見出し画像

希生念慮ガス

「新開発!希生念慮ガス!今まで死にたいと思ったことのある人、今死にたいと思っている人はみな生きたいと強く願い人生を活きていることに深く感動し始める」

この謳い文句で発明された希生念慮ガスは、自殺率を下げるため政府によって全国的に散布されることになった。

しかしその実態は希死念慮ガスであったのである。マイナス掛けるマイナスがプラスになる要領であって、マイナスがない人にはただマイナスとして効果が出てしまった…ということらしい。

今まで希死念慮を抱いたことのない人の方が少なかったから想定通りの効果が出て居た。後の発表では本大学の文学部では9割が希生念慮ガスが効果を発揮したが、総合政策学部ではなんと六割も死者が出た。


授業終わりにTwitterでそのニュースと研究者らの見解や論文などを読み、今朝実行されたばかりの世紀の大発明の、30分前に暴かれた実態を知る。

授業を終えて教室を出る。なんか列がある。長蛇の列だった。正方形の、真ん中にトイレをこさえて教室がドーナツ型に配置されただけの棟で、なんで列ができるのだ。トイレか?列を辿ってみると、それはドーナツの外側の窓のところから始まっていた。壁の真ん中にドカンと空いた長方形から、どんどんと人が落下していくのだった、もちろん自発的に。まるでマリオのボムヘイだった。落下口の、列をなしていない側から下を覗いてみる。もう13人くらいは落下しているらしかった。そういえばここの棟は国際関係学部の教室棟だ。みんな幸せな生活を送っていたのだ、これまで。

とにかく私は次の授業があるので、幸せだった皆様にさよならをしなくてはならない。
 次の授業は基礎講読だった。同じ学部同じ専攻の人たちの、1年間固定のクラス。なんと全員出席していた。なんなら今まで欠席続きだった生徒すらも、キラキラした目で着席していた。他の人がこのガスの正体についてどこまで理解しているのかわからないが、大まかに把握している人たちとは、少し残念で悲しい連帯感を感じて、私はむしろ誇りに思った。多分みんなそうだろう。この陰気な質が、もはや集団のアイデンティティみたいなものだから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?