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屋久島旅行③

さて、ここからやっと、屋久島の旅のメインディッシュであった、トレッキングの話である。今回は白谷雲水峡から太鼓岩を目指す、往復6時間から7時間のコースを選んだ。屋久島といえば縄文杉を目指すコースが一番有名なのだが、今回は3人中3人が登山初心者ということで、比較的楽なこのコースを予約することとなった。

このトレッキングのコースを決めるのにも一悶着があった。
最初は私たちも縄文杉のトレッキングコースを予定していた。
私は4歳か5歳の時に家族で屋久島に来た事があるのだが、その時は幼かったこともあり縄文杉には行かなかった。次こそはぜひ行ってみたい、過酷なコースであるとは聞いていたが、同行者はみんな健康な成人だし、大丈夫だろうと思い、何気なく両親との電話で「そういえば屋久島の縄文杉行くんだよね、登山靴って家にある?」と聞いてみた。私は、「いいね!」とむしろ乗り気になってくれると思っていたのだが、両親の反応は予想に反して冷たいものだった。「あんたたちに縄文杉なんて絶対無理、すごいキツいんだよ?初心者が行けるところじゃないって!」とガンガンに説教され、私のやる気はすっかりくじかれてしまった。実はこの時にむくれて書いたのが下の記事である。

反対を押し切って縄文杉に行くか、それとも友人たちを説得して、より楽なコースを選ぶか。結局、往復10時間、20キロ歩くということの過酷さを想像してみたり、兄にも意見を仰いだりした結果、私は友人を説得する方を選んだ。両親に言われるがまま消極的な判断をしたようで正直自分が嫌になる部分もあったのだが、やはり、往復10時間はしんどいだろう。一緒に行く友人は気心の知れた仲ではあるものの、体力的にしんどくなると心の余裕がなくなるもので、そこで喧嘩したりしたら空気がぴりつくのが目に見えている。久しぶりに会うからこそ、せっかくなら楽しい旅にしたい。

そういう経緯があり、安牌を取るという形で、白谷雲水峡と太鼓岩のコースを選んだ。
いささか消極的な理由ではあったものの、白谷雲水峡は映画「もののけ姫」のモデルとなった森でもあり、屋久杉などの原生林を見ることができる。「屋久杉」と「縄文杉」はよく混同されるが、屋久杉とは樹齢2000年以上の杉全般を指しており、縄文杉とは1966年に発見された屋久杉の中でも最大級の個体を指す名称である。白谷雲水峡コースでも「くぐり杉」や「七本杉」などの屋久杉を見ることができる。
太鼓岩は白谷雲水峡を抜けた先にあるひらけた崖で、絶景が待っている。体力的には十分余裕をもって、屋久島らしい景色を楽しむことができる贅沢なコースだ。

天気は快晴。「366日雨が降る」と言われる屋久島にしては珍しいそうで、私たちはかなりラッキーということだ。「これは絶景が見れますよ」と言われ、期待は十分。それではトレッキングの始まりだ。

まずは白谷川の上流部にあたる沢にある、大きな岩の上を歩いていく。「憩いの大岩」という石があり、そこに3人並んでパシャリ。ガイドの方がとにかく写真を撮る方で、その膨大な引き出しからアイデアを出してくれる。少し小高いところに一人が登って、手前に一人が立ち小人を息で吹き飛ばすアレを提案してくれたり、角度やポーズを指定して雑誌の表紙風にしてくれたり。いい写真がとれると「オ~っk!!!」(本当にこう発音している)と盛り上げてくれる。

もちろん写真を撮るだけではない。少しみんなの息が上がり始めると、すぐに休憩をとって、深呼吸したり水を飲むように促してくれる。空気がきれいなので深呼吸をするのかと思いきや、単純に疲労度が全然違うらしい。都会で生活していると、どんどん息が浅くなって、疲れやすくなるそうだ。ガイドさんのペース配分のおかげで、景色を楽しみながら進むことができる。

中でも「さすがプロだ!」と思ったことは、前を行くガイドさんがところどころで「足元注意ねー」と声をかけてくれた後、「上に注目!はいドーン!!」と、視線をダイナミックに誘導することで体験を演出していたことだ。私はそのマジックに途中で気づいてしまったわけだが、むしろ感動した。ガイドさんは、観光客を最大限に楽しませるエンターテイナーなのだ。

書き口からもわかるであろうが、私は本音を言えば写真をパシャパシャ撮られるのは嫌だし、むしろ厳かな巡礼くらいの気持ちだったので、最初はガイドさんのハイテンションについていけていなかった。それが顔に出ていたのだろう、ふと愛想笑いをしたときに「すみませんね、合わせてもらっちゃって」と謝られてしまった。登山は危険が伴うので、表情に気を配るのは当たり前といえば当たり前だが、その気遣いの細やかさにそっと感動した。

また、解説もとても詳細でわかりやすい。
おもむろに「皆さん、何歳まで生きるつもりですか?」と聞かれ、「80歳」「100歳」と答える中、ガイドさんは「じゃあ私は250歳まで生きます」と言うので、あっけにとられていると、「屋久杉の寿命はそんな感じなんですよ、みんな500年くらいで亡くなってしまうのに、その2倍以上生きているのが屋久杉なんです」と説明してくれた。ちなみに縄文杉の樹齢は4000年から7200年の間と推定されている。通常の10倍である。屋久島の土壌が豊かだから、そんな飛びぬけて長い寿命の植物が生えているのかと思いがちだが、実際はその逆。屋久島は花崗岩に覆われた島であり、栄養は乏しい。だからこそ、成長がゆっくりで、樹脂分を蓄えて腐りにくい大樹に育つ。

森の見どころは屋久杉だけではない。水分を蓄えているためひんやりしているヒメシャラという木を抱いてみたり、ふわふわの苔を触ってみたり、いろいろな体験を促してくれる。森を抜けると、険しい登りが待っている。太鼓岩の直前は300メートルほど、手を使わないと登れないくらいの急な坂道が続く。ぐんぐん進んでいくガイドさんに必死で食らいつき、なんとか登り切ってたどり着いた太鼓岩からの眺めは、筆舌に尽くしがたい絶景であった。

天空に浮かぶような、標高1050メートルに突き出た太鼓岩に立ち、下を見れば足元には、紅葉し始めた複雑な色合いの緑の絨毯が広がる。屋久島の最高峰であり九州最高峰でもある宮之浦岳や、太忠岳の頂上付近に突き刺さった天柱石も遠くに見える。雲一つない快晴、まぶしいほどの太陽は視界すべてをクリアに映し出してくれた。スカイツリーより400メートルも高い場所に身一つで立つというのは、身震いするほど怖いのだが、頬にあたる風は心地よく、恐怖さえ包み込んでくれるようだった。

岩のふちギリギリまで行って座り、一人ずつ写真を撮ったのだが、自分が行くよりも他人が行くのを見るほうが怖い。登山靴はグリップが効くので、斜面でも意外と安定感があるのだが、それでも標高1050メートルである。ここまでリアルに「落ちたら死ぬ」と感じることは、この先そうそうないだろうと思った。

太鼓岩から降りて、森を抜けたところにある沢で昼食をとる。ガイドさんがうどんを用意してくれた。沢の水を沸かして、サバでだしをとった特製のうどんである。鹿児島名産のさつま揚げや、海老入りの天かすも乗っていてなかなかボリュームがあった。疲れた体に塩味が染みわたる。そして何よりも、この屋久島の大自然に囲まれて食べる食事というのはこんなにも美味しく感じるのかと驚いた。さらに食後は、ハンドミルでひいたコーヒーを、沢の水を沸かして淹れてくれた。屋久島特産のたんかんを使ったパウンドケーキがコーヒーによく合う。あまりにも贅沢なお昼ご飯だった。心地よい川のせせらぎ、熱くも寒くもないちょうどいい温度の風に、食後の眠たい身体が一体化していくようで、思わず「帰りたくないなぁ」とつぶやいた。ガイドさんは「このまま泊まっても、明後日またガイドで来るので、そしたら迎えに来ますよ」と笑っていた。

帰りたくなくても、日が落ちる前に宿に戻らなければならない。下りは行きよりもサクサクと降りていき、あっという間に登山口だ。車に乗り込んだところで、突然雨が降り始め、分厚い雨雲が山肌を蔽っていった。つくづくラッキーだ。帰りも車の中からヤクザルの群れを見ることができた。町のスーパーに寄ってもらい、夕飯を買ってから宿に到着した。

楽しいガイドさんのおかげで、すばらしい体験をすることができた。2日目も早めに就寝し、明日に備える。3日目は安房川でのリバーカヤックをしてきたので、その様子を書こうと思う。

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