サムライ 第2話

【前回の話】
第1話https://note.com/teepei/n/n54a4141b260a

一.
 徳本さんは俺より三カ月くらいあとに入ってきて、だから俺もまだ入って三カ月だというのに徳本さんの教育係みたいな立場にされた。立場に対する戸惑いは勿論、そもそも徳本さんは五十をとうに過ぎている風貌で、若造の俺なんかが教育だなんておこがましいという気持ちの方が大きかった。でも徳本さんの人間としての器はさらに大きく、そんな俺の戸惑いも受け入れて、新人でありながら時には良き指導者のような、なんとも不思議な関係性が出来上がったのだ。戸惑いは次第に影を潜め、俺はこの関係性に居心地よささえ感じ始めた。
 俺達の仕事はゴミの収集だった。街中をゴミ収集車で周り、滞りなくゴミを回収してゆく。説明すればそれだけのことだが、実態はそこまで単純じゃない。そもそもゴミなんて混沌の塊だ。まとまってないゴミなんてしょっちゅうあるし、回収の対象外のものが入っているなんてザラだ。むやみに手を突っ込んで怪我をすることもある。さらには苦情の常連みたいなオッサンがいて、収集所に行くたびに苦情を説得しながら回収して周る、なんてこともある。つまり、どの仕事でも同じように一筋縄ではいかない面があるわけだ。しかし何よりも辛いのは、やはりゴミという存在だった。それは容赦なく不要とされ、疎まれ、許される余地が全くない。そのゴミを毎日相手にしていれば、不要とされることの残酷さで嫌でも身につまされる。入って三カ月を迎えた辺りで、その気持ちが一度頂点を迎えてしまったような気がした。その時に徳本さんが現れてくれたのだ。
「おう、今日も頑張ってるねえ」
 そう話しかけてくる苦情の常連だったオッサンは、今や徳本さんの良き支援者のような立場を取っている。入って一日目に徳本さんはこのオッサンを相手にし、会うたびごとにオッサンの懐深くに入り込み、ついには懐柔せしめたのだった。
「分別についちゃあ俺が目を光らせてるからよ、安心して回収してくれよ」
 ありがとうございます、と俺は礼を言い、いつものように回収してゆく。しかし人はここまで変わるものなのか。一つの奇跡を目の当たりにしながら、毎回徳本さんの偉大さを思い知らされるのだった。
 徳本さんは、どちらかと言えば典型的な日本人の体型で背は高くなく、その分重心が低く足腰もがっしりしている。言葉を選ばずに言えば、ずんぐりむっくりといった感じだ。表情も一見厳つく、何でもないときでも苦み走った線が走っているように見えるが笑うととても人懐っこい。家族は奥さんが一人いて、あまり丈夫とは言えないらしい。だから仕事終わりに飲みに行くことも滅多にない。そりゃあたまには徳本さんと飲みたいと思うけど、それでも俺は今のままで満足してるし、本当にどうしても徳本さんに相談したいことがあって遠慮していると徳本さんから誘ってくれることもある。奥さん思いでもあり、同僚にだってここぞという時の思いやりを発揮する。そんな徳本さんが周りから慕われないはずがなかった。むしろ周りは徳本さんの登場に触発されるようにして変わっていった。そもそも入ったばかりは嫌な職場だと思っていた。当たり前のように怒鳴り散らす奴、人のせいにする奴、仕事を押し付けて自分だけ楽しようとする奴、自分の成果ばかり誇張し、他人の欠点を拡大して貶める奴。相変わらず世の中には救いが無くて、ここも他と変わらない。そもそも期待は抱いていないから、どんな糞を目の当たりにしても見ないふりをしていればいい。そんな風に毎日を過ごしていた。
(続く)

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