不可測
冷蔵庫を開けると、己の女子力の低さに嫌気が差した。
「うわぁ。」
水と酒とキムチと即席料理の素(ほとんどが韓国製品)が詰まった冷蔵庫。
食器棚の半分は食器でなく即席麺(ほとんどが韓国製品)が詰まっている。
もしも、テヤンが遊びに来たら、何も食べさせてあげられるものがないな、と思い頭を振った。
そもそも、テヤンが我が家に来るなんて言うこと自体がおとぎ話だ。
私はビールに伸ばしかけた手を止めて、ミネラルウォーターを手に取った。
キャップを開けて、一口飲む。
落ち着くんだ、私。
きっと今は、ヨントンの後みたいな気分になっているから、こんな心境になっているだけだ。
いや、それにしては贅沢すぎるヨントンだったけども。
お昼ご飯を食べていないから、余計に思考回路が定まっていないのだと思う。
私は、棚から、ミンスの好物であるビビン麺(カップ麺)を取り出した。
オタクあるあるだと信じたいが、推しが好きな食べ物は何故か棚に常駐しているのだ。
今や韓国語の成分表示まで読めるようになった私にとって、即席麺を作るのは朝飯前の所業で、我ながら痛々しいなぁと思う。
そう言えば、テヤンのお母さんは料理上手だったなぁ、と思い、私はまた頭を振った。
だからどうしたというんだ。
私が料理上手になったところで、テヤンに料理を振る舞うタイミングなんて一生来ないじゃないか。
あくまでも私たちは、形だけの、戸籍上だけの結婚をする中なのだ。
湯沸し器に水を入れ、スイッチを押す。
普段なら、このお湯を沸かしている手持無沙汰の時間が苦手だ。
けれど、今日はこの時間が嫌じゃない。
あんなに嫌なことがあったのに、心穏やかに過ごせている。
自分の単純さに感謝したいと同時に呆れそうにもなる。
沸騰する音に耳を傾けつつ、冷蔵庫からキムチを取り出し、小皿に食べる分だけ入れる。
パチン、と湯沸かし器のスイッチが切れた音がして、私はカップ麺の蓋を開けた。
液状のタレを取り出し、カップの中にお湯を注ぐ。
私はチョンホと同じで、既定の時間より30秒早くお湯を切る習性が付いている。
絶対とは言い切れないけれど、日本のおかゆに比べて韓国のおかゆは、より緩く感じるので、既定の時間で作ってしまうと少し麺が柔らかくなってしまう気がするのだ。
せっかくだし、何か見ようかなぁ、と携帯をいじっていたら、動画アプリから通知が届いた。
CUTのチャンネルの通知である。
なんだろうと思い、携帯からテレビ画面にミラーリングする。
いつもなら、CUTの挨拶から動画が始まるのだが、今回は、メンバーが部屋着でソファや椅子に腰かけた状態からスタートしていた。
何だろうと思い、思わず無言で見入ってしまう。
「다음이 기념할 만한 8번째 팬미팅이네요(次回が記念すべき8回目のファンミーティングですね)」
リラックスした様子で、ミンスが口を開いた。
「어떤 심정이에요?(どんな心境ですか?)」
隣に座っているシヒョクに声をかける。
「진짜 쫄았어(マジでビビった。)」
シヒョクは感慨深げに答える。
「시간이 빨리 지나가서(時が早く経ってて。)」
そのシヒョクの一言にみんなが同意する。
私も頷く。
あれからもう8年も経ってるなんて。
途端に携帯のタイマーが鳴り、私は慌ててお湯を切りに行く。
「우리 대표곡 INFINITY도 연관이 있고요(僕たちの代表曲、INFINITYとも関係しますよね)」
そう話しているのはジュノだろうな、と私はタレを入れながら耳を立てる。
「감회가 새롭죠(感慨深いですよね)」
そう同意しているのはミンジュンだなぁ、と麺をかき混ぜながら、私はテレビの前に座った。
どうやら今日は、9月にあるファンミーティングの話し合いをするようである。
ふとテヤンに目をやると、なんだか少し眠そうである。
もちろんソンミンとユジョンもソファーで少しだれたような格好で座っているが、この二人はちょこちょこ溶けたアイスのようになっていることが多いため、そんなに心配はしない。
先ほどのこともあり、私は余計に心配になる。
全然、集中できてないじゃん。
さっきまで、私と連絡していたから疲れたの?
SNSに目を通してみても、『テヤン、お眠だね』『ウリタリ、お疲れかな?』などと呟きが流れている。
私は思わず下唇を噛んだ。
出来るかぎり、この子達の負担になりたくないのに。
少し前にファンクラブであったセトリに入れたい曲のアンケートの話になり、「Burst up」の話題になっている。
「「Burst up」에서 화약을 너무 많이 쓰는 건 안 좋지(「Burst up」で火薬を使いすぎるのはよくないね。)」
「그치만 재작년보다 임팩트를 원해요(でも、一昨年よりもインパクトは欲しいですよね)」
「그때는 메들리였으니까 이번이 더 임팩트하게 남을거야?(あの時はメドレーだったから、今回の方がよりインパクトが残るんじゃないか?)」
「그렇네요.의상이나 등장 씬으로 또 달라질 것 같아요(そうですね、衣装や登場シーンでまた変わってくると思います。)」
メンバーが淡々と話し合う中、テヤンは突然携帯をいじり始めた。
あぁ、どうしてそんなにマイペースにふるまうのか…。
また、態度が悪いとか叩かれるかもしれないのに。
不可測な彼の行動に、私は目を覆いたくなる。
少しでも彼らの手助けになりたくて、私は呟くことにした。
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