サムライ 第15話

【前回の話】
第14話https://note.com/teepei/n/n784029bf09d3

 山辺との大いなる自己浄化ののち、上長が本や映画のDVDを貸してくれるようになった。公言はしないが、徳本さんから事情を聞いたらしい。それで、上長なりに埋められる何かを提供してくれているようだった。その気持ちもありがたかったが、それよりもあの理不尽を振りまいていた上長が、これほどまで本や映画に親しんでいたことに驚いた。返して言えば、どれほど上長が歪められていたのか、ということだった。とにかくそのお陰で、俺は本を読み、映画を見て、豊かになる実感で隙間を埋められるようになっていた。

「サムライポイントですよ、徳本さん知らないんですか」
 トイレから戻ると、山辺がスマートフォンを示しながら徳本さんと話している。昼休みには、山辺は積極的に徳本さんと話すようになっていた。謝ることを促されていた頃から、徳本さんという人間には惹かれてそうだ。否定する必要がなくなった今、その気持ちが真っすぐ徳本さんに向かうのは当然とも言えた。そんな山辺が徳本さんを捕まえて、スマートフォンのアプリの話をしているのだった。
「山辺、無駄だって。徳本さん、スマートフォンすらもってないもの」
 え、と山辺が言葉に詰まり、徳本さんが、いやあ、と照れくさそうに笑う。
「ああ、なんか、すみません」
「そこで謝ると余計にえぐっちゃうから」
 ああそうか、と山辺が笑い、なんだいスマートフォンくらい、と徳本さんが拗ねる。
「サムライポイントねえ。山辺は貯まってんの」
「ええ、結構積極的に貯めてるんですよ。そのまま個人の信用にもつながるし、ほら、俺高校も行ってないから、場合によっては学歴の不足を補うものにもなってくれるんですよ」
 サムライ財団が主催するサムライポイントが現れてから五年ほど経っている。世間での扱いは思っていた以上の方向に転び、今や本来の役割を超えて価値を生んでいた。例えば山辺が言ったように、求職の求人要件で求められる学歴が、提示された相当ポイントの保持によって補われる、というようなこともある。俺も興味が無いわけではなかったが、それほど積極的にのめりこんでいるわけでもない。だがそうも言っていられないほど、これからさらに存在が重くなるだろう予感はあった。スマートフォンが無くてもパソコンで対応できるが、そんなことさえお構いなしに一切興味を持たない人達は『外野』と呼ばれ、間違いなく徳本さんはその部類に含まれている。サムライ、ねえ、と徳本さんは思うところあるようにして呟く。しかし言葉には現れず、それは深い思慮の底で処理されているようだった。
「それって売買もできるんだろ」
「ええ。ただし売買のすべては潜りですけどね。売買自体は違法じゃないけど、売るポイントを手に入れるために法を犯す、かなり尖った連中もいるみたいで」
「サムライ狩りか」
(続く)

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