、好きで、泣くほど好きだったのに、どうして維羅にとっては、愛されていないように感じたんだろう?
「圭さん、春ですけど、夜は冷えますから、中に入りましょう。」
雪道君はそう言って、私の両脇を支え、立たせてくれた。
「…うん。」
そう言うのが精一杯だった。
私は家に入り、雪道君に謝った。
「ごめんね、迷惑かけて。」
「大丈夫っすよ。なんか、ただならない感じはしたんで。」
雪道君は、私の頭を軽く2回叩いた。
「…ありがと。」
そう言って笑って見せるものの、私は心の中で維羅の言葉が引っかかって、上手く笑えない。
良かったはずなのに、全然良くないと思ってしまう。
私の好きだという表現は、足りないということなのだろうか?
じゃあ、どこまで表現することが、愛情表現の正解なのか?
毎度家に招き入れ、彼になんでも合わせて、会いたいと言われたら足繁く会いに行ったにも関わらず、「お前、俺のことが好きな瞬間なんて、なかっただろ?」なんて言われたら、どうして良いか分からなくなる。
私はどうすれば良かったんだ?
「圭さん。」
「うん?」
「ちょっと、お茶だけ貰って良いっすか?」
雪道君のその言葉に、わざわざ来てもらった手前、断る理由もないと思い、私はリビングまで招き入れた。
そして、ちょっとお茶だけだったはずなのに、あれよあれよという間に、いつの間にか二人で朝を迎えてしまっていた。
おかしい…。
どう考えてもおかしい…。
美味しくお茶を飲んで、雪道君が私のグッズたちに感心し、私がお湯が冷めないように先にお風呂に入って、そこから、何故かこのような事態になってしまったのだ。
職場の人間になんか手を出したら、面倒くさくなることぐらい分かっていたのに。
私は午前6時30分に、頭を抱えた。
そんな私の様子を見て、雪道君がとどめを刺すように言った。
「なんか、昨日の男の人が言ってたこと、分かっちゃいましたわ。」
「はぁ⁉」
「え?なんか、すいません。」
雪道君は、布団から出た後、服を着ながら言った。
「大丈夫っす。俺は分別ある男なんで、昨日のことは綺麗さっぱり忘れます。」
そう言われれば、そう言われたで、なんとなく腹立たしい。
「でも、圭さん、好きでもない男に流されるのは良くないですよ。」
反論する前に、雪道君に正論を言われる。
「男って単純なんで、すぐ本気になっちゃうんで。」
そう言った時の、雪道君の物悲しそうな笑顔が、私の心に傷を作る。
あぁ、私、最低なことをしてる。
そう自覚させる。
雪道君は、リビングの方に向かい、テレビを点けた。
私も遅れて着替え、リビングへと向かい、二人分のコーヒーを淹れた。
「お、テヤンだ。」
その一言で、思わず心臓が跳ね上がった。
勢いだとは言え、私は最低なことをしたのだ。
テーブルの上に雪道君の分のコーヒーを置くと、私はニュースを見て衝撃を受ける。
私の方が最低なことをしているのに、傷つく資格なんてない。
それなのに、こんなにも心が抉られる様な感覚を抱くなんて。
ニュースのテロップにはCUTのソン・テヤン熱愛発覚という見出しになっており、相手の女性にモザイクはかかっているものの、私は見覚えのあるピアスと鞄で理解してしまった。
セリちゃんだ。
髪の毛の長さは違えど、服装は違えど、なんとなく分かる。
昨日、セリちゃんからメッセージが返ってこなかったのは、テヤンからいろいろ話を聞いたせいじゃないか?
そう思うと悪寒がした。
「えぇ?圭さん、大丈夫っすか?」
雪道君が労わるように私の背中を撫でた。
私は両手で顔を覆った。
今更気付く。
私の心はもうテヤンへ持って行かれている。
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