ファン失格

信用、とはなんだろう。

国語辞典では、確かなものと信じて受け入れること。らしい。

叔父は何故か、信頼ではなく信用と言った。

つまり、頼りにはされていないのである。

私が眉間に皺を寄せていると、叔父は理由を告げずに私を高級ホテルに誘導した。

い、嫌だ。

此処に私の結婚相手が居てしまう気がする。

いや、600万をタダで手に入れてしまった手前、会わないなどと言えないが、とにもかくにも嫌すぎる。

とりあえず、最悪、デブで禿げでなければ良いのか?

だがデブで禿げでなくとも、将来的にはそうなる可能性は否定できない。

あぁ、こんな事ならタイムリープでもして、叔父からの提案を断るのに。

そんな考えを巡らせていると、超高級なスイートルームにたどり着いた。

……!!!!!

み、見たことがある。

この部屋の景色は多分、30回ぐらいSNSで見かけた気がする。

まさか、この部屋はドームツアーで7男が使っていたスイートルームではないだろうか?

7男というのはCUTのメンバーであるソン・テヤンのことでグループの中で2番目に若い子である。

因みに、テヤンは韓国では太陽の事を指すが、ミステリアスで少し掠れた低い声が印象的なテヤンは、ファンの中では太陽というより月に近いだろうと、タリ、というあだ名が付いている。

最近、作曲の才能がメキメキと現れ、左右非対称の美しい顔が印象的であるが故に、現在のCUTの人気ランキングでは1位と言っても過言ではない。

ただ、私の8つ下になるので、あくまで私はトンセン(弟)としか思えないが。

私は部屋の全景をスキャンするごとく、舐め回すように見つめた。

自分の給料ではこんな部屋を借りられるはずもないのだ。

ジジイと結婚するんだ、このぐらいの贅沢あっても良いじゃないか。

そう思い叔父の後をついて行くと、何故かそこには一台のPCがあった。

「圭子、今からお前の結婚相手とこれで連絡を取るんだ。お前もこの場に居てくれるな?」

私は少し安堵の息をいた。

どうやらこの部屋にジジイはいないらしい。

そう思うだけで安心した。

これはこれで良いかもしれない。

だって私はオタ活ばかりでからっきし将来のことを考えていないのだ。

このジジイに献身的に尽くして、遺産を貰うのも悪くはないかもしれない。

その方が将来の不安はなくなる。

私が返事をしないからか、叔父が振り返った。

私はただ静かに2、3度頷いた。

昔の人だって、自分の好きな人と結婚出来ていないのだし、そんな人と子供をこさえている訳だし、私も慣れればこんな事屁でもなくなるかもしれない。

そうだ。

どうせ私の大好きなミンスとは結婚出来ないのだから、これもまた一興。

そんな風に自分を戒めていると、聞き慣れた声が私の耳に届いた。

안녕하십니까アンニョンハシミッカ전무님チョンムニム!(お元気ですか?専務!)」

なんせ8年間聞き続けたのだ。

メンバー別パートも公式が出す前に分けられるほど私の耳は鍛えられている。

聞き間違えるはずがないのだ。

両手には収まるがメンバー全員とだって何回か会っている。

「おぉーアンニョン!」

叔父は嬉しそうに画面越しに手を振った。

あり得ない。

こんな事、許されるはずがない。

誰かに間違いだと言って欲しい。

そんな私を打ち砕くように、叔父は彼の名前を呼んだ。

「テヤナー!」

叔父は私の結婚相手と連絡すると言った。

そして、このパソコンの画面越しに現れたのは紛れもなくソン・テヤンだった。

ライブの時やPVなんかでのミステリアスの雰囲気とは別のテヤンという名前に相応しい屈託のない笑顔。

SNSの生配信なんかで見るオフの彼と全く一緒だった。

「テヤナ、ヨギエ、ヌナ、イッソヨ!」

叔父の拙い韓国語に両手を叩くテヤン。

私でも理解出来る韓国語。

"テヤン、ここにお姉さんが居るよ"

とどのつまり、私の意向は無視してこの縁談は進んでいる。

전무님チョンムニム,우리말이ウリマリ정말チョンマル잘합니다チャランミダ‼ (専務、韓国語が本当にお上手ですね‼)」
「おー、ノムコマウォー。」

叔父はテヤンにお礼を言うと、私に近くに来るよう促した。

見れない。

画面など。

認められない。

こんな結婚。

私がテヤンペンなら100歩譲ってまだしも、私が絶世の美女なら1000歩譲ってまだしも、ミンスペンで尚且つおばはんで、しかも、熱狂的なcutterなのだ。

ミンスのセンイルライブで最前列になりたくて、ダフ屋で20万円も払った事があるオタクなのだ。

叔父は何をもって私なら信用できると?

私がSNSでサイン入りCDをひけらかさないから?

私がグッズをフリマアプリなんかで転売しないから?

私が動画配信サイトで自分のVLOGを撮ったりしないから?

私が画像から場所を特定してメンバーに会いに行ったりしないから?

私が動けずに居ると、PC越しに声が聞こえた。

「그…오…はじめまして、ヌナ…。」

弱々しく、自信のない声。

「びっくりしたと、오…思い、ます。」

メンバーの中では日本語が一番上手だとみんなに褒められて、日本のライブでは懸命に喋ってくれる彼も、目の前に日本人が2人もいれば緊張して喋りにくくもなるだろう。

ましてや、1人は会社の専務だ。

下手な事は出来まい。

それでも私の為に頑張って日本語で喋ろうとしてくれている彼の姿に、私は心打たれた。

このテヤンの様子を見るに、きっとこの結婚は望まれたものではないだろう。

そもそも見ず知らずの日本人(テヤンにとっては)と結婚というのが理解できない。

なんだか、叔父に対してとてつもなく腹が立ってきた。

私は大きく深呼吸すると、両手で頬を叩いて、画面へ向かった。

「テヤン氏!」

私の声を聞き、テヤンは驚きを隠せない様子だ。

そんな私の凄みに押されて、叔父は黙って席を譲ってきた。

私はその席には座らずに、PCが置いてあるテーブルに勢いよく両手を叩きつけた。

「ソルジキマルヘ!(正直に言って!)ナラン、キョロナゴシッポ?(私と結婚したい?)」

私の眉間に自然と皺がよる。

別にテヤンに対して怒っている訳ではないのに、怒りが隠せない。

さぁ、言って。

"싫어요シロヨ(嫌です)"と。

こんな結婚を望んでいません、と。

그래야죠クレヤジョ(するべきでしょう)」

私は頭を覆い隠した。

即答だった。

そうか、私を差し置いてこの縁談は進んでいるんだ。

理由は分からなくとも利益があるからこその縁談のはずだ。

「ほら、テヤンも結婚したがってるだろう?」

叔父が追い討ちをかけてくる。

うるさい、人の人生ををなんだと…。

人の将来をなんだと思っているんだ。

그리고クリゴ 당신도タンシンド그렇죠クレジョ?(それに貴方もそうでしょう?)」
「嫌。」

私の否定に叔父もテヤンも驚いていた。

こんな良縁を断るなんて、と仮にテヤンペンに殺されても良い。

「借金する覚悟はあるのか?」

借金と言っても身内への借金だ。

ファン失格だが初期の頃のグッズやサノク、ヨントン限定のグッズを売れば少しは足しになるだろう。

辛いが、私の人生を簡単に投げ出す訳にはいかない。

そして、cutter代表として言える。

メンバーはまだ結婚すべきではない。

私が頷くと、画面越しにテヤンが笑い始めた。

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