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【SF短篇】青姦於首里半男半女(前半)

 年が明ければ49歳になる。漱石の死んだ年に並ぶし、殊能将之が死んだ年にも並ぶ。

 立派な中年となった。腹も出た。私は身長六尺余り(約181センチ)、顔はあばた面だが、中々いい男。女に不自由したことは、これまで生きて来て一度もない。

 首里という所で育ち、途中で福岡北九州や東京練馬らへんに住んでいたこともあるが、また戻ってきて、なんだかんだ30年以上はこの地で暮らしている。子どものときから私は首里が好きだったが、帰って来てからはもっと好きになった。生来出不精なので、滅多なことがなければ首里から外に出ることはない。

 首里といっても、いろいろな所がある。集落は19ある。私はそのうちのひとつ、Tという町に住んでいる。このTからも出ることは出るが、そんなに遠くまでは行かない。普段は半径二キロ四方において生活している。

 六尺の体躯で、若いころは体重六十三、四キロだった。マッチ棒のように痩せていた。それが45を過ぎたころから、どんどん肥った。今では八十二キロ前後、妻からは(この人は今重い病気で、年明けから施設で生活をしている)「もう痩せて、きもちわるい」と言われている。言われているというか、この人は重い病気で、今ではもう話すことが出来ない。僅かに動く指でスマホを操り、LINEを介してこのようなメッセージを送ってくるのである。

 若い時分は運動も好きであったが、いつのころからか、大嫌いになった。ろくに体を動かさぬくせに、食べるものは、食べる。酒もよくのむので、辛くて、味が濃いものを好む。座ったままで、胡桃や、カシューナッツなどを噛みながら、いつまでもだらだら酒をのんでいる。

 必然的に、太る。ひどい時には、八十五キロを超えたこともある。鏡に映せば、五、六カ月めの妊婦のようだったこともある。妻に言われずとも、私も私なりに、身体の健康、美容を保つために、何かをせねばとは思った。

 ちなみに男にとって大事なのは、何よりも顔である。男は顔に全てが出る。一方、女は顔ではない。まずは、カラダだ。よく食べよくねむり、カラダを涵養せねばならない。化粧なんてしなくともよい。そんなところは、男は誰も見ていない。女同士は見ているのかどうか、知らないけれども。

 女はカラダ、その次が、顔。男は顔、次点で身体である。女にとっての顔、男にとっての身体は、二の次なのであるが、だからといって重要ではないという意味ではない。二の次なのだから、二位である。三位よりは上である。五輪で言えば、銀メダル。立派な成績である。

 というわけで私は、少しは痩せようと思い、夕方、勤め人たちのうち、残業をしない人たちが帰り始める頃合いに、外に出て、町を歩くことにしている。

 大体道のりは決まっている。居住地のTを出て、大中を歩き、山川を歩き、真和志に行く。首里城がある。守礼門をくぐり、城壁を見上げて東の方へ急峻をのぼる。登り切れば、崎山らへんになる。高地である。首里の東端や、南風原(はえばる)、与那原(よなばる)、さらにその先に知念半島を望むことができる。

 ここから、当蔵や池端を経て、大中に戻り、そして帰宅することもある。興が乗れば、崎山に下り、赤田を経て、汀良や鳥堀へんにまで足を延ばすこともある。

 鳥堀というのは私にとって重要な地で、ものごころついて以来、私が育った母国のようなところである。そして、首里でもっとも重要な聖地にして霊的ドープの場所、弁ヶ嶽(べんがたけ)がある。

 このように、毎宵、私は歩くのだが、歩いてそのまま家に帰ればいいのだが、このごろ、変な癖を覚えてしまった。歩いて、戻って来ながら、適当に目当たりをつけて、酒を売る店に入るのである。イザカヤ。当今ずいぶん流行りのようで、閑静な首里にも、私が子どもの頃に比べれば、この種の店は倍増した。いや、十倍したと云っても過言ではないように、増えた。

 私は宵の首里をあちこち歩きながら、酒の匂いには敏いので、一見すればそれがどんなに民家を装っていようと、仕舞屋だというのはすぐ解る。時にはスマホを駆使して、その店の情報を間接的に舐めるようにして仕入れる。

 そんなわけで、前出した集落に現存する酒店については、客観写生の観点からも、ヴァーチャル・インサニティの観方においても熟知しつつあった。店に入れば、三千円から五千円の支出がある。これは、現状の私にすると、とてもじゃないが持続不可能な出費である。いちいち、妻に指摘されずとも分かっている。だが、この悪癖は中々やめられない。だからこそ、各酒店はその命脈を保つことができるのではあるまいか。

 その日は、T→大中→山川→真和志→城→崎山らへん、と来た。元JAの、セブン・イレブンの前でぼんやりと立ち、それから急に鳥堀交差点に向かった。環状二号線を那覇・安謝方面に向けて下り、那覇の夜景をたっぷりと味わって、赤平を過ぎ、儀保十字路に近づいた。

 ここいらは、首里のうちでも昔から開けており、酒をのませる店が林立とまではいかないが、間引きした春の里山とでもいうように、店が点々としている。

 十字路を左に歩を進め、私は初めての店に入った。いや、初めてではないかもしれない。高校生か大学生の頃、ここで飲んだような気もする。いずれにしても、酒の飲み方など分からない子ども時分の話であり、私は入って「ひとりです」と告げて、カウンターの一席に通された。

 おしぼりで顔、首の汗をぬぐい一息つく。

「生ビールおねがいします」とホール担当の女に言う。

 痩せて、小さい。はたち前後だろう、胸もまだちいさい。「ありがとうございます」と言って笑顔になる。蒸し暑い夜に咲く、可憐な白い歯である。

 私は生ビールをすぐに飲み干し、つぎにプレーンの酎ハイを注文した。その間に、豆腐、豆、サラダも注文している。

 まずは机にサラダが運ばれてくる。ミニトマト、レタス、細切り大根、グリーンピース、髭白葱、パプリカ。小皿で別に用意された酢の入ったドレッシングを適宜かけてこれを食べる。

 プレーンの酎ハイは半分になり、三分の一になる。いい感じになってくる。

 プレーンの酎ハイ二杯目を注文し「煙草吸ってきます」と店主に告げて外にでる。ドアを開けて、店先の灰皿の傍に立つ。

 先客がある。見たことのある顔だ。どこかで見た、というかカウンターの隣のひとり客だ。髭面、日に灼けている。身長は五尺ぐらい。がっしりとしている。

 二人で煙を吐いて、無言。首里の夜空は町の明かりに関係なく、どんよりとしている。

「蒸し暑いですね」

 と、先客の髭面が言う。

「そうですね」と私が言う。

 髭面が戻り、後から私が戻る。

 席に座ると、「お近づきに」といって隣の、髭面の男がジョッキを握ってこちらに向ける。声が、高い。

「あ、どうも」と言って私は二杯めの酎ハイを少し掲げ、一口のむ。

 これで垣根がはらわれたようになった。

 男は垣塗りの職人をしているという。明日も午前八時十五分から、儀保とT町の間らへんの、新築の家の工事があるという。

「うちは那覇にあるの。17時に作業が終わって、みんな帰ったけど、なんか、きょうは帰りたくなくて」

 と男が言う。

「そうですか。お疲れ様です」と私は言った。変な感じがした。

「あなたは、近くにお住まいなの?」

「はい、すぐ、そこです」

「ふーん」と男は言って、ジョッキに入っている、オレンジ色の、よくわからない飲み物を一口、のんだ。

「信じないかもしれないけど」と男が言う。う、ふふと笑う。ずんぐりとした体を折り曲げて、静かに笑う。

 かわいいな、と私はすこしだけ思ってしまった。妙である。

「わたしね、宇宙人なの」

 と、男が言う。

 ああ、あれか、と私は思った。違和感の正体がわかったのである。

「男に見えるでしょう」と男が言う。「わたし、女なんだよ」

 ああ、と、正体が形を変えて、私は深く完全に納得した。

「うん」と私は言った。

 男がいきなり手をのばして、私の左の小指を少し掴んだ。

 指切りげんまんのようになり、ちょっとだけ時間が止まった。

 この男?は、性転換者だろう。髭も生え、脂ぎっているが、元々は女なんだろう。Mロッコあたりで手術を受けた。それに先立って、複雑な生い立ちだ。科学は私たちを闇雲に引き摺っていくが、それでも、声は変わらない。まだ、不十分なのだ。この人は、男性ホルモンを自分で生成することはできず、注射や、服薬で補っている。自分の心に合わせるために。

「女なんだよ。信じられないでしょう」

 と男は言った。

 えっと、と私は思った。

 男は急に、私の左手を取り、しっかりと握り、作業ベルトをゆるめて、汚れたズボンの上枠から、自分の股に直接、手を導いた。

 苦茶苦茶に濡れている。

「分かる?」と男は言う。

 私は事前に知ってはいたが、女貝の感覚を実に久しぶりに指の先に感じていた。

「もう、今夜は、だれでもよくて」と男が言う。「いいの」と。

「うん」とようやく私は言う。

 しかし解せないことはある。この女は、元々女として生まれ、心とカラダが違っており、しかし周りの理解は得られる訳もなく、高校を中退し、というのも高校のセーラー服に耐えられなかったのであり、辞めてブルー・カラーとなり、金を貯めて満を持してMロッコに渡り、男と姿を変え、そして帰った成田空港で、降りてすぐに人生の悦びが爆発し、タブロイド新聞を買い、近所のビジネスホテルに一旦根を下ろし、鶯谷のK・Iの、「優しい人妻、ノーパン・ノーブラ 即尺 玄関先でごあいさつ」という広告を見て女を買い、少女時代からずっと憧れていた漫湖(まんこ)をじっくり拝み、敬してこれに武者振り付き、舐めて、舐めて舐めまわして……。

 しかし、何で私なのだ?

 私はどこから見ても男で、この、三十代ぐらいの、脂のいい感じにのった女・男にとっては、基本的には標的とはならないと思うのだが。どういうことなのだろうか。

「お前は元女なのだろう」

 と、私は言った。

 そう言いながらも、男?元女の股に手を突っ込み(突っ込まされ)しとどに濡れる女貝を分けるようにして、しかし、けして痛くならないように、気をつけて指を動かしているのである。

 元女?髭面の男はほほをほんのり赤くして、

「あ、あ、んー、はあっ、……きもち……ぃ」と云う。

「おねがいわかって、女なんだよ。わかるでしょう」と云う。

「何才なのだ」と私は言う。

 勿論、女貝をいじる手付きに休憩はない。

「あ、あっ。……ッ。39才よ」

 と元女は言う。

 というか、何かが変だ。何だか常識では割り切れないことが、ここでは起きているということが何となくだが、はっきりと分かっていた。

 

 


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