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大麻、ビールに自転車、そしてオレゴン [無料版]

始めに:


このnoteはコミックマーケット91にて頒布された『THC PRODUCTIONS MAG issue 00』を比較的無害な方向で修正し、2017年のGrinduroを含むカリフォルニアでのライド記録を大幅に加筆して有料noteで公開したものを、さらに当たり障りのないよう一部削除して無料公開し、2020年版のあとがきを付け加えたものです。

お断り:


この薄い本は決して読者に大麻の吸引を勧めるものではありません。日本に於いて大麻はコカインや覚醒剤と同列に扱われ、所持で捕まると全てを失うことになります。なので、人生を賭してまで日本国内で吸うようなものでもありません。どんな効用があるのか?と言う問いについては、お酒と同じで、その人それぞれに効用が異なるため、吸ってみないと分かりません。吸っても何も変わらないと言う人もいますし、体質的に合わない、不安感が増幅される、最高に幸せになる、などまさしくお酒の効用と同じく個人差があります。仮に、完全に大麻と恋に落ちてしまい、日本国内でも日々欠かせなくなるような事態になると、大変危ないことになりますので、可能であれば吸わない方が良いです。また、厳密に法律に照らし合わせると、司法は海外での大麻吸引でも罪に問うことは可能なようです。

北米での大麻:


アメリカではコロラド州、ワシントン州、オレゴン州でリクリエーショナル用大麻が既に解禁されており、2016年6月の段階で25州が医療用としての大麻が販売されています。また、2016年11月の大統領選挙に合わせて9つの州で大麻解禁の是非を問う住民投票が行われ、7州で賛成多数となり、今後順次解禁されることでしょう。カリフォルニア州ではずいぶん前に医療用大麻が解禁済で、良く聞く話ではありますが、例えば病院に行って「肩が凝る」と言えば処方箋が貰えて、それを持って行くと医療用大麻が買えるとかで、ユルユルの状態だったのです。

映画TEDでは冒頭で熊のぬいぐるみであるテッドがソファーの上でボング(水パイプ)を吹かしている描写がありますが、これがまさしくよくあるアメリカのリビングルームです。今でも大麻は連邦法では違法ですが、州法では解禁されている州があるという矛盾が存在します。本来は連邦法が優先されるべきですが、実際は州法が優先されるという、逆転現象が起きているのです。アメリカとはあくまでも50州の集まったUnited Statesあり、それぞれの州の独立性が高く保たれているのが、こんな事実からも分かりますね。

自転車と大麻の関係:


個人的には最初に大麻に出会ったのが学生時代、ニュージーランドにスノーボードするため遊び行った25年以上前のことになります。現地ではちょっと不良のマオリ族が売りさばいている印象でした。海外で、初めて人種差別というものを肌で感じた瞬間でもあります。社会人となり、仕事でアメリカに良く行くようになると、健全な遊びだと思っていた自転車の世界でも、想像以上に大麻が浸透している事実に衝撃を受けることになります。

例えば、インターバイクというアメリカ最大の自転車ショーがラスベガスで毎年開催されるのですが、ベガス近郊にあるフーバーダムの近所の砂漠で試乗をメインにしたエキスポも開催されます。ここで、若干気を使いながらではありますが、比較的堂々とジョイントを吸っているライダーを目撃したことがあります。

サンプル数の少ない僕の分析ではありますが、シングル・スピードMTB(当然29er)乗りでドレッドロック、ソックスがラスタカラー、バギーショーツ、ハイドレーションを背負って、ふくらはぎにチェーンリングの入れ墨あって、愛読書はDIRT RAG、みたいな白人が結構存在します。ちょっと笑ってしまう位ベタなんですけど、実在するんですよ。彼らは当然大麻が好きで、軽く吸ってからライドするのが人生の楽しみなんでしょうね。

同じインターバイクの会場で、何年か前にS&MがBMXパークを作ってコンテンストをしたことがあるのですが、ずっと大麻の匂いが漂っていました。BMX、スケートボードにとって、大麻は文化の一部なのです。カナダになりますが、MTBの聖地ウィスラーでも大麻は至って普通であり、例えばゴンドラの中でジョイントが回ってくる、なんて話もありますし、そもそも15g以下の所持は前科にならないため、事実上は合法であり、2017年春からはリクリエーショナル向けに解禁されます。

MTBやBMXの世界では大麻が受け入れられている、とここまで説明しましたが、スパカズ社のバーテープでKUSHというモデルがあります。KUSHとは人気のある大麻の品種の一つであり、その花蕾は樹脂でベタベタするため、スティッキーなバーテープであることも同時に表しているのです。そもそも、同社のブランド・ロゴは大麻草がモチーフになっていることは明白ですね。

健全なアスリートの世界だと思われているロードレースの世界にも、MTBやBMXと同じ様に大麻の愛好家が存在する証だと思います。スパカズのパーテープをピーター・サガンが使っている事実を思い出すと、痛快です。

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そもそもの話なのですが、MTBが誕生したと言われている1970年代前半の北カリフォルニアではヒッピー・ムーブメントが吹き荒れており、MTBの父と言われているレジェンド達の当時の写真を見ると、どう見ても汚いヒッピーです。汚いヒッピー達が暇つぶしで遊んでいたクランカー遊びの機材が少しずつ洗練され、トム・リッチーのブランドで販売されていたものを、1981年にスペシャライズドのマイク・シンヤードと言うビジネスマンが(パクって)さらに洗練させて発売したものが世界初の量産MTBだと日本では言われています。

Wikipediaを見ると、トム・リッチーはそれ以前にフィレット溶接したフレームを3年で1,000本以上を生産したそうで、トム・リッチーはマイク・シンヤードから「MTBフレーム界のゼネラル・モーター」というあだ名を与えたとの記述がありますので、世界初の量産MTBはリッチーというのが現代の定説なのかも知れません。とにかく、そんなヒッピー達が発明したMTBですから、五輪種目にもなった健全なスポーツのフリをしても、その出自は隠せません。僕はよく例えに出すのですが、アメリカ人が発明して、日本人が道具を作って、欧州で一大ビジネスになったスポーツは数多くあると思うのですが、MTBもその一例だと思います。

自己の責任:

ここまで読んで頂くと、北米は大麻に関してはユルユルで、適当なんだ、と思われる方も多そうですが、Yesでもあり、Noでもあります。例えば飲酒に関しては厳しい部分と緩い部分の両方があり、リカーショップで酒を買ったり、レストランで酒を注文する場合、IDの提示を求められることがあります。これは、もし21歳以下の未成年に酒を売った場合には酒のライセンスを取り上げられる可能性があるので、店側としてはナーバスになっているのです。地域によるのですが、IDを絶対に求められる酒屋もあるし、何も言わない酒屋もあります。ただ、ストリップのようなナイトクラブ、大麻屋さんなどは100%の確立でIDの提示を求められると思います。

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その反面、飲酒運転に関してはかなり寛容に感じます。個人的な統計ですが、みんな2パイントまでは飲みます。それ以上は自主的にソフトドリンクに切り替えたり、コーヒーを飲んだり、僕が3パイント目を注文しようとすると、周囲が止めてきたりします。アメリカは国土が広いため、厳密に飲酒運転の禁止を徹底すると、何もできなくなってしまうため、一律にアルコールの血中濃度で計るのでは無く、その場で真っ直ぐ歩かせるなどのテストをして、酔い方で取り締まる場合が多いです。なので、お酒に強い人は強い人なりに、弱い人は弱い人なりに自分が飲酒運転できる範囲をきっちりと把握しており、それは大麻でも同じです。吸っても問題なく運転できる人もいるし、運転できなくなる人もいます。

クラフトビールのパブの店員さんから聞いたことあるのですが、欧米の人達は立って飲みたがるそうです。これは、腰を据えてしまうより、動き回って色々な人達とより交流が可能なのと、ビシっと立っていることで自分の酔い加減を知ることができるという利点もあります。真っ直ぐ立っていることが難しくなると、それはもう家に帰る時です。

欧米の人達がよくSNSで日本のサラリーマンが電車や路上で泥酔している画像を面白がってシェアしていますが、あそこまで泥酔するのは大変稀なのです。日本人がビジネストリップで海外に行って、日本と同じ感覚でガンガン飲んで、最後には泥酔して「Oh,, Kamikaze....」みたいな扱いをされることがありますが、絶対に止めた方がいいです。それ以降はそう言う人扱いされるか、ガラスの壁のようなものを作られること請け合いです。自分の限界を知る、というのは大変重要です。

ラグニタス:

先日、MTBの聖地からほど近いペタルマにあるクラフトビールの雄、ラグニタス・ブルーイングに行ったのですが、なぜか駐車場は一杯、レストランのすぐ脇にある駐輪場にも多数の自転車が置いてありました。テーブルが満席だったので、待っていると良い感じで酔ったサイクリングジャージ姿のグループが駐輪場から走り去っていきました。もちろん、車で来場している人の多くが飲酒運転で帰途につくことでしょう。

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このラグニタス・ブルーイングという、大変尊敬されているビール醸造所は大麻文化と密接に結びついています。ロンさんが1995年に創業し、現在では600人を超える従業員を抱えているのですが、毎週木曜日4時20分からオープンハウスにして従業員に安くビールを振る舞い、ロフトでブルーグラスなどのライブミュージックを楽しみながら大麻を吸うのが伝統でした。4時20分というのがポイントで、420というのは大麻を示すスラングなのです(なぜ420なのかは検索してください)。2005年のセントパトリック・デーにパーティをしていたロンさんですが、カリフォルニアのアルコール・コントロール局の覆面捜査官が踏み込み、手錠を掛けられてしまいます。醸造免許を取り上げられてしまう危機に瀕するのですが、20日間のライセンス停止と1年間の保護観察期間という寛大な処分となります。

ライセンス停止を告げるために再訪したアルコール・コントロール局の捜査官に対してオーナーのトニーさんは厳しい言葉を投げ掛けます。「大人になってやりたい仕事がスモール・ビジネスの嫌がらせをして閉鎖に追い込むようなことだったのか?」と。その捜査官は、「宇宙飛行士になりたかった」と答えたそうです。

2006年にラグニタスはUndercover Investigation Shutdown Aleというビールを発表します。これは、9.75%と高いアルコール度数が特徴で、ラベルには「宇宙飛行士になりたかった全ての人に捧げる特別に苦いエール」と説明されていました。現在では、Shutdown Aleは彼らの最も人気のあるビールの一つです。

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このライセンス停止が無秩序だった社内に秩序を与えるというターニング・ポイントとなりました。ラグニタスは2006年に37,420バレル、2008年に57,420バレル、2010年に102,420バレル、2011年に165,420バレル、2014年には600,420バレルのビール醸造し(下3桁に注目)、そして、今では全米トップ5のクラフト・ブルワリーにまで成長しています。彼らは今でもヒッピーであると自認しており、その人気はカリスマ的と言ってもいいでしょう。この様に、大麻は極めて大きな経済圏を形成しており、リクリエーショナル用として解禁して税収を得る方が現実的であると言うのも頷けます。

オレゴンのグラベルを走る:

2016年10月上旬、カリフォルニア州クインシーでGrinduroが開催されるのに合わせ、一足早くオレゴン州ポートランドに入り、オレゴンのグラベルを楽しんできました。ポートランドと言うとグラベルライドで名高い印象がありますが、それは必然的にそうなったと言えます。

街中を流れるウィラメット・リバー沿いにある良さそうなトレイルは自転車での走行は禁止で、さらにポートランド近郊のトレイルもMTBでの走行が禁止されている場合がほとんどです。なので、自転車の街として名高いポートランドで、MTBショップと言えるのは2件しかありません。MTB愛好家は1〜2時間ほど車で移動してトレイルまで移動する必要があるのです。10年近く前にマウント・フッドのコロンビア・リバーを挟んで北側にあるフッド・リバーという街のトレイルに(豪雨の中)連れていかれ、一日中DHライドをしたことがありますが、やはりポートランドから車で1時間以上掛かりました。そんな事情があるため、グラベルまで舗装を走って自走でアプローチする、というスタイルを追求すると、自然とグラベルグラインダーに行き着いたのだと理解できるのです。

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oregonbikepacking.comにて1日で走破できる程度のグラベルを探してみたのですが、Toll Road(有料道路)と呼ばれる距離100kmで獲得標高1,500m、55%がグラベルのルートが良さそうだと判断、このルートを走ることにしました。

このルートは1874年から1917年までの間、ポートランド側のウィラメット渓谷から太平洋側の街であるティラムークまで移動するための主要な有料ルートであり、一部はあまりに急な斜度であるため馬が自力で曳くことができず、馬車の乗客が降りて後ろから押し上げる必要があるほどで、「世界で最もひどい道」と呼ばれていたのですが、現在ではそのオリジナルのルートのほとんどが失われているそうで、そこまではひどく無い、と言うのが事前調査で仕入れた情報でした。

ウェブサイトでは各ルートからridewithgps.comへのリンクがあり、TCXやGPX形式にてログをDL可能ですので、garmin.openstreetmap.nlでオレゴン州のポートランドとカリフォルニア州クインシー、サンフランシスコの地図を予めGarmin Edge520Jに入れておきました。これが大正解で、異国の知らない土地をストレス無く走ることができたのです。

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さて、ライドの決行当日は早起きしてポートランド市内最寄りの路面電車、MAX Blue Lineに乗り、終点のヒルズボロまで行きます。所用時間約1時間です。もちろん、自走してヒルズボロまで行ってもいいですが、退屈な舗装路であるため、ポートランディア達もMAXを使用してこの区間をカットするのがごく当たり前のことのようです。ただ、朝は通勤通学のラッシュアワーであるため、大人数で自転車を持ち込む場合、駅によっては1本ほど遅らせる羽目になるかもしれません。

車両に用意されているバイクラックには限界があるのですが、ラックが一杯でもガンガンと車内にバイクを持ち込むのがポートランド・スタイルです。なかなか気弱な日本人には真似ができないのですが、仕事に間に合うためには切実なのでしょうか。途中、ナイキのHQが所在することで名高いビーヴァートンを過ぎ、終点のヒルズボロに到着します。ここが最後の街になるので、補給食や水などは仕入れておきましょう。

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さて、ヒルズボロからライドがスタートするのですが、途中は絵に描いたような納屋などインスタグラムの捗る光景が広がります。24km地点からいよいよグラベルが始まります。日本国内なら、あらゆる角度から写真で切り取ってIGに上げたくなるような素晴らしい風景が何十キロも続くのです。ダブルトラック以上の幅があり、路面は大変スムーズでコーナーだけ注意すれば25Cタイヤのロードバイクでも走れると思います。分かりにくい分岐もほとんど無く、迷うことはないと思いますが、注意すべき点として、対向車がたまにやって来るのと、実際にすれ違ったのですが、地面を馴らす重機、さらに山中に行くと切り出した木を運ぶトラックなども走っていますので、彼らの仕事を邪魔しないように走りましょう。我々は遊びですが、彼らは仕事なので。

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56km地点でこの日の最高地点である標高904mに到達しますが、この頃には雨が降り出し、ピークで一息つく暇も無く、とっとと下り始めます。あまりにも寒いため、下りでもきっちり踏まないとガタガタと震えてしまうのです。部分的に50km/hを越える雨のハイスピード・ダウンヒルは大変スリリングなのですが、SLATEのサスペンションと、42mm幅のタイヤのおかげで想像以上に走破性は高いです。もし、この低気温と豪雨の中でパンクしたら?と考えるとさらに寒気がするのですが、85kmのグラベルが終わる地点まで無事に走りきることができました。

グラベル後半はコーナーを曲がる度に早くグラベルよ終われ、と願っていたのですが、どんなご馳走もいつかは満腹になるように、どんな極上なグラベルも飽きるのだということが分かりました。ここからゴール地点のティラムックまでは緩い下り基調の平地だと思っていたのですが、ログからは読み取れない微妙なアップダウンの応酬で、冷え切った体には大変堪えます。先日、コストコに行って驚いたのですが、ティラムックは酪農の町でチーズが有名らしく、コストコのチーズ売り場にはティラムックのチーズが大量に置いてありました。それくらい田舎なのです。

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大変広いオレゴン州の、たった一つだけのルートを走っただけでオレゴンのグラベルを語ることはできませんが、日本と比較すると総じて斜度が緩く、インナーローで額から汗を垂らせて登るような区間はごく僅かでした。また、日常的に車が走っており、定期的に重機を走らせて路面をメンテナンスしているようで、25Cのロードバイクでも頑張れば走破できるほどスムーズな路面が特徴です。なので、Grinduroでも感じたのですが、さすがSRAMの母国だけあり、フロントは1枚で、ワイドカセットという構成でも何ら問題が無いと感じました。

これもアメリカの合理性と言えるのですが、スポーツ・バイクに乗り始めて、最初の鬼門がFDの変速だと思うのです。初心者がアウターを使わず、インナーのみで走っているなんて良くあることで、それを指摘しても、FDを動作させることへの恐怖心を語る人もいます。不用意に変速してチェーン落ちしてしまったらどうしよう?チェーンを触ると手も汚れるし、元通りにチェーンを戻す自信も無い。また、チェーンがインナーギアとチェーンステイの間に噛み込んでしまい、フレームに大きな傷が付いてしまったり、最悪はチェーンが曲がって走行不能になった経験があるなら、なおさらです。

なら、最初からフロントは1枚にしてしまい、チェーンリングをナロー/ワイドにして、RDはクラッチ付にしておくとチェーン落ちの可能性は激減し、さらに変速は右手だけに専念すれば良い訳で、初心者にとってはストレスが減ることになります。

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対照的に、日本の会社らしく、最先端技術にてスマートにそれを解決したのがシマノです。シンクロシフトという技術で、右側のシフターを変速すると、FDを自動的に動かし、2x11なら仮想的に右手だけで22段変速を実現するものです。が、どうしてもまだ上位グレードにしか採用されていない、電動変速のDi2であるため高価であり、アメリカではほとんど見ることができませんでした。

アメリカでの3大コンポメーカーの扱いは、SRAMが安い、という理由で支持されています。シマノは誰も羨む高級ブランドですが、高価であるため、現状はSRAMを甘んじて受け入れている人が多いです。カンパに関して言うと、変態的マニア向けコンポと言うか、普通の人の選択肢には入らない気がします。価格が他の2社に比べて超絶に高いのです。ただし、宗教に近い、信仰に近い、畏怖のような物を抱かれているがカンパの凄さですね。

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今回、なぜポートランドから太平洋沿岸を目指したのかと言うと、オレゴンの魅力の一つがこの美しい沿岸部にあるからです。オレゴンと言うとポートランドが最も有名な街ではありますが、ポートランドは謂わば日本で言う東京あり、オレゴン州のあらゆる物はそこにあるのですが、同時にあらゆる物は少しづつ劣化しています。

個人的に常々主張しているのは、本当にオレゴンの美しさを体験するなら、太平洋沿岸のオレゴン・コーストに行くべきであり、ポートランディア達に「オレゴン・コーストの方に行こうと思っている」と話すと、誰もが100%の確立で「それは間違い無い」と言う訳です。ですが、今回は良い教訓になったのですが、雨の多い10月にそれを自転車で決行すべきではありません。実はティラムックから少し西にある海に面したオーシャンサイドという街からは太平洋に沈む夕焼けを見ることができ、さらに大規模な砂丘があるためファットバイクの愛好家にも有名であるなどの情報は仕入れていたのですが、この雨で全ては台無しになり、ピックアップしてくれた友人の車の運転で震えながらポートランドに帰ることになったのです。

なお、ポートランド市〜ティラムック間はバスが運行しており、そのバスの前面にはバイクラックがあるため、ポートランドにバスで帰ることも可能なのですが、本数が少ないため、ティラムックで1泊してから翌朝にバスで帰るというスケジュールが理想です。もしくは、Traskという、Toll Roadと並行して走るルートがあるので、復路はこれを走り、往復でグラベルという夢のようなルートも可能です。

ティラムックには名高いブルワリーもあるようですので、サンセットを楽しんでから1泊する価値はあると思います。ただし、夏に実行するのを強くお奨めします。今までの人生で走ったグラベルの総走行距離をたった一日で超えることもできるかもしれません。詳細はoregonbikepacking.comにて。Stravaのログはこちらです。

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Grinduro! 2016:

オレゴンでシクロクロスレースに参戦したり、グラベルを走ったり、さんざん楽しんだ我々ですが、ポートランドに別れを告げ、金曜朝にカリフォルニア州クインシーに移動します。地図で見るとその距離はわずかに見えるのですが、実はカリフォルニア州と日本列島はほぼ同じ面積で、つまりそれは超ロングドライブを意味します。

I5を南下し、途中Weed(雑草のことですが一般的には大麻を意味します)と言うマウント・シャスタの麓にある街から内陸部に向かうのですが、距離900km、10時間のドライブになります。I5を降りてシエラ・ネバダ山脈に抱かれる国立森林公園に入る頃には日没となり、そのマジック・アワーの美しさは言葉にできないほどです。このドライブ自体エピックなので、もしGrinduroに参加する方がいるなら、サンフランシスコを昼前に出発すると夕方の良い時間に到着するのではないでしょうか。

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すっかり日没してからGrinduro会場となるクインシーの巨大なキャンプ場に到着した我々は早速寝床を作るためにテント張りましたその過程で僕はうっかりと車の鍵をインキーするというトラブルを起こしてしまい、レンタカー会社に電話をして、車のロックスミス(錠前屋)を呼ぶという事態となり、1時間ほど就寝時間が遅くなってしまいました。なんと、フルサービスの保険に入っていたので無料!ラスベガスで一度やったことあるのですが、$50ほど払った記憶があります。

翌朝に判明するのですが、このエリアはVIPエリアで、どうやらスポンサーや業界関係者のために用意された場所だったようです。この週の半ばにはIGでクインシー近くの雪山でMTBに乗る画像が観測できるなど、10月としては異例の降雪があり、寒さに対する若干の危惧があったのですが、幸い標高1,000mに位置するキャンプ場ながらも日本から持参したモンベルの寝袋が温々で最高でした。マットやLEDランタンなど、ポートランドのREIで必要と思わしきキャンプ道具も買い込んで行ったのですが、オレゴン州は全米でも数少ない消費税の無い州なので、買い物があるならオレゴンで済ませてくるのをお奨めします。

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そう、Grinduroは超田舎であるクインシーと言う小さな町で開催されるため、ホテルやモーテルに泊まるというオプションがほぼ無いのです。キャンプとなると色々装備が面倒であるため、事前にネットでクインシーのホテルやモーテルを探したのですが、オンラインで予約できるような所は皆無でした。なので、エントリーフィーの$200に2泊分のキャンプ代が含まれているのも納得です。キャンプをするしかないのです。

日本から4人用テントや寝袋を持って行くは大変面倒だったのですが、結果的に2泊分の宿泊費を浮かせることができ、さらにエントリーフィーには土曜日の朝食、レース中のフィード、ランチ、ゴール後の夕食、さらにシエラネバダのビールが2杯に、レジストレーションではFabricのGrinduro仕様ボトル、クレメンのチューブ、クリーンカンティーンのGrinduro仕様タンブラー、Grinduro仕様Giroのソックス、Grinduro仕様のクージー、耳栓(しっかり紫色)がゼッケンと共にGrinduroのロゴの入った紙袋で渡されます。エントリーフィーに対して大変お得な内容なのですが、企業側も気合いを入れてノベルティを用意しており、徹底的にブランディングがされています。日本国内のイベントで良くあるのですが、不良在庫を大量に景品として送りつけるのとは訳が違うのです。

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レジストレーションのあるメイン・ビルディングにはGiro、SRAM、Fabricなどメインスポンサーがブースを出展しているのはもちろん、北カリフォルニアのフレームビルダーやバッグメーカー、アーティストなどが出展し、カリフォルニアのvibesを伝えています。

土曜日のレース終了後にはステージでライブ・ミュージックが演奏されるのですが、これも地元カリフォルニアのバンドでした。Giroのマーケティング担当のデインが全て企画したことなのですが、Giroにとって北カリフォルニア、特にサンタクルーズという場所にHQを構えて製品をデザインしていることが一つのアイデンティティになっているのです。GiroのブースではGrinduroカラーのパープルにカスタムされた同社のヘルメット、シューズが展示され、物販ブースではGrinduro仕様のシューズ、ソックス、キャップなどが販売され、実際に購入した友人の話によると、クレジットカードの請求は「寄付」という名目になっていたそうです。

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そう、Grinduroはシエラ・バッツ・トレイル・スチュワードシップという、トレイルの保全、伸張を目的としたNPOが主催しており、そこにGiroやFabricが協賛する形を取っています。シエラ・バッツ・トレイル・スチュワードシップは超長距離のダウンヒルレースとして知られるダウニーヴィル・クラッシックの開催で有名です。このレースは通常のDHレースの範疇を超えた常識外のレースで、標高差1,500m、距離24kmの下りを一気に下るレースで、アメリカのグラビティ系MTB乗りで知らない人はいないほど有名です。

物販で販売されたGiro製品はこのNPOに寄付され、その資金でさらにトレイルが伸ばされ、そして荒れたトレイルはメンテナンスされて自転車乗りに恩恵を与えてくれるのです。エントリーフィー自体もGiroに支払うのでは無く、NPOに支払っており、参加者はそのエントリーフィー以上に楽しみ、企業は効率的なマーケティングが可能で、NPOにはお金が落ち、さらにトレールが伸びる、というGrinduroに関わる全ての人が恩恵を受けるという素晴らしいシステムになっています。Giroのマーケティング担当のデインも、このシエラ・バッツ・トレイル・スチュワードシップとの出会いがターニングポイントになったと語っていました。

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我々は金曜日中のレジストレーションでの受付ができなかったので、土曜日のまだ暗い早朝にゼッケンを受け取ったのですが、夜が明けて段々と明るくなり、色とりどりのテント村が朝焼けに照らされる様は大変素晴らしかったです。キャンプをして正しかったと思った瞬間です。行列に並び、チケットを渡して朝食(ベジタリアンメニューも有)を受け取ると、Raphaのバンでコーヒーを貰ってAM8のスタートに備えます。

参加者の自転車、スタイルを見ているだけでも飽きません。AM8になるとお爺ちゃんがハーモニカで味のあるアメリカ国歌を演奏し、それを合図に一斉に700人が大歓声と共にスタートします。しばらくはひたすら寒かったのを覚えているのですが、Stravaのログを見返すとスタートから約10分間は気温0度、30分を超えてからようやく太陽が上がり10度を超えます。日中はかなり暑くなることが予想できたので、荷物が増えることを嫌ってジャケットは羽織らず、アームウォーマーにジレだけで朝は耐えたのですがこれが正解で、この日の最高気温はGarmin読みで30度を超えていました。

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舗装路を数キロも走らない内に幅の広いグラベルに入り、徐々に斜度が上がると巨大なプロトンは分断され、ばらばらになります。レースと言っても、おおまかに大きな山が2つで登り1ヶ所、平地1ヶ所、下り2ヶ所に短いセグメントが設定され、このタイムの合計で総合成績が決まります。他の部分はニュートラルになっていますので、多くの参加者はレースとは考えず、エピックなライドを楽しむのが主眼です。参考までに僕の4セグメントの合計タイムは1時間ほどで、レース時間全体で計測される区間は極僅かであるのが分かります。もちろん、先頭は本気のレースをしていたのだと思いますが、目を三角にして走っている人は本当に一部の選手だけだったと思います。

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印象的だったのはレースの運営に関わるボランティア、スタッフのフレンドリーさ。全員が笑顔で、どんどん声を掛けてくれます。登りで苦しんでいるライダーにも「Good Work!」と声を掛けて励まします。本当に不思議なのですが、日本のレースでは競技役員が無意味に恐いことが多く、レース中はつまらなそうな顔をしており、ボランティアのスタッフも誰かから指示されて立たされている感が背中から漂っていることがほとんどなのですが、Grinduroに関しては、携わるスタッフも参加者と同じくらいエンジョイしていると感じが伝わってきて、参加する側としてはとても居心地が良くて、また参加したいと思わせるのです。

最初の登りセグメントをゴールすると、フィードの女性スタッフが「コーラ?ビール?それともベーコン?」と聞いてきます。コーラまでは理解できます。ビールを勧めて来るのが面白くて、極めつけはベーコンです。僕は気持ち悪くて断ったのですが、ヒロちゃんなどは塩味が良かった、とレース後にコメントしていたように、意外な人気があったようです。

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最初のセグメントが終わっても、そのままこの日の最高到達地点である標高2,200mの最高地点まで登りが続くのですが、途中の幅のある路肩には小休止を挟むグループもあります。中にはパイプを取り出して大麻に火を付けている参加者もおり、登っていて大麻の匂いがすると、もうすうぐ休憩ポイントなんだ、と分かる訳です。もちろん、さすがに堂々と吸わず、グラベルロードの端に寄り、微妙に気を使って吸ってはいるのですが、その特徴のある香りは隠しようもありません。思うのですが、良く大麻を吸って自転車に乗れるなと。しかし、中には大麻の力を借りて自分の実力を100%(以上)発揮できるタイプの人もいるのです。

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雪の残る標高2,200m地点を過ぎると、ここからはダウンヒルになります。例えるなら、乗鞍のヒルクライムが全てグラベルで、それを登って、再び下ると考えて貰ってもいいです。20kmをグラベルで下ると言うのは人生初体験で、SLATEの完全スリックタイヤで下るのは、楽しいのと苦行だと思うのが相半ばすることになります。対照的に、登りをファットタイヤで耐えたMTB組は美しく砂埃を上げながら、我々を尻目にを楽しそうに下って行きます。下りは基本的にはスムースな路面なのですが、部分的に荒れている所もあり、スピードが上がるとその振動も徐々に激しくなります。

路上にはレジストレーションで貰ったチューブ、ボトルが散乱しており、さらにサドルバッグ、携帯ツール、ポンプまでも散見されました。高速で下っていると、ボトルが飛んで行っても停まることは不可能で、仮に停まってボトルを拾ったとしても、同じ事を何回を繰り返すことになるので、結局はそのまま放置されるのです。ほとんど振動試験に近い過酷なもので、バイクパッキング用品などは、テストが十分で無いものはチギれてフレームから飛んで行ってしまうと思います。たしかに、フレームバッグ、サドルバッグなどを使用している参加者は少なく、フィードが充実していたため、ミニマムな装備でも問題はありませんでした。

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グラベルをやっと下りきった地点でも、まだ標高1,000mあるのですが、少し舗装路を走ってフィードで休憩し、ここから平地のセグメントです。平地とは言っても、微妙なアップダウンのあるタイプの平地であり、グラベルで消耗した足はさらに削られるのですが約9kmをフィニッシュするとそこはランチが提供されているポイントです。ランチ後に他の参加者のバイクを見ると、その多様さに驚かされますが、一番の驚きは地元北カリフォルニアのサンタクルーズのCXバイク、スティグマータの多さでした。ざっと見ただけで軽く10台近くは見ることができたのです。恐らく、会社を挙げて参加していると思うのですが、そのインパクトは相当でした。

国内で自転車イベントに出展しているブランドを見ていると、中の人が商品を並べてテントの中でつまらなさそうにしているのが定番です。なら敢えて出展せずに参加者として大量に自社のバイクを走らせる方がよっぽどインパクトがあるし、実際に製品が使用されているのはリアルで、説得力があります。また、シカゴのアパレルブランド、TSHなどはわざわざ女性ライダーがMTBで複数人が参加しており、現場でのプレゼンスはかなり高かったと思います。イベントにはお金を出して、テントを張るだけが協賛やサポートでは無いのです。格好の良いチームを仕立て上げ、参加してそこでプレゼンスを発揮するのも、ある種、そのイベントの格調を上げるために役立っている訳で、それも一つもサポートの形だと再認識した次第です。

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ランチを終えると先を急ぎます。舗装の平坦を進むといつしか数十人の大集団になるのですが、左折してグラベルに入り、最後の登りに入ると集団はバラバラに分断されます。ここから最後のピークまで獲得標高で700m、距離にして約10kmなのですが、さすがのSLATEもほぼインナーローに入りっぱなしとなります。「最後の登りは斜度があってエグい」とは聞いていたのですが噂に違わぬ極上の登りで、途中でシングルスピードでフラットバーのアダム・クレイグに抜かれたのですが、さすがの彼もかなり辛そうでした。

アメリカでこのようなダートの自転車系のイベントに参加するとアジア系に会うことはほとんど無いのですが、Grinduroでは我々以外にも1グループだけアジア系がおり、彼らと一緒に登ることになったのですが、そこは日本男児のプライドを守るべく、全員をブチ抜いたと思います。最後の最後でぐっと斜度が上がると、やはり大麻の香りがします。あぁ、やっとピークだ!とそれで知ることになります。

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普通の自転車イベントなら、最後のピークに到達したので、後は下るだけだ、と一息付けるのですが、下りに最後のセグメントが設けられています。これが癒しのシングルトラックでは無く、4セグメントの中で最もアドレナリンの出る、熱狂のセグメントであるのがすぐに判明します。ピークからシングルトラックを少し下り、フィードで最後の休憩を取るとシングルトラックに突入するのですが、バーム(バンクです)が綺麗に作られ、SLATEのスリックタイヤでもスピードに注意すれば綺麗に曲がることができます。MTBならさらに楽しめるでしょう。

実際、自分としてはかなりのスピードで下っているつもりだったのですが、MTBの集団に凄い勢いで抜かされ、その後には信じられない砂埃が立ち、視界がほぼ奪われます。その砂埃の間から夕日が差し込んで神の光が何本も差し込むような状態となり、それに見とれてしまうのですが、油断するとあっと言う間にダスティな路面にタイヤを救われて地面に横たわることになります。

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テクノロジーの進化とは凄いもので、25年前に初めて乗ったMTBよりも、グラベルロードという位置づけであるSLATEの方が軽くて、ブレーキも効き、サスペンションもあり、乗り心地が良いのです。10年前のMTBと比べても、まだ性能が高いかもしれません。ドロップハンドルで、あの激しい、標高差700mで10kmのダウンヒルを下れてしまったのです。

SLATEの場合はフロントにLEFTYサスペンションが装備されているのと、リアバックが左右は剛性が高く、上下方向にフレックス性を持つ、いわばソフトテイルであるため、25年前のフルリジッドのMTBより相当快適です。CAADシリーズで蓄積したノウハウが存分に注入されており、これは資本力のある大手でないと世に問うことのできないバイクだと感じます。

よく、大手vs小規模ビルダーと言う構図で語られたりしますが、実は補完し合う関係であり、決して敵対はしていません。NAHBSのようなハンドメイドの世界から大手がインスピレーションを得ることもありますし、QBPのような大手でなければその規格を浸透させることは難しかったファットバイクの様な例もありますので。

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最後のトレイルヘッドに到達すると、そこには線路が横たわり、脇に座っておのおのがシングルトラックの余韻を噛みしめます。そこから数分も走ると川沿いに最後のフィードが容易されており、完走を祝福してシエラネバダのペールエールを飲みます。1本目は3口ほどで無くなります。そして2本目へ。一部の参加者は川へダイブして体をアイシングします。いや、アイシングなど高尚な目的などなく、ただ単に川に飛び込みたいだけしょうか。

そのまま数キロクルージングしてキャンプ場へ向かうのですが、道路をほぼ封鎖して並走しているにも関わらず、我々サイクリストにクラクションを鳴らすようなドライバーは皆無です。全員が笑顔で我々を祝福してくれるのです。そのままフォトブースで写真を撮って貰ったのですが、翌日には人数分がプリントして配布され、後日には公式fbページにて画像ファイルまでが配布されました。これがこの旅の最高の思い出となったのです。

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フィニッシュ後はシャワーを浴び(ぬるいですが)、着替えてバフェ形式のディナーです。トレーラーの荷台に設置されたポディウムでは表彰式が行われ、総合優勝のダンカン・リッフルが祝福されます。彼はアメリカ代表も経験しているMTBの元DHレーサーで、今はSRAMでマーケティングのポジションにあります。体の見えている部分にはほぼ100%入れ墨が入っているのですが、その体はアスリートのそれであり、極限まで絞り上げられています。

ポディウムの左右にはカール・デッカー、ジェフ・カブッシュという、同じMTBのXCレジェンドが並び、ともすればカテゴリーによって分断されがちな自転車競技選手が一同に同じポディウムに並ぶというのは感動的でさえあります。Grinduroには引退したばかりのテッド・キングがSLATEで参加したり(途中で転倒して鎖骨を折ったようですが)、デヴィッド・ザブリスキーはフロイド・ランディスと共に手掛ける大麻ビジネスのジャージで参加していました。

GiroのデインはGrinduroの狙いの一つとして、野球やアメフトが秀でているように、レジェンドにもスポットライトを当てたいと考えています。引退したレジェンド、それは実際にファン達が交流できるレジェンドです。プロが引退しても、リスペクトを受けながら参加できるイベント。それがGrinduroでもあるのです。表彰式の後にはステージでライブミュージック、遅くなってからはメインビルディングに移動してDJを入れてのパーティが日付をまたいでも続けられていたのですが、僕はすでにその頃にはテントの中で気絶していました。

さて、長くなったのでそろそろまとめますが、GrinduroにはSRAMが関わっているだけあって、業界の方向性を感じ取れる味付けになっていました。簡単に言うと、ドロップバーのバイクにディスクブレーキ、前は1枚もしくは2枚でワイドカセットと言う組み合わせです。もう、このカテゴリーはすでに成立しており、シクロクロスとは別物です。シクロクロスは競技規則で最大で33Cタイヤまでと決められていますが、グラベルロードは40Cを受け入れ、さらに142mmスルーアクスルにブレーキはフラットマウント、オプションでラックマウントなど装備するなど、シクロクロスバイクとグラベルバイクを同一のものとして語れない所まで違うものになっています。

特にディスクブレーキの恩恵は大きく、Grinduroにカンチブレーキやキャリパーブレーキで出場することも可能ですが、かなりの苦行になります。ディスクブレーキがドロップハンドルの世界に普及が始まったことにより実現できたイベントだと思いますし、一部好き者の遊びだったグラベルライドの門戸をもっと幅広い層にも開放したと言えるでしょう。新しいソリューションの恩恵です。常々、僕は主張していますが、次から次へと新規格が登場するのは、決して業界の陰謀ではありません。確実に良くなっています。Grinduroと言うエピックなライドを無事に完走できたのもSLATEという最新規格盛りだくさんのバイクのおかげです。

来年もGrinduroに参加したいと思っています。ただしMTBで。

MTBをつくる:

さて、ここまでが2016年末のコミックマーケット91にて頒布した同人誌の内容で、実際に明けて2017年3月からGrinduroに参加するためのMTBを組み上げるためにポートランドのフレームビルダーとやり取りを開始、最新トレンドを詰め込んだ29erが渡米する直前に完成し、そのままバッグに積めて西海岸に渡りました。GrinduroにMTBで参加する、という誓いを果たすためです。

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前年に走ったGrinduroの最後のシングルトラックで僕をブチ抜いて行った、フランネルシャツにカットオフのジーンズをまとったMTBer達が巻き上げる埃と、その間から刺す太陽の光に包まれながら、「MTBを組んで帰ってきなさい」と天啓にうたれたような気がしたのです。それほどこのシングルトラックは素晴らしいものでした。

サンタクルーズ:

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Grinduroまでに足慣らしとしてまずはサンフランシスコ近郊のサンタクルーズのトレイルを走ります。地元のNPOによりメンテナンスの行き届いたトレイルのコーナーには綺麗なバームをつけてあり、登りでも速度を失わずペダリングし続けることができ、それほど苦しまず、楽しく獲得標高を稼ぐことも可能であるという新たな知見を得ました。また、逆に下った場合はもっと楽しいのは言うまでもありません。サーフタウンと知られるサンタクルーズですが、実は大変走り応えのあるトレイルネットワーク整備されているのです。また、この場所にはMTBブランドのサンタクルーズはもちろん、GiroやFOX SHOXさえも近郊に本社を構えています。

この日のログはこちらですが、若干物足りなかったのですが、逆走で2ループ走っています。どちらの方向でもトレイルの性格が変わって楽しめます。

ギルロイ:

同行者にグラベルバイクがいたため、グラベルバイクでも楽しめる路面の綺麗なグラベルやトレイルを探した結果、翌日は内陸部のギルロイ近郊のヘンリー W. コー州立公園でライドすることにしました。ここはスペシャライズド本社のあるモーガンヒルからほど近く、同社のMTBやグラベルバイクの開発がここでも行われているかもしれません。

なお、海外でのトレイル探しはMTB ProjectTRAILFORKSの2本立てで行うことが多く、グラベルやWトラックなどを含むツーリング系はMTB Projectが強く、MTBパークや作り込まれたトレイルはTRAILFORKSが強い傾向があるので使い分けています。

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ここは一切水を補給することができず、また携帯電話の電波も不安定で、さらに野生動物のマウンテンライオンの生息地であるため、国内で乗るよりも多少の緊張感はありますが、グラベルは綺麗にWトラックで整備され、シングルトラックも素晴らしかったです。

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彼はYossy、伝説的なBMXライダーであり、そしてグラベル愛好家でもあります。アメリカのBMXライダーでもグラベル好きは意外と多いのです。

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こちらはAbove Bike Storeの須崎氏。小売店という枠を軽々と超え、自店内でフレーム製作、塗装までやってしまうお店ですが、同時に本人はこうやってグラベルを走り倒しているのですから裏付けが凄いのです。

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この日はあまりに暑く、そして水が心許なくなってきたので予定のコースから離脱、ショートカットしてからSF方面へ向かいます。これは山火事か落雷の跡でしょうか。この日のログはこちらです。

Mt.Tam:

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さて、翌日にはマウンテンバイク発祥の聖地の一つと言われているMt. Tamことタマルパイス山でのライドも実現しました。

1970年代初頭に改造したビーチクルーザー、通称クランカーに乗ったヒッピー達がMt. Tamを下ったのがマウンテンバイクの発祥で、いわば聖地巡礼です。実際に走って初めて分かったのですが、ここはMTBトレイルというよりも、どちらかと言うとあまり整備されていないWトラックのハイキング道に近く、SFのダウンタウンを遠くに望みながらのヒルクライムは素晴らしいのですが、ジープロードを延々と登って山頂まで到達し、そこからのダウンヒルも比較的ガレたジープロードで、特に綺麗にバームが付いていることもなく、まさに90年代のダウンヒルレースを彷彿とされるような原始的かつワイルドで、同行したグラベルバイクはパンクを頻発、なかなか聖地というのは優しくないのです。ちなみに写真は途中で出会ったおっちゃんですが、老後はこのスタイルを目指すと誓いました。

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しかし、こうやってゲーリーフィッシャーの名車フクイクや、インディアンファイアートレイルといったサインを見つけるのはオールドMTBファンにとって至上の喜びだったのは言うまでもありません。Mt. Tamの頂上で太いジョイント巻いて、ファイヤーロードをぶっ飛ばすのは最高だったでしょう。

Grinduro! 2017:

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いよいよカリフォルニア州クインシーに帰ってきました。去年は直前に雪に見舞われるなど、やや寒さを感じましたがこの年は比較的暖かく、この朝の時点で素晴らしい一日になるのを確信しました。

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SLATEで走った去年と違うのはMTBなので登りで頑張ろうと言う気が起きないことです。この写真からも見て取れますが、参加者の多くがシクロクロスバイクではなく、ちゃんとしたグラベルバイクで参加しており、MTBは少数派です。登りは確かにグラベルバイクほどの巡航速度は出ないものの、ファットタイヤの恩恵でラインを選ばなくてもいい気楽さはあり、肉体的にはペダリングを止めることができないためダメージは蓄積していきますが、メンタル的には相当楽です。

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もっと楽なのは下りです。ジープロードを高速で下るため、SLATEのスリックタイヤでは大変ナーバスだったのですが、MTBならフラットコーナーでもある程度安心して曲がることができ、そしてほぼパンクから解放されます。いくらグラベルバイクが速いと言っても、数回のパンクを喫すると簡単にMTBはその差を逆転してしまいます。逆に、最も地獄のように苦しんだのは舗装の約10kmあるセグメントでした。ログに出ないような平地基調ならがらも細かいアップダウンがあり、後方から来るトレインが「後ろに乗れ!」と言ってくれるのですが、頑張って飛び乗ってもあまりに速いため数十秒しか耐えることができず、すぐドロップ。これを数回繰り返すとランチの場所に瀕死状態で辿り着くことになります。

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同じコースを違うバイクで走ると面白いもので、このほぼ平地の9.2kmある第3セグメントの記録はStravaセグメントで確認できるのですが、SLATEで走った2016年が18分28秒、MTBで走った2017年が20分27秒と、思ったよりも差がありませんでした。ただし、SLATEはそこまで追い込まなかったのと、MTBではそれなり頑張ったせいもあるかも知れません。

さて、このランチの後にはシングルトラックを下るために700mの山を登る必要があり、この日最大の斜度も出現するので、バイクを押す参加者も続出します。SLATEで走った前年にはギアが足らないため何度も足を着いて楽になろうと思ったのですが、意地で登頂し、1時間3分9秒で平均195Wという数字を残しています。それでもMTBのカセットのロー側である46Tを多用する始末で、SLATEの時ほど苦しむことは無かったのですが、結果的には1時間14分6秒と10分以上タイムが落ちてしまいました。やはり、トータルで速いのはグラベルバイクなのは間違いないと数字が証明しています。

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これが最後のセグメントの直前に設けられたフィードです。ゴーゼと言う乳酸菌と塩を使ったスタイルの軽めなビールで、スポーツ中に最適なのですが、この辺りの分かってる感じが流石です。当然、スポンサーであるシエラネバダのビールは飲み放題、ソフトドリンク、フルーツも補給食は食べ放題の至れり尽くせり状態で、この辺りもGrinduroの人気の理由の一つです。アメリカでは屋外での飲酒は法律で禁止されているはずなのですが、このゆるさもまたアメリカならではでしょうか。

さて、このフィード直後からすぐに前年、MTBを組むことを決意させたシングルトラックが始まるのですが、今年はさらに整備が進み、フロー系に進化していました。また、SLATEとは違いグリップが高いため速度域が上がり、かなりの自制心を持って走らないとバンクの向こうに飛んで行ってしまいそうな場所もあり、MTBだからと言って楽に走れるようなことは決してありませんでした。実際、SLATEの2016年は14分49秒、MTBで下った2017年は13分23秒とほとんど変わらない結果がでました。それだけ下りでタイムを稼ぐのは難しいという事実です。

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 Grinduroをグラベルバイクと29erのハードテイルMTBで2回走るという珍しい経験をしたのですが、色々と見えることがありました。まず、速いのは圧倒的にグラベルバイクです。それも、テクニックのあるライダーが本気タイムを狙いに行くならフラットバー化したグラベルバイクがバランス良く速いです。なぜなら、登りのセグメントが2つ、舗装平地のセグメントにテクニカルなシングルトラックの合計4つのセグメント合計で争われるからです。2016年はフラットバー化したサンタクルーズ・スティグマータでダンカン・リッフルが総合優勝しています。

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楽をできるのはMTBです。それも29erが良いでしょう。パンクなどのトラブルを一切心配する必要がなく、舗装のセグメントではそれなりの辛さはありますが、フィジカルのあるライダーでテクニックに不安がある場合はMTB一択と言えます。

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攻めるとか、目を三角にしてタイムを狙うこともなく、純粋に1日を楽しみたいと言う場合は絶対にグラベルバイクです。決してカンチブレーキで33Cのシクロクロスバイクを持ち込んではいけません。ディスクブレーキ装備の現代的なグラベルバイクです。

もちろん、車種に決まり事はありません。自分が楽しく走れるバイクで参加すればいいのです。2019年10月にGrinduroの日本開催も決まり、どんなバイクで参加するか悩んでいる方も多いと思いますが、参考になれば幸いです。最大の問題はエントリー枠を勝ち取ることでしょうか。

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もしクインシーのGrinduroに参加されたなら、翌朝はMorning Thunderというレストランでの朝食がお奨めです。

最後に:

ここまで読んで頂いた方で、「大麻を吸うなんて犯罪者だ!」とか、「自転車に乗りながらビールを飲むなんて万死に値する!」と憤慨する方は少数だと思うのですが、僕も日本国民である以上は日本の法律を尊重します。しかし、これが僕の見たアメリカです。マウンテンバイクはヒッピー・カルチャーの一部として誕生したのです。その本来の出自を隠しつつ、それをビジネスとして育て上げ、たった20年で最終的には五輪種目にまで育て上げたアメリカと言う国のパワーです。それは東京五輪で採用されたスケートボードも同じです。

日本ではアルコール飲料とスポーツの食い合わせは非常に悪く、自転車イベントへの協賛をためらう企業は多いのですが、アメリカでは「スポーツ中に飲む」ビールが多く販売されています。そしてGrinduroのようにブルワリーは地元の自転車イベントを積極的にサポートしています。

もちろん、アメリカを賛美ばかりもしていられません。トレイルヘッドに駐車してライドに行く時、常に頭に付きまとうのは車上荒らしに遭わないか?と言う不安です。当然、車内にバイクを入れたままモーテルで一晩駐車する、なんて言うのは最も危ないことです。山に入ると携帯電話の電波が届かないことが普通で、気軽にコンビニや自販機で補給を取ることもままなりません。マウンテンラインに食い殺される事件も実際に起きています。

アメリカ人がフレームのあちこちに荷物をくっつけてツーリングするスタイルは「バイクパッキング」と命名され、今では一つの大きな潮流となっていますが、それはアメリカは少しでも街から離れると何も無いため、すべて自分で運ぶ必要があるからです。国土が広い故の、その不便さを逆手に取り、フレームやハンドルに取り付けるバッグやラックを商品化してマーケットを作り上げた凄さを感じます。

このnoteを読んで、1人でもアメリカでのトレイルやグラベルライドに旅立つ人が現れると幸いです。

2020年版のあとがき:

振り返るとほとんどのテキストは2016年に書いたものなので、情報が古くなっている部分は否めません。ブルワリーのタグニタスはこの後2017年にハイネケンが全ての株式を取得して100%の子会社になりました。

Above Bike Storeの須崎氏はシエラネバダの創業者と知己を得ているですが、その創業者は第一世代のマウンテンバイカーで多くのMTBレジェントとも関係があるそうで、MTBレースやイベントにシエラネバダがスポンサーしている理由も知りました。

2019年には実現は難しいと思っていたGrinduro Japanが開催されるなど、国内のグラベルシーンも盛り上がりを見せてきました。これを書いている2020年3月下旬の今現在は世界中で新型コロナウィルスがパンデミックとなっており、エントリー済の5月末に開催されるDirty Kanzaも開催が危ぶまれる状況です。今後、世界的にロードレースのチームからスポンサーが撤退し、チームが消失したり、所属先から放出される選手もでてくるはずです。

今季、既にピーター・ステティナやイアン・ボズウェルのようにWTからステップダウンしてグラベルレースの世界に転向した選手もいますが、今後はますますこの流れは加速すると思います。なぜなら、チームに縛られて好きに使える機材がほぼ無いロードレースと違い、エナジードリンクを筆頭に個人スポンサーを付けやすいので、自分でコントロールできる範囲が多い、つまりマネタイズしやすいからです。

その辺り、「Dirty Kanzaの道」と銘打って参戦までの道をYouTubeチャンネルで紹介していますので、是非見てください。

なかなか先の見えない不確かな状況になってしまいましたが、今はライドへの妄想を膨らませる程度に留め、自宅でゆっくりするしかないですね。ぜひYouTubeチャンネルの登録お願いいたします。そして、最後まで読んでいただいてありがとうございます。

有料版はこちらです。ほぼ同じ内容ですが、もしこの無料版が面白いと思ったら購入してください。

2021/9/26追記: 有料版はnoteの運営から公開を強制的にBANされました。ご了承ください。公開中にお買い上げ頂いた皆様には御礼申し上げます。

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皆様のサポートに新たな冒険に旅立つことが可能となります。NZ南島に行きたいと思っています。