再会
東京から私の家に着くには、車で片道約7時間も運転しなければならないが、元々前の車に乗せていたCUTのライブDVDを3本持って来ていたため、パーキングで入れ替えれば退屈しない。
と、思っていた。
けれど、テヤンとあんな事があったためか、テヤンのパートになるとイライラし、私は自然とアクセルを踏むようになっていた。
もちろん、アクセルを踏めばスピードは上がる。
ちょうど帰り道の半分くらいのところで、突然後ろから出てきた白バイに車を止められてしまった。
最悪だ。
スピード違反なんて人生初めてのことである。
「そのまま、駐車帯までお進みください。」
なんだか、この警察官の声、聞いたことがある…。
だが、今まで警察に捕まったことのない私が、しかも車で初めて来た道路で聞いたことがあるはずがないと思っていた。
駐車帯まで入り、警察官の顔を見て驚いた。
「あれ?橘じゃん。」
警察官の方が、先に口を開いた。
まさか、本当に警察官になっているなど思わなかった。
「…久しぶり、だね。」
彼と出会ったのは、大学生の時。
彼は同じ学年でサークルが一緒だった。
…涙が出るほど好きだった、最初で最後の元彼である。
「思い出話でもしたいけど、まずはスピード違反してるから、免許証見せてもらおうか。」
私は静かに頷いて、財布から免許証を取り出し、窓を全部開けた。
彼が私に手を伸ばし、免許証を受け取ると、分かっているくせに写真と私の顔を交互に見つめた。
「橘、結婚してないの?」
「うん。」
いや、正確に言えば、もうすぐしないといけないけど。
心の中で毒づくと、何故か彼が安心したような笑顔を浮かべた。
曽根 維羅。
DQNネームを付けられた、と嘆いていた。
お母さんが石田衣良のファンだから、同じ"いら"と読める名前を付けたかったらしい。
母子家庭で、三人兄弟の長男。
責任感が強くて有言実行するところが好きだった。
独特の雰囲気があって、いつもニコニコしてるのに掴みきれない所に、私がどんどん惹かれていった。
警察学校に行かなかったのは青春したかったからと言っていたけど、チャラかったし、絶対警察になれっこないと思っていたのに…。
やっぱり、彼は彼のままである。
「なんか、変わってなくて安心したわ。」
そう言いながら、私に免許証を渡す彼の声も手も変わっていない。
なんだか、マトモに顔が見れない。
「まさか、充分老けたと思うけど。」
「いや、俺が知ってる橘のままだよ。」
少し被せるように彼は言う。
「もう、10年以上経ってるのに?」
何も、知らないくせに。
突然、別れると言って私から離れていった癖に。
私が下を向いていると、優しい声で、橘、と彼が呼んだ。
違反切符が出来たのかと私が顔を上げると、彼はヘルメットを取り、私にそっと口付けた。
本当に、触れるだけのキス。
私が、維羅に対して初めて付き合う相手だと告白した日に、彼は同じように私の唇に触れた。
吹っ切れたと思っていた。
でも、やっぱり身体は忘れていなかったようである。
「明日、仕事は?」
維羅が離れた瞬間、耐えていた筈の涙が再び溢れ出していた。
私は何も言葉にせず、首を横に振った。
「次のインターで降りてよ。久しぶりに少し話そう。」
彼はそう言って私の頭を撫でた。
その手があまりにも心地よくて、私は無意識に頷いていた。
―――――。
「お前、あれからしてないの?」
「…うるさいなぁ。」
ベッドの下に座る私が服を着る様を、ベッドの上から嬉しそうに維羅が見ている。
悔しいけどそうなのだから何も言えない。
勝手知ったるなんとやらとでも言うのか、私たちは10年以上ぶりであると言うのに、いとも容易く事を済ませてしまった。
昔の男の前で泣くと、思い出話という名の大人の関係に至るという事を覚えておこう。
彼は仕事を終わらせた後、私を待たせていたファミレスまでやって来た。
そして、自分が住んでいるアパートまで連れて来ると、帰れないよう酒を飲ませ(もちろん私も了承済み)、今に至るという訳である。
維羅は私が泣いた理由を深く聞いてこなかった。
何も聞かずに、私が変わってなかったのが嬉しいのか、私の体が変わってなかったのが嬉しいのか分からないが、ただただ満足そうに私の一挙一動を眺めていた。
「皺の数でも数えてるの?」
私がそう言うと、維羅は吹き出した。
「数える皺もない癖に。」
そう言って維羅は服を着た私の首元に手を伸ばし、ベッドに転がったまま抱きしめてきた。
数える皺はあるし、肌の張りだって衰えている。
目元も弛んできているし、シミだってある。
毛穴も流れて、小鼻の辺りなんか黒ずんでいる。
でも、どうやら維羅には見えてないらしい。
それなら結構。
わざわざ教える義理もない。
その上、褒められることは気分が良い。
久しぶりに事を済ませるのは、多少の痛みを伴ど自分が女性である事を再確認出来た。
まだ大丈夫。
まだなんとかなる。
そう言い聞かせている自分にふと問いかける。
何が?
「圭子。」
「うん?」
「可愛い。」
10年前の私が、飛んで喜んだセリフである。
けれど、こじれにこじれた私は、その一言で喜べなくなった。
そう言えば同じcutterの佐山さんと、ミンスは女ったらしかそうじゃないかで大喧嘩した事があったっけ?
一緒にサイン会に行った時、私の目をじっと見つめて恋人繋ぎをしてきたミンスを、佐山さんは言語同断で女ったらしだと言い切ったが、私はその時全力で否定した。
今になって思えば、私はそういう男性に惹かれてしまう性質なんだと思う。
この男の面影を追いかけてしまったのかも知れない。
もちろんミンスは目の前の男の比較にならないほどいい男なのだけど。
私は維羅の方に振り返りキスをする。
維羅から拒むことはない。
どうせ、二度と会うことはない男だ。
名前と写真さえ借りられれば私の目的は達成する。
私は携帯の画面を伏せると、再び維羅のいるベッドへと潜り込んだ。
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