Gray Pianist
※この物語はHYBE、およびBTSと何一つ関連がございません。
この世には2種類の音楽がある。良い音楽と悪い音楽。
俺が作る音楽は周囲から重たい、暗いと言われ続けていた。だが、そう言われながらも、俺の曲を好む人種は少なからず居て、コンサートを開けばチケットは売り切れていた。
心に突き刺さる、あるいは、鼓膜にこびりつく、などと言われて。
どんな音楽であれ、長く記憶に残ればいいのではないだろうか?
だが、ついに俺にもスランプという奴がやって来た。どんな音楽を作ってもパッとしない。俺の内側に秘めていた感情を根こそぎ楽譜にぶつけてみても、ピアノから奏でられる旋律は、俺の心を動かすことがなかった。
一体、俺に何が足りないというのか?
そんな矢先、見知らぬアドレスから、メールが届いていた。俺の個人携帯に届くメールなど数えるほどしかない。
基本はホームページに記載された業務用のアドレスを通して依頼が来るようになっているのだ。
メールにはたった一言、
『助けてください』
の文字だけだった。
たかがピアニストに送る内容ではない。だが、その一言が何故か俺の心を揺さぶった。
『僕に何を求めていますか?』
俺がそう送ると、メールの返信はすぐに届いた。
『僕の怒りを音楽にしていただきたいんです。作っていただいた暁には、多くの人々に認知してもらえるようにします。』
怒りを、音楽に。
初めての依頼だった。皆、何故か、幸せや喜びを音楽の形にしようとしたがる。怒りや悲しみを音楽に乗せるのは、こちら側の発想のような気もしていたが。
再びメールが届いた。
『貴方の音楽は、脳裏に焼き付いて離れないと聞きます。貴方以外のピアニストに依頼するつもりはありません。』
どうやら、相当信用されているようである。そのことがどうしようもなく嬉しくて、俺は思わずこう返信していた。
『貴方の望んだとおりに作れるかは分かりませんが、出来れば貴方の怒りに至った深層心理をお聞かせください。怒りとは二次的感情ですから。』
普段ならこんな風に二つ返事で依頼を受けることなどない。
だが、行き詰っていた俺の一筋の希望のようにも思えた。不安や不満、嫌悪や悲しみなど根本的な感情によって音楽の基盤は変化する。
単純な怒りでは攻撃的なだけの短絡な音楽へと成り下がってしまう。
彼とメールのやり取りを進める度に、五線紙の上を音符が埋め尽くしていった。
気が付くと、白いカーテンの窓越しに人影が見えた。まさか、録音でもされているのだろうか?俺は慌ててカーテンを開けた。
見たことのない美しい青年が窓の桟を持って佇んでいた。だが、冷静に考えて息を呑む。ここはビルの4階なのである。
「あ、驚かせてすみません。丁度いいビルがあったので昇っていたら素敵な音楽が聞こえてきて、つい。」
どうやら幽霊を呼んだ訳ではないらしい。丁度いいビルに昇るという発想そのものがパワーワードではあったが、青年は屈託なく笑った。その顔には細かな生傷が出来ている。だが、それを気にも留めずに、彼は大きな瞳を細め、目じりに皺を寄せた。
「また、聴きに来ても良いですか?」
俺はどう答えるべきか分からず、無言で頷いた。
「やった!」
彼はそう言うと、俺に向かって手を振り始めた。
「そろそろスタントの仕事の時間なんです。また来ますね!」
そう言い残し、彼は飛んだ。
俺は危ない!と叫びそうになったが、彼は隣のビルのベランダへと飛び移っていた。
興味深い依頼に、興味深い青年…。
俺は間もなくスランプから脱却できる予感がした。
元の動画はこちら→BTS 2022 SEASON’S GREETING SPOT
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