不安
今回のミーティングの生配信は、功を奏して大盛況だったようで、最高同時視聴者数は200万人にも昇った。
翻訳もなく、ただ俺たちが真剣に喋るだけの動画が30分続くだけだったので、韓国人と韓国語が分かる海外の方だけだと思うと、どうせ多くの人も見に来ないだろうと思ったが、思ったよりも多くの方に見てもらえることが出来て驚いている。
これが、本当のライブであれば、もっと多くの方に楽しんでもらえるのだが、こればっかりは仕方がない。
現在、スタッフの方々が、編集と翻訳作業に勤しんでくださっている。
そう、ここに関してはなんの不安もない。
セットリストも大体決まったし、舞台の動線もイメージもコンセプトも問題ないし、きっと多くのcutterが楽しんでくださるだろう。
問題は…
『세리야(セリ)』
『ㅇ?(うん?)』
『오빠의 고민 들어줄래?(お兄ちゃんの悩みを聞いてくれるか?)』
『ㅅㄹ(嫌)』
『왜?(なんで?)』
『멘봉맞죠?(情緒不安定でしょ?)』
『ㅇㅈ(認める)』
『ㅎㄹ(やっぱり…)유리멘탈이(ガラスのハートめ)』
『ㅁㅇ(ごめん)』
セリからの既読は付くものの、返事は来ない。
俺は大きくため息を吐いた。
俺のネットストーカーが彼女にバレた時が一番の問題だ。
今回は、以心伝心ということで解決できたが、自分が呟いた内容が、即時に相手に伝わるなんて、そのアカウントを俺が見ているとしか思えないだろう。
「어쩌지?(どうする?)」
俺は誰もいない部屋で独り言を呟いた。
分かっている。
好きでもない男に自分のSNSを見られて、気持ち悪いと思われることは。
だが、好きだからこそ相手のSNSを見たいと思ってしまうのは普通のことなのではないか?
だからこそ、cutterのみんなも俺のSNSを見てくれている訳だし…。
そして、もう一度ため息を吐く。
彼女はどうあがいても、一般人なのだ。
ちょっとフォロワー数の多い、至って普通の女性なのだ。
SNSの通知音が聞こえ、慌てて携帯を確認してしまう。
俺がSNSで通知を許可しているのは彼女とCUTのメンバーだけなのだ。
メンバーはしばらく作業に入るため、SNSを更新する可能性は低い。
となると…俺は画面を見て、思わず口元を緩ませた。
彼女から、DMが届いている。
もちろん、俺宛にではない。
『이번 셋리 기대하게 되지?(今回のセトリ期待しちゃわない?)』
俺は思わず両肩を竦めて携帯を握った。
駆け引きなど分からない。
すぐに返信してしまう。
『그렇죠!(そうですよね!)』
彼女も嬉しいのかすぐに既読が付く。
『너무 기대돼!(すごく楽しみ!)』
『저도요(私もです)』
やっぱり、好きな人とメッセージのやり取りが滞りなく続くのは楽しいものだなぁ、と思う。
けれど、俺はすぐに現実を突きつけられる。
『세리야 또 만나고 싶어(セリちゃん、また、会いたいね。)』
そう。
彼女は、cutterであるセリとやり取りをしているのだ。
俺と連絡を取っているつもりは、一切ない。
俺は彼女と連絡を取りたい一心で、嘘を嘘で固めてしまっている情けない男だ。
ふと、セリから言われた유리멘탈이という言葉が脳内で反芻する。
きっと、多くのcutterが、本当の俺を見ればがっかりするだろう。
俺の思考や行動が、たった一人の女性によって振り回されて、別の人間に成りすまして、その女性と連絡を取って楽しんで、そして、その嘘を吐いていることが心苦しくなって、情緒不安定になる。
アイドルとしてあるまじき姿だと思う。
でも、と俺は心の中で反論してしまう。
俺だって、一人の人間なのに。
そんな楽しみも持ってはいけないのか?
それは罪に値するのだろうか?
多くの人を傷つけてしまうから?
俺は、敢えて彼女へ返事をせず、携帯をベッドに投げ捨てた。
そして、自分の体もベッドへと投げ捨てた。
全てを手放してしまえたら、どんなに楽になるのだろうか?と考えないこともない。
マトモな休暇もなく、ただひたすら前進してきたから。
けれど、人間として、最も大切なことを俺たちはこなせて来ていない気もするのだ。
俺は小さく、あー、と声を漏らしながら、布団に抱き付いた。
その時、メッセージの通知音が聞こえた。
セリからだろうか?
メッセージの通知画面だけを確認する。
『만나서 얘기할까(会って話すか)』
案の定、彼女からだった。
確かに、今の心境を文章に起こすのは難しい。
電話ではなく会うという事は、飯でもたかりたいのだろう。
『ㅇㅋ(OK)』とだけ返し、目立たない恰好をして、マネージャーに報告する。
セリも一緒に行くというと、マネージャーは快く了承してくれた。
けれど、俺はこの軽率な行動を後悔する羽目になる。
時が戻る筈もなく、俺はマネージャーが運転する車の助手席へと乗った。
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