障害
彼女は、俺が思っているよりずっとずっと俺たちのことを見てくれていて、本当に8年間寄り添ってくれたcutterだと感じた。
グッズだって、ミンスヒョンのものばかり飾っているのかと思ったが、練習着以外は、全員分揃えてくれているようだ。
そもそも、メンバーの練習着を手に入れていることが、他のcutterでは考えられない気もするが、それぐらい熱狂的なファンだということだろう。
俺の練習着をいつか欲しいと言ってくれないだろうか?
そんな考えが過ぎり、俺は自然と首を振った。
「どうかしたの?」
「いえ、前髪が気になって。」
俺は自分の中に芽生えた嫉妬心を悟られないように笑顔を作った。
誰がどう見たって、ミンスヒョンはかっこいいのだ。
嫉妬する方が馬鹿げている。
それなのに、彼女の心を占めているのがミンスヒョンだと思うと胸が押しつぶされそうになった。
いっそ、もっと、大々的にミンスヒョンのグッズばかりなら良かったのに。
俺に入る隙間などないと思い知らしめてくれたら良かったのに。
彼女が俺に向ける視線が、額縁越しから見える表情が、あまりにも穏やかで、優しくて、誰にも見せたくないと思ってしまう。
我ながら馬鹿らしいと思う。
彼女はそんな俺の気も知らないで、過去のファンミーティングの良かった点、改善すべき点などを俺に話してくる。
俺に話せば、意見が通ると思っている所がまた可愛らしい。
俺がそう思って微笑んでいると、何故か彼女は目線を伏せる。
そして、咳払いをしたりする。
緊張しているのだろうか?
俺相手に?
そう思うとますます可愛く思えて口元が緩む。
だからこそ、けじめをつけなければ。
「ヌナ。」
「うん?」
「今のご意見を、参考にして、…そろそろお開きに?」
「え?あ!そうだよね…ごめん…。」
何故かしょんぼりしている彼女が可愛くて、俺は思わずスクリーンショットを撮った。
「なんか、私ばっかり話して、ごめんね…。」
「大丈夫です!とても有意義なお時間でした。」
俺がそう言うと彼女は少し寂しそうに笑って「私も」と呟いた。
そんな表情をされると終わりづらくなる。
けれど、ファンミーティングの会議も実施しなければならない。
4月に入り、残り5か月となったので、より慌ただしくなってくるのだ。
「ヌナが、切ってください。」
「えぇ?」
「僕の方がヌナのことを好きなので、切れません。」
俺がそう言うと、額縁越しにも彼女が照れているのが分かった。
あぁ、もしもミンスヒョンが同じことを言うとどうなるんだろう?
俺の中に沸々と黒い塊が生まれる。
「じ、じゃあ…切るよ?」
「はい。」
「ま、またね?」
「はい。」
「안녕~(バイバーイ)」
「누나」
「うん?」
「꿈에서 만나요(夢で逢いましょう)」
俺はそう言って、テレビ電話を切った。
ダメだ。
あんな風に恥ずかしそうに、少し照れた様子で、電話を切られなかっただけで、もう恋人のような気持ちになってしまっている。
最初に紹介された時、彼女は俺との結婚を嫌がっていた。
そして、見知らぬ男とも一夜を共にして、きっと、さっきの表情だって何気ないことに違いない。
勘違いをしちゃいけない。
彼女には、きっと、俺みたいな男が大量にいる筈なのだ。
いや、その男たちだって、俺より進んだ関係なのだから、一緒くたにするのも間違っている。
せめて、日本に行きたい。
行って、直接会って、そして、触れたい。
俺が彼女に触れたことがるのは、手と髪だけである。
今日の話題で出てこなかったから彼女は覚えていないのだろうが、INFINITYを入れたアルバムのサイン会の時、彼女の黒髪があまりにも綺麗で、俺から触らせてほしいと頼んだのだ。
二つ返事で頷いた彼女は、そっと俺に頭を差し出してきた。
その柔らかく絹のような指通りは、一生忘れられない。
だが、その後に五つ先のミンスヒョンにも同じように、いや、ミンスヒョンは頭を撫でたあと、毛先の方を持って口付けるフリをしていたから、絶対にそっちの記憶の方が彼女には焼き付いているに決まっている。
思い出すだけで腹が立ってきた。
それと同時に、思いがけない障害の存在に面を喰らう。
ミンスヒョンは一切悪くないのに。
寧ろ尊敬する部分しかないのに。
俺が頭を抱えていると、作業室の扉がノックされ、返事をする前に扉が開いた。
「찾았다~(見つけた~)」
そう言って部屋に入ってきたのはチョンホヒョンだった。
時計を見ると、話し合いの時間から5分過ぎている。
「미안해요 형!(ごめんなさい、兄さん!)」
俺が慌てて行こうとすると、「아니아니(いやいや)」とチョンホヒョンは両手を横に振った。
いつもは時間に厳しいチョンホヒョンなのに。
俺が眉間に皺を寄せると、チョンホヒョンは何かを決意したかのように頷いた。
「내가 할말이 있어요(俺が、話があるんだ)」
思わず、俺の視線が泳ぐ。
チョンホヒョンからこんな風に二人きりで話しかけられることは珍しい。
二人で出かけることはあっても、他愛ないやり取りだったり、俺が一方的に人生相談をしたりすることが多い。
俺は意味もなく、何度も頷いてみせた。
他のメンバーからの催促もないということは、きっと、メンバーを代表してチョンホヒョンが言いに来てくれたのだろう。
俺は腹を括った。
「역시 너의결혼은 그만둡시다(やっぱりお前の結婚はやめにしよう)」
なんとなく、予感はしていた。
思いがけない障害が、新たに目の前に立ちはだかる。
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