蹉跌

一通のメールで、俺の人生は打ち砕かれた。

芸能人が恋人を作ったからといって死にたがる人の気持ちなんて分からなかった。

でも、今なら分かる。

きっとこんな感じだ。

태양야テヤンヤ!(テヤン!)」
태양야テヤンヤ,괜찮아ケンチャナ⁉ (テヤン、大丈夫⁉)」

レッスン中だと言うのに、俺はメンバーの声も虚に、意識を失った。

急いだバチが当たったんだろうか?

なんでも手に入ると自惚れてたからだろうか?

俺は結局、あの頃と何一つ変わっていないのかもしれない。

CUTは、今でこそ世界的K-POPアイドルグループとして知られているが、8年前は名前を知っている人の方が珍しい度マイナー中の度マイナーグループだった。

メンバーも個性豊かで、統一感もなく、喧嘩ばかりする日々。

プライドだけ無駄に高くて、業界から煙たがられていた日々だって覚えている。

それでも、自分たちの道が間違っていないと信じて、ただひたすらに練習を積み重ねていた。

そんな時、突然、マネージャーから呼び止められ、話を聞くと今日のメールと同じぐらい衝撃を受ける一言を告げられた。

"シークレットメンバー"

青天の霹靂という奴か。

CUTはもしかしたら、7人体制でデビューするんじゃないのか?

そんな風に考えたりもした。

他のメンバーがSNSでライブ配信をし始めても、遠目から眺める事しか出来ない。

カメラに映らないように部屋から出なければならない日もあった。

日ごとに増す恐怖。

念願の練習生になっても、所詮練習生止まりかもしれないと、他のメンバーに泣きついたりもした。

そんな中、サイン会の話が決まった。

マネージャーが方々のショップに連絡し、閉店後なら構わないと許可してくれたソウルヨンサン区の某ショップ店。

初めてのサイン会の直前(初めてのサイン会はデビューしてから2週間後)で、ようやく自分の存在が明らかになるも、当日100人以上いたファンのうち3割は俺に対してポストイットを書いていなかった。

中には俺に見向きもしないファンだっていた。

どうして、俺だけこんな目に遭わなくちゃならないのかと、会社を恨みそうにもなった。

そう思っていた時。

「アンニョンハセヨ、テヤンシ。」

明らかに韓国人ではない発音だった。

目の前の女性は俺の目を見て、優しく微笑んだ。

어디서オディソ왔습니까ワッスムニッカ?(どこから来たんですか?)」

出来る限りゆっくりと話しかける。

この時は今のサイン会のように、2〜3秒で次の人に行く、なんてことはなかった。

「イルボンイエヨ。」

日本…。

そんな遠いところから来てくれる人が居るだなんて思わなかった。

彼女が持ってきたCDの自分のページを開いてみる。

あった。

俺に対してのポストイットが。

他の同じ国のファンからは無視されていた俺が、この日本人の女性にはきちんとメンバーとして認められている。

"태양보다도 달이 어울리네ㅅㅂㅅ"

一瞬、ㅅㅂ(シバル)と見えて、凄く罵倒されたのかと思ったが、そうなると後のㅅの意味が分からなくなり、ハングルで顔文字を作るという発想が、彼女がやはり日本人なのだということを感じさせた。

"당신을タンシヌル 만나서マンナソ 정말チョンマル 다행입니다タヘンイムニダㅇㅅㅇ(あなたに出会えて本当に良かった)"

俺がそれを見せると、彼女は困ったように笑った。

「ミアネヨ、チョヌン…スタディナウ、エヨ。」

공부コンブ(勉強)という単語が出てこなかったのだろう。

英語を交えながらも、必死で伝えようとする彼女がとても愛おしくなった。

저도チョドJapanese stady now!」

俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに笑ってOKを連発していた。

そして、次のソンミンヒョンの元に移動していった。

その後の俺は、きちんと笑顔で他のファンにも接せていたように思う。

俺の事を1人でも認めてくれる人が居ると、そう思えたから。

태양야テヤンヤ무슨일이야ブスンイリヤ?(テヤン…どうしたんだ?)」

気がつくと、俺は休憩室に運ばれていた。

心配そうな顔で、俺の事を覗き込んでいたのは、メンバーではなくCEOだった。

俺たちをずっと支えて引っ張ってくれた人だ。

今はお互いに忙しくてなかなか会えないけれど、家族のように接してくれている人だ。

きっと、俺が倒れた、とマネージャーが連絡したに違いない。

久しぶりに彼と会ったせいか、俺は我慢していたものが途絶えたかのように泣き始めていた。

初めての彼女と別れた時だって、こんな風に泣いたりしなかった。

辛い練習も、日本語の勉強も全部、彼女ヌナのおかげで頑張れた。

いや、彼女ヌナが日本人だと分かっていたから、日本語の勉強だって苦痛じゃなかった。

メンバーからも、俺の日本語が一番上手いと褒めて貰えるようになるぐらい、真剣だった。

もう、彼女ヌナの前で堂々と振る舞っても良いと思っていた。

だから、こんな理不尽な結婚だって受け入れたのに。

彼女ヌナを手に入れる為なら世界中のcutterから嫌われても良いと、覚悟を決めたのに。

도와주세요トワジュセヨ〜,나는ナヌン 어떻게オットケ 해야ヘヤ 합니까ハムニッカ?(助けてください、僕はどうすれば良いんでしょうか?)」
,,울지마ウルジマ〜(また、また、また‼泣くなよ〜)」

欲しいものを全て手に入れているかのように、世界中で俺たちは騒がれているけれど、本当に欲しいと思ったものが手に入った事なんてない。

自分の事を一番理解してくれている最愛の人や寝坊したって怒られない休日、誰の目も気にしなくて良い日常。

喉から手が出るほど欲しいものだ。

ありもしない噂を流されて誹謗中傷はもちろんのこと、過剰なほどに盛られたシンデレラストーリーだって沢山ある。

まぁ、デビュー当時の俺たちのことを知っている人の方が少ないのだから当然のことである。

だからこそ、彼女が良かった。

あの頃の誰からも認められていなかった・・・・・・・・・・・・・・ソン・テヤンを知っている彼女だから。

異性として愛されたいなどと贅沢は言わないから、俺たちの方針を理解して受け止めて欲しかった。

ただ、それだけのことすら許されないと言うのか。

CEOは俺が頑なに握りしめて離さない携帯を奪い取ると画面を見た。

そして、彼は大きくため息をいた。

태양야テヤンヤ…」
알고있어요アルゴイッソヨ(分かってます)」

自分がどうするべきなのかなんて、分かっている。

そして、メンバーの想いだって分かっている。

俺の結婚なんて、二の次なのだ。

本当は、結婚相手が決まっているシヒョクヒョンだけを結婚させない為のカモフラージュ婚。

そして、CUTの活動が少しでも継続出来るように、俺の国籍だけ日本に変えて、兵役を除隊するということ。

自分の為じゃなく、会社のためにすべき行動だと。

미안해요ミアネヨ…(ごめんな…)」

CEOはそう言って俺の頭を撫でながら、携帯電話を戻してきた。

俺はなるべく画面を見ないように、インターネットのページを開いた。

そこでニュースを確認すると、俺は"ダンスの練習をし過ぎた過労"で倒れたと言うことになっていた。

cutterが俺を心配しているコメントで、SNSが埋め尽くされている。

あぁ、また、嘘で塗り固められていく。

俺はどこで失敗したんだろうか?

ゆっくりと目を閉じて、とある曲を口ずさむ。

知ってる人はほとんど居ない。

민들레ミンドゥレ(たんぽぽ)。

彼女のために作った歌だ。

CEOは、静かに俺の歌に耳を傾けている。

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