【エッセイ】音楽の授業でハモる
僕は勉強が大嫌いで誰かを笑わせることが好きだったためか、しばしばそれが悪い方向へ行ってしまい中学に入ってからは授業妨害するような行動を度々起こしていた。今回のエッセイはその中のエピソードの一つである。
当時の音楽の授業での合唱課題は「翼をください」だった。先生から歌詞が載った楽譜を貰い、皆で一緒に歌いながら歌を覚えていった。皆が上手く歌えないところは先生がその箇所を重点的に繰り返し弾くことによって歌えるようにしていくが、この歌は小学校でも歌った事がある生徒が多く、一カ月足らずで通しで最後まで歌えるようになっていた。全体的に少し余裕があったようにも思う。
余裕が出ると、人間怠惰にもなる。先に怠惰になったのは実は先生だったと僕は思っている。「翼をください」のサビ前で
「白い翼 つけてください」
と言う歌詞があるが、その「翼」の部分で先生がハモリ出すようになった。簡単に書くと、
「しろーいーつーばさー」
「つばさー」
「つけーてーくーださーいー」
のように、少し遅れたタイミングで先生が「つばさー」の部分を歌っていた。
この先生のハモリに気づいてから、僕は歌う事に集中出来なくなった。何故先生だけハモっているのだろう?何故先生がハモっているのに周りの皆は動揺せずに歌えるのだろう?じゃあ僕が先生と一緒にハモったらどうなるんだろう?皆んな普通に歌うのだろうか?考え出した瞬間、やらないと気が済まなくなっていた。僕も先生と一緒にハモろう。
そして、その時がやってきた。僕はサビ前まで呼吸を落ち着かせながら普通に歌うことに徹していた。
「いまーわたしのー」
今からやろうとしていることを考えると、笑いが溢れそうになる。まだだ、まだ我慢するんだ。まだ始まったばかりだ。
「かなーうーなーらばー」
早くサビ前まで行って欲しい。我慢するのが辛い。
「つばーさーがーほしーいー」
本当に翼が欲しい。翼を授けて欲しい。
「こどーものようにー」
焦るな、焦るな。皆んなが歌う歌の陰で、私の心音は破裂しそうな程の音を立てていた。
「とりーのようにー」
もう苦しい。皆んなから笑われる未来への期待と、これから行動することへの恐怖が入り混じる。
「しろーいーつーばさー」
今だ!
「つばさー」
私はここまでのプレッシャーを押し退けて先生と一緒にハモった。自分に対するプレッシャーが大きかったせいか、思った以上に大声でハモってしまった。
効果は絶大だった。周りの皆んなは歌ってる最中に笑い過ぎて呼吸困難に陥っていた。一部の人達は呆れながらサビを歌っている。先生は伴奏しながらも、みるみる険しい顔になっていく。主犯者の僕はプレッシャーから解放されてサビを難なく歌うことができた。今まで感じたことの無い謎の高揚感に包まれていた。
伴奏が終了し、丁度三時間目も終了した。音楽室から解放されて皆んな教室へ戻っていく。
「何でハモるんだよ。」
「もうお腹痛かったわ。」
「オレ達も来週ハモるわ。」
様々な意見を聞いて、僕は大変満足してしまった。やってはいけないことなのに、やって良かったと思ってしまった。僕も来週ハモろうかな。僕はゴキゲンになり、次の授業の準備をした。
来週の音楽の授業から「翼をください」ではなく「親知らず子知らず」を歌わされることになった。
「こを、よーぶ ははの こを、よーぶ ははの さけーびーが、きこーえーぬかー」
僕は先生の叫びが聞こえなかったようだ。
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