【連載小説 中篇予定】愛が生まれた日(59)太ったブーティ夫人
私は仕事柄、為替市場には常に目を光らせている。この上下を描くグラフは興味深い。その時、そのときの状況に影響され、同じ軌跡を描くことは二度とない。まあ、数百年のスパンにおいては。これを広げると時には同じこともあるかもしれない。というかこのグラフが通用しない時期の方が圧倒的に多いだろうが。
この年は不思議なとしで、まず阪神地方で大震災があった。また、東京では地下鉄の事故があり、また地下鉄でサリンがばら蒔かれた。いや、これらは別の年だったかもしれない。
地下鉄ではない地上の電車の脱線事故もあった。旅客機がビルに突っ込む事故があり、これはのちにテロ行為だと判断され報復のための戦争が起きた。
なつかしやポケ・ベル。「11、12」と若者たちはボタンを押した。このシステムは意外やいがい、現代も使われており、爆薬を仕掛けられてある特定のボタンを押すと爆発した。子どもも死んだ。らしい。
シーボルトは宮崎だか長崎だかで地図が原因でお縄になり、死刑にされた。らしい。
脂肪吸引はリスクがあるらしい。
ヒアルロン酸とは何なのか。胎盤は高く取り引きされ、水子は全世界が求めている。もともと病院だった土地には沢山の人骨が埋められているというが、人びとは火葬場よりも病院の方を有難がる。
こういう話はしたくないが、DIY的に産み落とされる赤子がいて、その殆どはすぐに死ぬ。死なされる。きっと今もいるのだろう。
未来にもいるし、過去にもいた。
東京に居た頃、ずっと持っていたテレビでは地上波が見られなくなるということだった。
「テレビ、買おうか」
とおれは雪子に言った。
「いらんよ。見ないし」
「あなたは見るでしょう。いいの」
「いいよ」
ということでテレビは買わなかった。リヴィングの主役の座にあるが、画面には何も映らず、沈黙していた。こうなると、寂しいような気もした。
食堂や居酒屋のテレビ、駅の据え付けのモニターをよく見るようになった。昔話みたいだった。現状は常に、目まぐるしく変わっていった。
画面の中はかわらない感じだった。なつかしいと思った。
あの人が死んだ。かの人が結婚した。不倫。浮気。脱税。軽犯罪。無目的殺人。通り魔的。わいせつ。強姦。迷惑防止条例。パワハラ。路地腹。はら違いのラーメン屋大繁盛。原価高騰。自殺。トリクル・ダウン。美しい国。雨の日。政権交代。普天間。強姦死と自己責任。そんな夜に出かけるなよ。誘っているような恰好をしていたのだろう。女が悪い。娘。自分勝手なこというなよ。まず税金納めてから云いな。いいかな。
本稿つづく
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