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日本国憲法第八条

皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。

何でもない日に、ちょっと良いお店で食事をしてテンションを上げる。誰かが急に誘って急に集まるのが我が家のルール。今日はその日。
「仲が良いね」と言われるが、恐らくそれぞれそんなに友達がいないからだと思う。一番気軽に声をかけられるし、断られてもダメージがない。他の事情は知らないが、アラサーの娘たちとその母親ってそんな関係性なのではないかと思っている。


完全分離の二世帯住宅。結婚した母親が、そのまま父親と共に母の実家に住むことになり、その後娘が二人生まれ、我が家の形が完成したのが28年前。
6年前に私が実家を出て一人暮らしを始め、2年ほど前に祖母がホームに入り、人口密度こそ減少したが一応家族構成としては28年前から変わっていない。誰も増えていないし誰も減っていない。
順番としては妙齢の私か姉が結婚するというのが自然なのだろうが、互いに無言の譲り合いが続く。どちらかというと私は結婚できない、姉は結婚しない、という感じがしないでもないが。

実家は恐らく祖母名義のものだが、そのまま母に引き継がれるのだろう。我が家の資産といったら住宅街にひっそりと佇む小さな家と土地だけだ。それでも、何故だかここ数年実家の周辺はどんどん地価が高騰し、駅前にもマンションが竹の子のようににょきにょき建設されまくっている。
いつ頭打ちになるか分からないが、我が家の固定資産は恐らく勝手に価値が上がっている。

いずれ私か姉のものになるのだろうが、二人とも「実家には住まない」と宣言している。誰も住まなくなったら土地も建物も売ってしまい、二人で現金を折半しようと話している。
まだまだ先の話だろうが、恐らく遺産のことでは揉めない。
税金や生前贈与など、住宅の営業をやっていたときに頻用していた言葉が脳を飛び交う。管理も固定資産税も厄介だし持っていても面倒なだけ。たまたま「生まれて育った」だけの実家にそれほど思い入れもない。中身は大事に思うが、ガワには拘らない。



母が結婚する前に亡くなった、母方の祖父は無類の本好きだったという。祖母宅の本棚や押し入れを開けると、今でもぎっしりと夏目漱石全集や三国志、千夜一夜物語などが並ぶ。その遺伝子は、しっかりと孫の代まで引き継がれている。
祖母がホームに入ったタイミングで、冷蔵庫や洋服ダンスの片付けを行った。しかし、祖父の本が並ぶ棚だけは手をつけることができなかった。売ることもできただろうが、姉と話し合い「私たちで貰って読もう」というところに落ち着いた。私たちが生まれる前に亡くなった祖父からの遺産を、何十年越しに譲り受けた。
重すぎて持ち歩けないよね、と笑いながら、恐らく姉も、一度も会ったことのない祖父の顔が脳内に浮かんでいた。

皆それぞれ大人になった我が家は、形は変わらないままほどよく関わり合い、干渉し過ぎず、良い距離感を保った家族になった。まだ父も母も現役で働いているし、当然私も姉も自立している。遺産を目当てにするほどお金に困っている訳ではないし、祖父の遺したものを楽しむくらいの余裕はある。
父方の兄弟には子どもがいないため、もしこのまま私も姉も結婚しなければ我が家の血は完全に途絶えてしまうけれど、それを咎める人もいないし気楽に構えている。私は父や母、祖父や祖母の遺したものの一つではあるが、生まれる時に私も何かを遺さなければいけないよと言われて生まれた訳ではないし、まあ流れに身を任させてくださいな、という心持ちでいる。

そういえば、祖父の本棚から霧の箱に入ったたいそう立派な百人一首が発見された。私も姉も、中学時代に行われた学校内の百人一首大会にこれを持っていって完全に浮いてしまったことを思い出した。
よくこんなの持っていったよね、というかよく持たせてくれたよね、と価値の分からなかった10代の頃を顧みて顔を見合わせて笑った。

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