理解不能
一昨日送ったメッセージの返事が、"일없소요(用事がないです)"と返信された場合、私はどう返すべきなのか考えた。
そもそも返事など返ってこないかと思ったのに。
そして、私は悩んだ末に、返信しない方が良いだろうと判断した。
第一に会話が成り立ってないじゃないか。
興味がない、とかの類語なのだろうか?
元々マイワールド全開のメンバーではあったが、ますますテヤンが憎らしくなってきた。
それと同時に叔父の存在も憎らしい。
維羅だって、一昨日、夜を共に過ごしただけで寄りを戻そうと言った内容のメッセージを送り付けてくるし冗談じゃない。
泣けるような恋をしたいとは思っていたが、泣かされる恋愛は願い下げである。
第一、車で2時間以上かかるのだ。
遠距離恋愛なんて、金と時間が掛かるだけ無駄である。
というようなことを言うとユジョンペンに怒られそうだが。
ユジョンは、某雑誌のインタビューで、遠距離恋愛は恋愛を燃え上がらせる要素だと思います、と答え世界中のcutterをときめかせたcutter killerなのである。
韓国ドラマも詳しいし、歌詞のまとめ方も綺麗だし、女心はユジョンに聞け、と言っても過言ではないぐらいの男なのだ。
テヤンも少しは見習えばいいのに。
いや、爪垢でも煎じて飲ませたいぐらいの憎らしい返信の仕方である。
今日は仕事なのに仕事に行きたくない。
いつもはCUTの曲を聞けば、どんなに嫌なことがあっても仕事に出られるのに、この有り様である。
一周回って、誰か私を殺しにきてくれないだろうか?
そうすれば、何もしなくて済むのに。
誰も傷つけなくたって済むのに。
誰にも傷つけられなくたって済むのに。
…そうだ。
私は、要は怖いのである。
他人を傷つけることも、他人に傷つけられる事も。
だから、恋愛に臆病になり、深く入り込んでも許されるCUTへと逃げた。
でも、そのCUTと直接対面はせずとも深く繋がる可能性がある。
それが怖い。
そして、維羅との遠距離恋愛だって、前回と同じことが繰り返される気がしてならない。
だから怖い。
それなら最初から手に入れなければ良いと逃げる癖がついてしまったようだ。
時計の秒針が私の思考を停止させる。
秒針が動いているのに時が止まっているように錯覚する。
私は大きくため息を吐いた後、ベッドの上でひと暴れすることにした。
「あーーーーー、行きたくない、行きたくない、行きたくなーーーーーい!!!!!」
そう叫んで、反動で起き上がると、とりあえず動き出せるのだ。
行くにしても休むにしても、行動は必要なのである。
そして、顔を洗って歯を磨き始めると、結局仕事に行く気になるのである。
全く、自分自身でも理解不能な習慣である。
気がつくとCUTの曲を流していた。
やはり、音楽を聞かなければ体のスイッチが入らないようだ。
テヤンのパートが流れても気にする余裕がないぐらい、朝の準備は忙しい。
その時、携帯の着信音が鳴った。
朝から連絡など受けるのはよっぽどのことがなければありえない。
私は慌てて携帯を取った。
何故、コイツから、この時間に連絡が来るのだ。
私は一度見た画面を伏せ、仕事の準備をもう一度始める。
あれほど行きたくないと思っていた仕事が寧ろ救いにも思えた。
私は、もう傷つくのはこりごりだと思っているのに。
ふと一昨日の出来事が思い浮かび、私は頭を振った。
今がもしも11年前なら、私は全てを投げ出してこの男の元に走り込んで行っただろう。
ハイブランド品を買い占める贅沢も知らなかっただろうし、結婚の不都合など考えもせず、彼の人生に添い遂げようとしただろう。
だが、11年も歳月が経てば、足かせが沢山絡まって、簡単に動き出せなくなる。
地位や生活水準といった他人にとってはくだらないことで。
そして何より私は、CUTに、キム・ミンスに出会ってしまった。
彼が私の考え方も男の基準も変えてくれた。
愛とは一方的に与えるものでも与えられるものでもない。
巡り巡ってくるもの。
そんな考え方を持つカッコいい男。
確かにミンスには多少のチャラさがあれど、維羅はこんな考え方を持ってなかった。
会いに行くのも私。
部屋に招待するのも私。
大学の頃は維羅の部屋に遊びに行ったことはない。
私に見せたくないものでもあったのか、自分のテリトリーに招くほど私に心を許していなかったのか、どちらにせよ、もう関係のないことである。
その時、CUTの代表曲であるINFINITYが私の耳に入り込んできた。
何度生まれ変わっても、永遠に私たちは巡り会うという曲。
少しくさいけど、きっと誰もが好きな人とそうなることを願っている歌詞だ。
この曲はミンスとユジョンの共同制作したCUT史上最強の曲かもしれない。
と言いながら今まで出してきた曲全てを、史上最強と思ってしまうのもcutterの性である。
本当に運命というものがあるのなら、本当に縁というものがあるというなら、私が切ろうとしたって切れることはないだろう。
逃げるのはやめなければ。
私は携帯の画面を見直し、維羅に返信した。
『私もう、あの時みたいに都合良くはなれない。』
そう打ち込むと非表示にした。
返信が返ってきているか、既読がついたか、そんな心配をするほど子供ではない。
多分、向こうはそれを望んでいるのだろうが、駆け引きを楽しめる余裕なんてとうの昔になくなってしまった。
寧ろ奴はまだ楽しいと思っているのだろうか?
本当に理解不能である。
とりあえず、このイライラを職場に持って行ってはいけないと、私は某SNSで呟いた。
『仕事行きたくなかったけど、プライベートのことをガタガタ悩むのも癪だから、働いてて良かった。』
私がそう呟くと、一分も経たないうちにコメントが飛んできた。
『オンニ、私も同感です。一緒に1日乗り越えましょうㅠ..ㅠ』
「セリちゃん…。」
この子も私と同じ時期からcutterとして仲良くしている女の子である。
歳は私の13個下なので、小学生の頃からcutterという一途なテヤンペンなのだ。
8年前アイコンがテヤンで、最初は韓国語でコメントを飛ばしてきたから、よく分からないスパムかとも思って敬遠していたが、当時握手会に行った時の写真に反応していた点とその時の100人のうちの一人と再会できた幸せで今もこうして連絡を取り合う仲になった。
思えば、お互いのおかげで日本語と韓国語が上手くなったように思う。
セリちゃんは、携帯のキーボードで日本語をスラスラ打てるようになり、私もハングルのキーボードを使いこなせるようになった。
セリちゃんはまだ20歳なので、アルバイトか何かのことだろうけど、この世界で私のことを肯定してくれる人が1人いるだけでも救われた気がした。
3年前の渡韓したライブの後に、一度ご飯にも行ったことがある。
日本語で喋るのは難しいようなので、私のカタコト韓国語で話してお茶をしたが、可愛らしい女の子だった。
私はもう一度コメントを読み、セリちゃんの顔を思い出した。
「よし、頑張ろ!」
私は鞄に車の鍵を入れると、INFINITYを口ずさみながら部屋を後にした。
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