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手紙社リスト映画編VOL.3 「キノ・イグルーの、観て欲しい『世界のリゾート』な映画10作」

あなたの人生をきっと豊かにする手紙社リスト。今月の映画部門のテーマは、「世界のリゾート地」。その“観るべき10本”を選ぶのは、マニアじゃなくても「映画ってなんて素晴らしいんだ!」な世界に導いてくれるキノ・イグルーのおふたり。5本ずつ、お互い何を選んだか内緒にしたまま、ライブでドラフト会議のごとく交互に発表しました!

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お時間の許す方は、ぜひ、このYouTubeから今回の10選を発表したキノ・イグルーのライブ「ニューシネマ・ワンダーランド」をご視聴ください! このページは本編の内容から書き起こしています。

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−−−まずは恒例のジャンケンで先攻・後攻が決定。勝ったのは2か月連続有坂塁さん(以下・有坂)。定石通り先攻を選択し、後攻は渡辺順也さん(以下・渡辺)に。中学から約40年来の付き合いだという2人は、月1で映画トークを配信できることに幸せを感じてくれていました。今宵も2杯目のビール片手にスタートです!

有坂セレクト1.『ぼくの伯父さんの休暇』
監督/ジャック・タチ,1952年,フランス,87分

渡辺:出たー! 絶対来ると思った(笑)。
有坂:そう(笑)、これ早めに出しておかないとと思って。これは、ジャック・タチの監督・主演作になります。これは、同じ喜劇人としては昔チャップリンとかバスター・キートンとかいましたけど、そういう人たちを観て影響を受けた、次の世代の喜劇人がジャック・タチかと思います。一番有名な映画は『ぼくの伯父さん』というですね、ウルトラ・ハイパー・モダンな住宅を舞台にした面白いコメディーがありますけども、その『ぼくの伯父さん』よりも前に作った映画なんですね。モノクロで作った作品です。ブルターニュ地方のサン・マール・シュル・メール(Saint Marc sur Mer)というところを舞台にしたバカンス映画ですね。監督も主演もしているジャック・タチが、「ムッシュ・ユロ(Monsieur Hulot)」つまりユロ伯父さんというキャラクターを作り上げて、その後の『ぼくの伯父さん』だったり、『プレイタイム』っていう映画でも彼が演じていくんですけども、そのユロ伯父さんがですね、静かなリゾート地の海辺に行って、そこで周囲の人たちを巻き込んで騒動が起きるっていう……だけの映画。
渡辺:ドタバタコメディーだよね。
有坂:ほんとにね、小ネタのオンパレード。
渡辺:ふふふ。
有坂:多分ね、今の人が観ると、ちょっと退屈って感じる人もいる。で、何でそう感じるかっていうと、ジャック・タチの映画って、1つの画面の中にユロ伯父さんを中心にいろんな人が出てくるんですけど、良く観てないとその小さなギャグになかなか気づけないんですよね。
渡辺:うんうん。
有坂:で、今の僕たちが例えばテレビ見る時って、笑いのオチの台詞とかもテロップで出たり、けっこう過剰に説明されている映像に慣れている。そういう目で観ると、最初は戸惑う人もいるかと思うんですけど……
渡辺:そうね、うん。
有坂:ただ、与えられる情報を楽しむだけじゃなくて、受動的にじゃなく、こちらから面白さを発見していくっていう快感を覚えてしまうと……もうね、あなたはジャック・タチの虜、間違いなし! だと思います。そしてタチっていう人は、すごく趣味人。本当に彼はお洒落だし、笑いにも品があるし、あと音楽? 音楽だけじゃなくて映画の中で使われている効果音にもすごくこだわっている。徹底的にこだわって映画作っている人なので、「完璧主義」って言われていて、どうやら撮影現場はピリピリしているらしいんです(笑)。
渡辺:(笑)
有坂:ところが、完成した作品を観てみると、そんな緊張感は皆無。
渡辺:ね。
有坂:ほんとにこの『ぼくの伯父さんの休暇』なんかは、そのバカンスのゆったりした時間をそのまま映画化したような作品なので、全編にわたって長閑(のどか)だし、90分弱の時間で何度もテーマ曲がね、ヴォーカルの入っていないインストのテーマ曲が繰り返し流れるんですけど、それも含めてどんどんあの映画のバカンスの時間に自分がのめり込んでいくっていうタイプのコメディー映画です。
渡辺:めっちゃユルいもんね。
有坂:ユルいねぇ。多分、想像している以上にユルい。
渡辺:あとこの当時、52年? のフランスのバカンスの風景が観られるっていうのも貴重かな、って思います。
有坂:そうだね。
渡辺:水着とかも、男なんだけどワンピースみたいなね。
有坂:そうそうそう!
渡辺:しかもボーダーで、ああいうの、なかなか今では珍しいよね。
有坂:ボーダーでね、可愛いんだよね、あれがね。あとタチのさ、笑いって例えば、ドアの開け閉めの音? 「ビヨーン、ビヨーン」とか……
渡辺:「ギー、ギー」とか。
有坂:そうその音をギャグに使ったりとかして、けっこう笑えるんですけど、映画終わって日常に戻って同じシチュエーションと出会った時に、フッと笑っちゃったりね。なんか、いい意味で日常に笑いを届けてくれるような映画が、ジャック・タチの作品で、そんな彼の「バカンス映画と言ったら」の代名詞的な作品がこの『ぼくの伯父さんの休暇』です。はい、これはもう先にね、言われる前に紹介しておかなきゃということで、1本目に選びました。ぜひ観てみてください。
渡辺:そう来るよね。これはぜったい塁が挙げてくると思った。

渡辺セレクト1.『太陽がいっぱい』
監督/ルネ・クレマン,1960年,フランス・イタリア,122分

有坂:おーお、そっちか。
渡辺:はい。こちらも同じくフランス映画で、主演はアラン・ドロンですね。名作なのでけっこう知ってる人も多いかと思うんですけど、舞台で言うとイタリアなんですよね。ナポリです。ナポリはそう、港町で、そこからちょっと船で行ける島みたいなところが舞台だったりします。ほんとリゾート地で繰り広げられる話なんですよね。これはすごいお金持ちのボンボンがいてですね、で、このリゾート地で遊び呆けているんですけど、それを「呼び戻してこい」って言われた貧乏青年がその金持ちの青年に会いに行ってっていう。その2人のやりとりの話で、この貧乏青年のアラン・ドロンが、金持ちのボンボンのセレブな暮らしに付き合わされていくうちに段々羨ましくなっていくんですね。それでなんと完全犯罪を思いついてしまうという、そういうサスペンス。このアラン・ドロンが計画を思いついてしまってから実行に移そうとしていくその過程とかがけっこうスリリングに描かれつつ、それまでのボンボンが遊び呆けている風景っていうのが、まさにバカンスというかリゾートをですね、満喫している上流階級の金持ちっていう感じ。リゾートを満喫しているっていう感じの映画だったりするんですよね。あと、アラン・ドロンがとにかくめちゃくちゃカッコいいんですよ。
有坂:うんうん。
渡辺:で、段々着飾っていったりするので、服装とかも何て言うか、こう、南の島に行ったリゾート的なファッションになっていったりとか。段々ボンボンの金持ちの服を勝手に着出したりとかするんですけど、それがまためちゃくちゃ似合ってるんですよね。
有坂:絵になるよねぇ。
渡辺:ほんとに絵になる、ほんとに。で、作品としても素晴らしいので、もう名作として語り継がれています。原作もパトリシア・ハイスミスっていう、著名で色んな原作を手がけている人だったりして。この作品はサスペンスとしても面白いんですけど、なんかその“BL(=Boy's Love)”としても語られていてね……
有坂:そうそうそう、淀川長治さんが……
渡辺:そう初めて指摘したっていう! 当時の1960年代には日本でも公開されたんですけど、誰もそんなことは言ってなかったんです。でも実は男性同士のラブストーリーがあったんじゃないかと。そういう話ではないんですけど、そういう風に読み取れる、と。その説を初めて唱えたのが、映画評論家で日曜洋画劇場の“サヨナラおじさん”こと淀川長治さんだったんですよね。当時は淀川さんくらいしかそんなことは言ってなかったらしいんですけど、ほんと最近ですよね、また淀川説が再評価されるようになり。パトリシア・ハイスミスっていうのは女流作家なんですけど、彼女も実は同性愛者だったっていうのが後々わかってきたりして。彼女の時代はストレートな表現ができない時代だったので、そういう秘めた思いを文学として発表していたということもわかってきて。だから、さすが淀川さん!
有坂:さすがだねぇ。
渡辺:淀川さん自身もゲイっていうことなので、そういう部分には敏感だったっていうところもあるとは思うんですけど。それにしても映画評論家として超一流なので。日本で唯一気づいていたくらいの。
有坂:映画評論家の人ってね、表面的な部分だけじゃなくて、その「実はこういうメッセージが込められている」っていうことを如何に読み取れるかっていうところがすごく求められているっていう中で、やっぱり淀川さんはね、この逆風の中で「間違いない」って言い切ってたことが真実だったっていうね。それが話題にもなった作品だね。
渡辺:それが無くても名作として評価されていたのに、さらに色んな側面から評価できる、そしてリゾートも満喫できるという。まだ観てない方はぜひ、この機会に。
有坂:いやぁ羨ましいな、これから観られるって。
渡辺:ね。とにかくアラン・ドロンが超イケメンで、それだけでも楽しめるし。
有坂:あとこれもう一つね、リメイクもされてるよね。
渡辺:そうね! 『リプリー』。
有坂:ジュード・ロウとマット・デイモンに役が代わってリメイクもされてるので、『リプリー』についてはここでは話しませんけど、ぜひこの『太陽がいっぱい』と、リメイク版と見比べるとね、また映画の深み違いだったりとか、いろいろ見えてくるから面白いかな、と思います。
渡辺:マット・デイモンはこれでブレイクしたよね?
有坂:『グッド・ウィル・ハンティング』じゃない?
渡辺:あ、まあね。それで出てきて、あれ(リプリー)でスターになったっていうね。
有坂:だってね、ジュード・ロウすごい勢いあった頃だったけど……
渡辺:食っちゃったもんね、完全にね。ジュード・ロウがスターだったのに。
有坂:そうだね。
渡辺:それも併せてぜひ、楽しんでみてください。

有坂セレクト2.『太陽の下の18才』
監督/カミロ・マストロチンクエ,1962年,イタリア,95分

渡辺;おほほ、出たー(笑)。
有坂:太陽つながりで(笑)。これは順也に絶対挙げられたら困る映画。
渡辺:今やってるからね!
有坂:そう、今タイミング良くリバイバル上映されてて。僕が初めて観たのは90年代、シブヤ系全盛期の頃に渋谷のシネセゾンでリバイバル上映された時で、その時依頼のリバイバル上映がまさに、今(6/29)されてます。映画館どこだっけ?
渡辺:ええとね、ヒューマントラストシネマ渋谷。
有坂:渋谷ね。確かこれ配信はしてないから、劇場で観るなら今ですね。
渡辺:アップリンクでやるんじゃないかな? 確か、このあとアップリンクで公開されて全国順次公開されるはず。
有坂:この映画は、舞台はイタリアのイスキア島という所です。もうね、さっきの『ぼくの伯父さんの休暇』もそうなんですけど、この映画もイスキア島にバカンスに来た人たちの、何だろう、こう、能天気にですね、歌って踊って酒飲んでみたいな、ユルーいバカンスの時間をそのまま真空パックしたようなユルーく楽しめるタイプの映画です。「青い海、青い空、能天気な男たち!」みたいな(笑)。ほんとに今のこのピリついた時代から見ると、本当に平和な時代だなって全身で感じられるような、素晴らしい1本です。
渡辺:カトリーヌ・スパーク、ね。
有坂:そうなの! カトリーヌ・スパークっていう女優さんのための映画って言ってもいい。ある意味、バカンス映画でありながら、アイドル映画。アイドル映画としても抜群の出来だと思います。
渡辺:カトリーヌ・スパーク自身はフランス人なんだよね?
有坂:そう、フランス人。お父さんが映画の脚本家、シャルル・スパークっていう人で、まあ、その娘ということで、元々映画人の中に繋がりのある人で、イタリア映画で……確かこの映画でデビューしたんじゃないかな? とにかくカトリーヌ・スパークの可愛らしさを前面に出した作品で、このジャケット写真に映ってますけど、こういった60年代のファッションと、あとこれ音楽が良くて、音楽がエンニオ・モリコーネなんですよ。『ニュー・シネマ・パラダイス』とかの。で、モリコーネが巨匠になる前にこういったバカンス映画、お気楽な映画のツイストミュージックとか、踊る、ね、ミュージックを作っていて。そのダンスシーンがこの映画の最大の見どころ。
渡辺:うん。
有坂:カトリーヌ・スパークと、彼女に恋をした男が踊ってるんですけど、踊っている場所っていうのが、海をバックにしたような「ザ・リゾート地」みたいな環境で、これよーく観て欲しいのが、カトリーヌ・スパークと踊っている男との間にね、小さい男の子が腰振って踊ってるの。これが超かわいい!
渡辺:あはは(笑)、いるよね、わかるわかる。
有坂:本当にそこに気付けるかどうかでこの映画の価値が変わるんじゃないかっていうぐらい。すごい可愛らしいイタリア人の男の子もダンスしている、能天気な、お気楽なバカンス映画です。なんかでも、「こういうバカンスを自分も体験してみたいな」って心から思えるような作品で、これ僕が初めて観たシネセゾン渋谷の時に、カトリーヌ・スパークの3本立て上映っていうのをオールナイトでやったことがあるんですよ。『狂ったバカンス』『太陽の下の18才』……
有坂・渡辺:『女性上位時代』。
有坂:これ観に行った時に、当時ってね、映画館に集まる人って、どっちかっていうとほんとに「俺映画好きです」みたいな、ちょっと気難しそうな人が多かった。スター・ウォーズのTシャツ着てるんだけどこの辺(首まわり)がヨレヨレでクタクタになってて、もう人の好きな映画を全力で否定してくるような……
渡辺:ははは、ディスるね(笑)。
有坂:そういう人ばっかりじゃないですけど(笑)、事実あったんです。だからなんか映画館って伸び伸び楽しめる空間じゃないな、って思ってたんですけど、そのカトリーヌ・スパークのオールナイトの時は、映画の中に出てくるような60年代が好きそうな、
渡辺:ね、お洒落な女子たちが。
有坂:男子女子が集まって、その朝までの時間をみんなで楽しもうっていうね、すごいポジティブな時間だったのね。あれはけっこう僕の映画体験としてもでっかくて、こういう前向きな楽しみ方を映画の世界でもやっていきたいな、と思うきっかけにもなった1本でもあるので、ぜひ、みなさん劇場に足を運んで、夏も近いので観ていただけたらと思います。
渡辺:そのシネセゾンのオールナイト、俺も一緒に行ってるよ。
有坂:え、行ってないよ!
渡辺:行ってるよ!
有坂:いや、行ってない(笑)!
渡辺:だってお前に誘われたんだもん(笑)! すっごい覚えてるよ。
有坂:……記憶にないな(笑)。
渡辺:いやいやいや(笑)。で、僕も衝撃だったんですよね。すごいもう「お洒落女子しかいない」みたいなところで、この白黒のね、60年代の映画にこんなに人が集まるんだとか。普段映画観なさそうなさ、お洒落な人たちが集まっているっていうね。まあ、あの時代のカルチャーとして、昔の映画を楽しむっていう文化がさ、あったかもね。……行ってますよ。記憶から消さないでもらっていい?
有坂:頑張って思い出してみますよ(笑)。

渡辺セレクト2.『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』
監督/ヴィム・ヴェンダース,1999年,ドイツ・アメリカ・フランス・キューバ,105分

有坂:おー! ふーん。
渡辺:太陽繋がりというか音楽繋がり、ですかね。舞台はキューバです。キューバのハバナでドキュメンタリー映画なんですけど、監督はヴィム・ヴェンダース。ヴェンダースの友人のライ・クーダーっていうミュージシャンが、キューバのミュージシャンたちとセッションをしたっていうのが過去にあって、そのキューバのミュージシャンたちをまた訪ねたいっていう旅にヴェンダースが同行したっていうドキュメンタリーなんです。そのキューバのミュージシャンたちが、みんなお爺ちゃんなんですよね。お爺ちゃんなんだけど名匠って言われるようなベテランのミュージシャンたちで、ハバナの町を訪ねながらカフェとかで会ったりして、ちょっとしたライブとかが始まったりするんですけど、とにかく音楽がめちゃくちゃいい! ハバナの町、ご存知の方もいると思うんですけど、キューバって社会主義国でアメリカとかとの貿易が遮断されてたりするので、時が止まったような町なんですよね。アメ車の昔のクラシックカーとかが普通に走ってるので、めちゃくちゃ異世界。その街並みに、キューバの音楽と太陽の陽射しとか。リゾート地としてもハバナは有名ですけど、なんかあの異世界感と良質な音楽、それが両方同時に味わえるっていうのがこの作品。当時、僕はシネマライズっていう映画館で観たんですけど、
有坂:観た観た。
渡辺:渋谷のミニシアターブームの時にやってて、「こんな映画あるんだ!」っていう。音楽ドキュメンタリーっていうのも珍しかったんですけど、しかも「キューバ」「ハバナ」っていう完全に異世界の雰囲気と良質な音楽を劇場で同時に浴びせられるっていう割と衝撃的な作品だったんですよね。で、ハバナって今でもクラシックカーが走る町として有名な観光地だったりするんで、これすごい、リゾート映画っていう切り口でも面白いなって。
有坂:いや、それ全く選択肢に無かったね、自分の中でブエナ・ビスタは。リゾート映画として。
渡辺:これは被んないだろうな、とは思っていたんだけど、万が一取られたら嫌だなって。早めに出しました(笑)。
有坂:これ実ははあの、一昨日僕がひとりでやったインスタライブで、『アメリカン・ユートピア』ってデヴィッド・バーンの映画に僕が感動しまくって、音楽ドキュメンタリーって切り口で1時間色んな映画を紹介した中でブエナ・ビスタの話もしたんだけど。
渡辺:ふんふんふん、そうか。
有坂:僕はシネマライズで観た時に、やっぱりキューバ音楽、コンパイ・セグンド(劇中に登場する歌手)とか、初めて耳にするような音。あと「こんなカッコいいお爺ちゃんがいるんだ」とか、知らないカルチャーを知れたとか、色んな感動に包まれて、もう、この感動の余韻をまとったままパンフレットが読みたい、と。で、なるべく余韻が消えないうちにカフェに行こうと思って「人間関係」っていう、渋谷のスペイン坂に昔からの喫茶店があって、そこなら近いからそこに逃げ込もうと思ったら、劇場出た瞬間に、あのー、ギャル2人が僕の前を通って、そこで彼女たちが言ったひと言が「あいつ、マジ超ムカつく」。で、その言葉が僕の中にスッと入ってきた瞬間に、映画の余韻が全部消えたの。
渡辺:はっはっはっはっは(笑)
有坂:もうやりきれなくて……。でも彼女たちが悪いわけじゃないし、「今映画館って入れ替え制だから、余韻をどこかに持っていかなきゃいけないっていうこのシステムが間違っているんじゃないか」とか……
渡辺:はははは(笑)
有坂:なんか色々と考えて。なので、自分がイベントをやるときは、余韻の時間まで含めて映画の時間だっていう考え方でイベントを作る。まあ、そのきっかけになったので、そこはありがたいなって(笑)。
渡辺:ギャルの。
有坂:そう、ギャルのおかげで。それも含めてブエナ・ビスタは特別な映画で。
渡辺:うん。
有坂:続編もね、公開されて。
渡辺:そうですね。これもまだ観てないっていう人がいたらもう、めちゃくちゃおすすめなので、ぜひ観ていただきたい。

有坂セレクト3.『50回目のファースト・キス』
監督/ピーター・シーガル,2004年,アメリカ,99分

渡辺:ああー。
有坂:アダム・サンドラーとドリュー・バリモアが共演したラブ・コメディーです。この映画の舞台はハワイですね。日本でもね、長澤まさみと山田孝之でリメイクされてるので、そっちで知ってるっていう方もいるかと思うんですけど、オリジナル版はこの2004年のアメリカ映画です。これはハワイの水族館で働いてるアダム・サンドラー、彼が本当にイイカゲンな男で、お客さんに声かけてナンパしたりだとかして過ごしていたところ、カフェで働いてたドリュー・バリモアに一目惚れして、彼女にゾッコンになるんです。だけど彼女自身は過去の事故の後遺症で記憶障害になってるんですね。記憶が1日ずつ消えていってしまう。なので、アダム・サンドラーと出会ったっていうことも1日経つと忘れてしまう。っていう2人のラブ・ストーリーです。で、割と題材的にはシリアスなところもあるんですけど、この映画の良いところは、そういった2人をすごく明るく描いている。舞台がハワイであるっていうところもこれ本当に大事で、すごく燦々と降り注ぐ太陽の光とか、あとビーチ・ボーイズの曲とかがかかるんだよね。
渡辺:うんうん。
有坂:「ベタやろー」っていうぐらい王道な感じなんですけど、ただそのベタベタな中で描かれる内容にちょっとシリアスな内容があるという、このバランス感覚がすごく優れた映画だなって個人的には思ってます。で、『50回目のファースト・キス』っていうこのタイトルに、何かグッときた人は間違いなく観た方がいいと思いますし、ちょうど今朝僕がインスタのストーリーでこの映画とは全然違う投稿したんですけど、それが結婚の事実を忘れてしまったアルツハイマーの男性が、妻と再び恋に落ちるっていう実際にアメリカであった話を、CNNのウェブで紹介されていたもので、それがこの『50回目のファースト・キス』とリンクするような内容で素敵だな、ということで今日ちょっと紹介してみました。
渡辺:なるほど。
有坂:海を見渡せる絶景スポットが出てくるわ、美しいビーチも出てくるわ。なかなかね、今年の夏旅に行けるかどうか、まだわかりませんけど、行けなかったとしても、この映画を観ればリゾート気分が味わえること間違いなしかな、と思いますので、ぜひ観てみてください。
渡辺:うーん、これ来ましたか。
有坂:これ候補入ってなかった?
渡辺:いや、ハワイゾーンとしてリストアップしてた。やっぱりハワイってけっこうあるからね。そうですか。長澤まさみじゃなくて?
有坂:じゃなくて(笑)。これね、恵比寿ガーデンプレイスでのピクニックシネマでも上映したことあるよね。いい雰囲気だったよね、夏の夜に。

渡辺セレクト3.『めがね』
監督/荻上直子,2007年,日本,106分

有坂:ああー。
渡辺:これは観たことある人も多いかもしれないんですけど、『かもめ食堂』の荻上直子さんの作品です。これもまあ超絶ユルい、バカンス映画といいますか。舞台は与論島、鹿児島県の。沖縄本島の近くなんですけど、映画の中では確か“南の島”みたいな特定の場所とかではなかったと思います。これは主人公の小林聡美がちょっと実生活に疲れて、小休止、リフレッシュのための旅行で訪れた南の島での話という感じです。バリバリ仕事してた人が「休みたい」って思って訪れてはいるんですけど、島の人たちのあまりのユルさに、なんかこう「ユル過ぎだろ!」みたいな、そういうやり取りをしながらも徐々に島の人たちの雰囲気に感化されて、自分を見つめ直していくっていう話だったりするんで、「なんか疲れちゃった」っていう人はたまに観返してみると、落ち着けて良い作品なんじゃないかな、と思います。雰囲気も、例えば道を聞いたら「ここから5分行ったところ」とか「ここから1キロ走ったところ」とかいう感じじゃなくて「ここを真っ直ぐ行って、さすがにそろそろ行き過ぎかなって思ったところを右」みたいなそういう例えなんだよね。
有坂:ふふふ(笑)。
渡辺:そういうユルさとか、あと、朝ラジオ体操みたいな「メルシー体操」っていうのをね、
有坂:メルシー体操ね。うんうん。
渡辺;みんなでやるんですけど、メルシー体操したくなるよね?
有坂:ね。あの音楽もいいよね。
渡辺:ね。ユルい感じの。なので夏休みとかね、朝観て「ちょっとメルシー体操してみようかな」とか、そういう感じの1日っていうのもまったりと過ごせるんじゃないかな、と思います。で、やっぱり荻上監督の作品なので、料理とかも飯島奈美さんが監修されていて、美味しそうな朝食の目玉焼きだったりとか、そういうのが漏れなく出てきますので。この辺は荻上監督が好きな人だったらもう決まりの感じだとは思うんですけどね。今回日本映画で1本挙げてみたいなと思った時に、リゾート作品だったら『めがね』が良いんじゃないかなと。
有坂:ぶっちぎりだよね。
渡辺:ね(笑)。これ多分どこか動画配信とかやってたと思う。
有坂:お、コメント「夏になるから再び観たいなと思いました」だって。
渡辺:うんうん。やっぱこれ観たことある人多いかもね。
有坂:『かもめ食堂』か『めがね』か、どっちが好きですか? って聞かれたらどっち?
渡辺:えー? 俺は「かもめ」かなぁ。
有坂:『めがね』紹介しておいて?(笑)
渡辺:しておいて(笑)。すみません(笑)。
有坂:(笑)。俺は『めがね』なんだよね。
渡辺:俺ヘルシンキ行ったりしてるから、ちょっと思い入れあるのかもね。
有坂:俺与論島行ったことないんだけど(笑)。『めがね』の方が好きかな。『めがね』の方がより何も起こらないんだけど、何も起こらないなりに映画の中にグルーヴ感を感じて、プツプツってエピソード間で切れないというか。『かもめ食堂』はどっちかっていうと面白いエピソードがプツ、プツって入っている印象があるんだけど、『めがね』はなんかそのグルーヴ感がリゾート地にいる感覚にさせてくれるような。映画としてすごい実は繊細に作ってるんじゃないかなって思います。
渡辺:なるほどね。
有坂:小林聡美さんとトークショーしたね。
渡辺:そうだよー。
有坂:なぜか。
渡辺:ね。俺もこれピックアップしながらすごい思い出してた。そうなんです僕たち大阪のイベントで『かもめ食堂』を上映したことがあって、そのスペシャルゲストが小林聡美さんだったっていう。で、キノ・イグルーと小林聡美でトークショーするっていう。
有坂:「キノ・イグルーって誰だよ」っていう(笑)。
渡辺:そうね(笑)、信じられないような企画がね。
有坂:ありましたね。本当にあのまんまの飾らない感じの素敵な方で。僕は誕生日が同じなので、それでひと盛り上がりしたり(笑)。
渡辺:そうだったね(笑)。

有坂セレクト4.『君の名前で僕を呼んで』
監督/ルカ・グァダニーノ,2017年,イタリア・フランス,132分

渡辺:うわー! 来ましたねー。
有坂:この映画好きな人も多いんじゃないかと思いますが、舞台はイタリアのロンバルディーア州というところになっています。1983年ていう設定のお話なんですけど、17歳の青年と24歳の男の人の、何ていうんでしょう「刹那的な愛の物語」とでもいうんでしょうか。生涯忘れられないような恋を描いた作品となります。青春映画っていうのかな。これが、ルカ・グァダニーノっていう『サスペリア』もリメイクした監督が作ったんですけれども、やっぱり彼はすごく美意識の高い人で、何でもないような……今、物語を説明しても「2人の青年のひと夏の恋物語」で済んじゃう内容を、どれだけ映画として膨らませられるか。それは監督の美意識っていうものがすごく大事になってくる。それを証明した1本だなと思います。とにかく映像は終始美しいし、やっぱり北イタリアの風景がとにかく素敵。あと出てくる別荘? この別荘が17世紀に建てられた建物らしくて……
渡辺:うん。
有坂:この別荘を監督は知人から紹介されて、しかも映画とは一切関係が無く「好きだと思うよ」って誘われて見に行って、めちゃくちゃ心動かされ「この土地買っちゃおうかな!」と思ってたまま時は過ぎ、しばらく経ってから巡ってきた脚本を読んだら、あの北イタリアの買いたかった土地、あそこを舞台に撮りたいと思って、脚本の設定は違う場所だったらしいんですけど、監督の中ではあの北イタリアが良いってことで、交渉して実際あの場所をロケ地として使ったそうです。
渡辺:なるほどー。めちゃくちゃいい所だもんね。
有坂:あれはねー。
渡辺:しかもさ、音楽すごくいいじゃん?
有坂:そうそうそう。音楽が……
渡辺:あの景色にあの音楽が乗せられたらねぇ。「行きてぇ〜」ってなるよね。
有坂:音楽、スフィアン・スティーヴンスね。しかも書き下ろしだからね。
渡辺:あ、そうなんだっけ?
有坂:そうそう。「ミステリー・オブ・ラブ」ね。書き下ろしのスフィアン・スティーヴンスの曲がとにかく最高だし、坂本龍一の曲があったり、あとバッハの曲が使われてたり。
渡辺:あの時あのサントラばっか聴いてたもん。
有坂:そうだよね。映画観た人で「サントラ買った」っていう人けっこういたからね。だからその、物語だけではなくて、世界観をいかに作り込むかっていう意味では、ここ10年でも屈指の作品だと思います。
渡辺:そうだね。
有坂:それはキャスティングにも言えることで、主演のティモシー・シャラメもね、この映画でブレイクして。彼がこう窓際でね、窓をオープンにして本を読んでいるとことか、もう絵画のように美しいワンシーンがあったりとか。本当にもう観ていて気持ちいいし。だけど、なんて言うんだろう、光も綺麗だから、夏のなんかキラキラした眩しさ? 「あー、気持ちいいな」っていう気持ちと同時に、寂しさもちょっと感じるような映像、内容だったりするので。なんか夏の終わりに感じる悲しさって、本当にこれはもう万国共通だと思うんですけど、それを映像で表現しているっていうところも素晴らしいな、って個人的には。
渡辺:そうだよね、うんうん。ひと夏のね、話だしね。
有坂:そうそう。だからこれは劇場でやったら、また観に行きたいなって思う1本で。この映画はリバイバルとかまだやっていないんですけど、この監督の新作が配信で観られるんだよね? 『僕らのままで〜』。
渡辺:ああー! ドラマね。
有坂:そうそうそう。
渡辺:そうそう、めっちゃいいらしいよ。
有坂:俺まだ観てない。スターチャンネルとアマゾンプライムとかでも観られるのかな? これもファッションも良いし、やっぱり映像も綺麗だし、あの監督節が炸裂しているらしいので、ぜひこのドラマも併せてね。
渡辺:観たい。すごい観たいんだよね。
有坂:これ、1本目とかに来るかと思ったんだけどね?
渡辺:これね。そう、被るかなと思って、サブにしてました。

渡辺セレクト4.『恐竜が教えてくれたこと』
監督/ステフェン・ワウテルロウト,2019年,オランダ・ドイツ,82分

有坂:ああ、ああ、ああ。
渡辺:これ被んないだろうなと。これは去年、2020年上映の映画かな。これは夏休みのバカンスでリゾートの島に行ったっていう家族の話なんですけど、主人公が10歳の少年なんですよね。このサムだったっけな。男の子です。で、この男の子が面白くて、家族の中でも末っ子なんですけど「僕は末っ子だから多分一番最後に死ぬから、僕は独りぼっちになってしまう」っていう(笑)。だから孤独に耐える練習をしなきゃって思っている少年なんですよ。
有坂:かわいいね。
渡辺:で、夏休み家族でバカンスで旅行するんですけど、この少年としては「孤独に強くなる」というテーマを持ってひと夏を過ごそうという(笑)。この少年が現地で一個上の女の子に会うんですね、テスっていう。で、この子と過ごす夏休みっていう話になっていくんです。これまたこの女の子も変わった子で。この子は島で実家がホテルというか民泊のようなものをやっていて、シングルマザーの母子家庭で育ってきたんですけど、「死んだ」って聞かされてた父親が実は生きているっていうのをフェイスブックで見つけてしまって、知らないふりして連絡取って「あなたにこのリゾート地の宿が3泊分当たりました」みたいな連絡を勝手にして、それでお父さんを自分の家に呼び寄せようっていう計画を立てている女の子(笑)。
有坂:ふふふ。
渡辺:この孤独に耐えようという男の子とお父さんを呼び寄せようっていう女の子、2人の物語。これが友情なのか初恋なのかみたいなところもありつつの、それぞれが変わった思考をもった子どもたちだったりして。ちょっとドタバタコメディー的なところもありながら、結局色々なことがあるひと夏を過ごして、少年として成長するみたいな。そういうイイ話なんです。もう、これなんかすごい小粒の作品で公開規模もめちゃめちゃ少なくて、あんまり知られていないんですけど、作品としてはめちゃくちゃ面白いんですよ。だからこれはこの機会に気になった人はぜひ観て欲しいと思うんです。舞台もオランダの島でリゾート地として有名な所らしく、僕は初めて知ったんですけど、それも環境としてもすごく良いですし。元々原作が有名らしいんですよね。それの映画化として描かれた作品です。監督もこれが長編デビュー作ですね。全然キャリアの無い人なんですけど、1作目でこれを作れてしまうっていうところで、次回以降もめちゃくちゃ気になる監督です。
有坂:うーん。これはノーマークでした。何か子どもが1人で思い込んでるっていう映画って面白いよね。設定だけ見ると「いやいや、そんなこと思っちゃって」って思うけど、自分が小さい頃を本当にリアルに思い出してみると、ちょっとしたことにすごく不安を感じていたりとかあって。そういうのを思い出させてくれるきっかけにもなる作品だよね。
渡辺:なんか子どもならではの思考なんだよね。で、タイトルも、この少年が「絶滅した時の恐竜、最後の1匹は自分が最後だってわかってたのかな?」なんてことを考えているところから付いてるんですよね。孤独になるっていうことに恐怖がありつつ、それについて考えている。子どもならではというか、子どもだから勝手に心配してることっていう部分。そういう心理を上手く突いたタイトルだったり。そういうエピソードによってこの少年がどういう子なのかがわかったりとか。その辺もすごい面白い作品だと思います。
有坂:子どもの物語って名作多いじゃん? 『マイ・フレンド・フォーエバー』とかね。
渡辺:そうねー。

有坂セレクト5.『MR.ビーン カンヌで大迷惑?!』
監督/スティーヴ・ベンデラック,2007年,イギリス,89分

渡辺:あーあ、なるほど。
有坂:これはもうね、フランスのリゾート地カンヌを、まあ舞台にしたというかカンヌを目指すロードムービーですね。イギリスから出発してカンヌまで旅をすることになったMR.ビーンと、親とはぐれてしまった少年と、2人のロードムービーになります。で、「MR.ビーンはちょっとなー」っていう人ももしかしたらいるかもしれません。僕自身も、実はMR.ビーンってけっこう苦手で、この映画が公開されたのが2008年なんですけど、当時は観てなかったんですよ。でも、観た人観た人、MR.ビーンファン以外も絶賛してて。さらに聞いていくと、どうやらMR.ビーン自体が今日僕が1本目に紹介したジャック・タチにものすごい影響を受けてて、演じるローワン・アトキンソンって人がジャック・タチの影響を受けて自分なりに芸を追求した結果がMR.ビーン。だからジャック・タチが作り上げたユロ伯父さんを彼はMR.ビーンという名前で作り上げたっていうぐらい影響を受けているそうです。
渡辺:うーん。
有坂:で、この『カンヌで大迷惑!?』っていう映画は、ビーンのいわゆる顔芸……顔芸こそ苦手なんですけど、MR.ビーンの(笑)、その顔芸とかもちろんありながら、これロードムービーとして面白いんですね。イギリスからカンヌを目指すロードムービーとしても面白いし、あと伏線回収型のコメディーとしても本当に良くできている。だから『カメラを止めるな!』とかに感動した、伏線回収型の好きな人は絶対に観た方がいい1作だと思います。
渡辺:うんうん。
有坂:今日1本目で紹介した『ぼくの伯父さんの休暇』と同じジャック・タチが監督した『のんき大将〜』っていう映画へのオマージュもけっこう散りばめられています。このDVDのジャケットにもなっている自転車に乗っているシーンとかは、ジャック・タチの『のんき大将』をオマージュして、ひとつのシーンを作っています。なので、観比べる面白さもあるかな、と思いますので、ぜひ。食わず嫌いをしてしまうには勿体ない。これもキノ・イグルーのね、恵比寿ガーデンプレイスでのイベントで上映したんですよ。で「どっちに転ぶかな?」と正直思ってて、「ガーデンプレイスでMR.ビーンってどうなんだろう?」って人がいるんじゃないかと思ってたら、かなり1,000人ぐらい集まって、もうね、笑に次ぐ笑で、本当にね、笑いの渦が見えました。
渡辺:大爆笑だったよね!
有坂:すごかったよね、響き渡ってたよね。
渡辺:やっぱり1,000人みたいな人数が集まるっていうのもすごいですし、その人数が同時に笑う時の圧とかね。グルーヴ感みたいのがすごかったんですよね。
有坂:あれはすごかったねー。だからMR.ビーンの力を思い知らされたというかね。僕らも。
渡辺:本当に腹抱えて笑っている人いたし。
有坂:いたいた(笑)。終わってからすごいお礼言われたもん「上映してくれてありがとうございます」って。
渡辺:あー。あの雰囲気で観たら、やっぱ2倍3倍に楽しいからね。
有坂:うちらも楽しかったもんね。
渡辺:楽しかった! 「こんな面白かったっけ?」みたいな。みんなで観るとより面白いかもしれないね。
有坂:でも1人で観ても十分面白い。映像とか演技とか脚本とか、映画って色々な要素でできてますけど、何が一番この映画で素晴らしいかって1つだけ挙げろって言われたら、脚本だと思うんです。1本の物語として本当に良くできている作品なので、「生理的にMR.ビーン無理」という人でも大丈夫なので、勇気を出してぜひ観ていただけたらと思います。……ジャック・タチで始まり、ジャック・タチで終わるていう意味でも最後にこの映画を選びました。

渡辺セレクト5.『ボンジュール、アン』
監督/エレノア・コッポラ,2016年,アメリカ,92分

有坂:うんうん。
渡辺:舞台としてはフランスです。これも南仏からパリに戻るっていう話なので、ロードムービーになります。これどういう話かというと、夫婦がいて、夫婦って言っても熟年の夫婦で、旦那さんがバリバリの映画プロデューサーなんで、しょっ中電話かかってきて仕事の話してるみたいな。で、南仏に2人で休暇の旅行にやって来たんですけど、結局旦那さんが仕事がアレなんでっていう感じで戻っちゃうんですよね、仕事に。それでポツンと残された奥さんが「じゃあパリの宿に戻るわ」って言って、でも飛行機で戻るんじゃなくて車で戻るってなった時に、仕事相手だったフランス人男性が「なら僕がガイドします」って言って、その人のガイドでパリまで車で戻るんですね。そのガイド役を務めるフランス人男性が「フランスの見どころいっぱいあるから!」って言って、めちゃくちゃ寄り道するんですよ。その色んな寄り道がすごい楽しいっていう。そのパリまで戻る予定をだいぶオーバーするんですけど、その分すごい楽しむっていう話です。
有坂:うんうんうん。
渡辺:で、この奥さんをダイアン・レインっていう人が演じてるんですけど、すごいなんかお洒落だし、またこう案内される場所っていうのが、南仏からリヨンとかを経由して観光地を巡って行ったりして、「ここが中世からある教会で……」とか「ここのレストランが美味しくて、1日ロスしちゃうけど行く価値あるから」とか。たまにちょいちょい口説いてきたりとかね(笑)しながら男女の2人の旅が続いていくんですね。そのテンポだったりとか、音楽もすごくいいし。すっごい心地良い2人の旅なんですよね。だからこういうちょっと余裕のある、寄り道ばっかの旅をしたいなって思わせてくれるような作品ですね。料理とかも美味しそうだし、景色もめちゃくちゃいいし……。これ監督がですね、エレノア・コッポラという人で、これが監督デビュー作なんですけど、この時に70歳くらいかな?
有坂:そうそうそう。
渡辺:すごい高齢で映画デビューしたんですけど、このレベルっていうのが信じられないぐらいのクオリティーなんですよ。このエレノア・コッポラっていう人が何者かというと、「コッポラ」っていう名前でピンと来ている方もいるかと思いますが、旦那さんがフランシス・フォード・コッポラっていう、『ゴッドファーザー』とか『地獄の黙示録』とかを撮っている超ベテラン大物映画監督。なので、この作品自体もエレノアの自伝的な感じで、旦那が映画プロデューサーで忙しくてみたいな、自分がほったらかしにされるみたいな、ちょっと自伝的に……コッポラはプロデューサーじゃなくて監督ですけど……ネタとして自分のデビュー作を飾るという。で、コッポラは娘もソフィア・コッポラっていう有名映画監督ですし、息子もロマン・コッポラっていって映画を作ったりするアーティストだったり。そしてソフィア・コッポラも元旦那がスパイク・ジョーンズっていう監督で、超映画一族。その映画一族のゴッドマザーみたいな人が、ついに映画撮ったっていうのがこの作品なんです。なので、70代でデビュー作なのにこのクオリティーっていうのが本当にすごい。音楽とかもけっこう若々しくて、今っぽい楽曲が使われていたりとか。本当に70代の人が撮ったとは思えないぐらいの瑞々しい作品となっています。個人的にこれすごい好きで……
有坂:俺もすごい好き。
渡辺:おお、そう? でも配給的にはちょっとこじんまりとした感じだったよね。
有坂:そうだね。
渡辺:だからそんなに知っている人はいないかもしれないんだけど、これも今回きっかけで興味持ってくれた人がいたらぜひ、観ていただきたいなと。
有坂:これはさ、やっぱりコッポラ一族のいわゆるセレブの環境で育った人じゃないと作れない映画だなと思ったのね。出てくるワイナリーとか美味しい食べ物とか、全部含めて。セレブリティーの人が作ってくれたからこそみたいな良さがあるな、と。ビスコンティーの映画みたいに、貴族の世界を描ける人は彼しかいないのと同じような感じで。
渡辺:うんうん。
有坂:なので、ぜひ観て欲しいね。ソフィア・コッポラにしても「母ちゃん、急に映画監督やっててびっくり」だっただろうね(笑)。
渡辺:ね(笑)。いやぁ、すごいね。すごい一族だよね。
有坂:この作品は思いの外ヒットしなかったからね、未見の方も多いかもしれないんですけど、本当に良くできた、ロードムービーらしい映画かなと思いますので、ぜひ観てみてください!

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今回オマケで、有坂さんがおすすめ“しない”、絶対観てはいけない(笑)リゾート地・バカンスものの映画をご紹介!

『ファニーゲーム』

『ファニーゲーム U.S.A』

有坂:これはぜっったいに観てはいけません(笑)。オーストリアの映画で、同じ監督がアメリカ版U.S.A.版も作ってるんですけど。これはお父さんお母さん息子の3人家族が、バカンスになって久しく行ってなかった別荘に行くんですね。長い時間かけて車で。その別荘を掃除して、何週間か何ヶ月か暮らそうっていう家族の話です。で、掃除して一息ついてたら「ピンポーン」って鳴って、出たらいかにも怪しい真っ白な服着た男2人が「すみません、卵を1個ください」と。「いいですよ」って卵を取りに行った途端、その白い服を着た男2人が家に乗り込んで来て、家族3人を監禁してしまうっていう話です。で、監禁された家族がどうなってしまうかというと、もうね、想像を絶する展開になっていって(笑)、もう手紙社のオンラインイベントではとても言葉にはできないような……
渡辺:ほんとだよ(笑)。
有坂:……展開になっていく作品です。これ「一番怖い映画って何ですか?」って聞かれた時に僕がまず挙げる映画が『ファニーゲーム』なので、絶対に観ちゃダメです。
渡辺:ふふふふ。
有坂:けど、「怖いの観たいな」っていう方がもしいたら、勇気を出して観ていただけたらと思います。
渡辺:予告編が怖いもんね、もう。
有坂:ね、でも予告編観ないでトライしてもらいたいなっていう気持ちもあるんですけど。ただ、監督はミハエル・ハネケっていう方で、オーストリアを代表するだけではなくて、今この時代を代表する世界的な巨匠のひとりです。すごく哲学的な映画を撮ったりする人なので、人間の深部というかダークサイドをですね、余計な感情一切抜きに描ける本当に世界的にも稀有な監督なので、個性的な映画を観たいとか監督知りたいなって人はチャレンジしてみてもいいのかな、って思います。
渡辺:ダークサイドですけどね。
有坂:超ダークサイド!
渡辺:そこにフィーチャーした人なんで気をつけてください(笑)。

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選者:キノ・イグルー(Kino Iglu)
体験としての映画の楽しさを伝え続けている、有坂塁さんと渡辺順也さんによるユニット。東京を拠点に、もみじ市での「テントえいがかん」をはじめ全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館など様々な空間で、世界各国の映画を上映。その活動で、新しい“映画”と“人”との出会いを量産中。

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