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日本国憲法第七十五条

国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は、害されない。

いつまで待っても帰ってこない部屋で一人過ごす夜も悲しいけれど、ずっと一緒にいた部屋から彼が出て行くまでの時間を過ごすのも悲しくて仕方ない。
今までに比べれば、ずっと多くの時間を共に過ごしている。一緒に寝たり、一緒にお酒を飲んだり、一緒に買い物に行ったりもしている。

私が彼を好きになった頃は、朝出社して顔を見られるだけで、それだけで十分だった。それから飲みに行って、カラオケに行って、ホテルに行って、恋人になって、私の家に呼んで、彼の家に行って。大人がする恋愛の過程をアホみたいに忠実に歩んできた。それでも、私にとっては当たり前なんて思えない、思ってはいけないくらいの出来事なのだ。顔を見るだけで、一言喋れるだけで幸せだったあの頃に比べればキスをしてセックスまでして、なんて贅沢なんだろうとたまにハッとする。

いつからこの贅沢が当たり前になってしまったのだろうか。一日一緒に過ごせたのに、夜仕事に出る準備をしている彼を見て無性に寂しくなってしまった。どの服を着ようと悩む彼の後ろを、髭を剃って髪にスタイリング剤を付ける彼の後ろを、換気扇の下で煙草を吸う彼の後ろを、後追いをする赤ん坊のようにぴったりとくっついて歩いた。そんな私のことを、彼は一度も邪険にすることなくたまに振り返って少し困ったように笑った。




バスまであと何分?
あと10分くらい。

優しく抱きしめられ、着替えたばかりの彼の服を涙で濡らした。すぐ寝るでしょ、と言われたけれど一人じゃ眠れないもん、と我儘を言った。
明日の朝、私が会社に行けば夜勤明けの彼に会えることは分かっていた。それでも、この部屋で、あなたの匂いがするこの部屋で、もっと一緒にいたいんだよと、そこまでは言わずに泣きながら彼を送り出した。

週末、私の母親に会うことを同意してくれた。部屋が決まれば同居できる。同居が決まったらいずれ挨拶はしないととは言ってくれていた。たまたま私の母親が今週末私の部屋に寄ると言っていたため、それを伝えるとじゃあ会いに行くよと。
何かか進み出している。嬉しいはずなのに、ちょっと怖い。

私は多分、彼の部屋で彼の部屋着を着て一緒にドラマを見ながら素麺を啜っていれば、それだけで満足なのだ。
一生私を抱きしめて離さないでいてくれれば、同居も結婚もどうでもいいのだ。でも、“一生抱きしめてくれる”という確約が欲しいから、同居も結婚もしたいという矛盾なのか逆説なのか分からない感情が湧くのだろう。つくづく、つくづくだ。


オンラインでのテストを受けたため、今日は自分の部屋で一人で過ごしている。彼がいなくてもレモンサワーは飲むし、録画していたドラマも見る。だけどやっぱり、彼の隣がいい。

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