サムライ 第5話

【前回の話】
第4話https://note.com/teepei/n/nd33e35298455

 俺はその話を聞きつつ、上長の抱えていた悲しみが沁みてしまう。それからは怒鳴り散らし、理不尽に慣らせ、いかなる命令も通るよう仕込むことに成功した。だが、周りの心が離れていることも分かった。これが俺の求めていたものか。そんな疑問をねじ伏せようとして、ますます理不尽さは加速していったのだという。孤独だったのさ、と再び同じ台詞を口にして、徳本さんは休憩を切り上げようとしていた。
 その日、徳本さんは自分の片づけが終わると、森井と山辺の分まで片づけ始めた。二人は時間内であるにも関わらず、掃除を一切行わないことに決めたようだった。何も言わず、当然のように森井たちの分を片づける徳本さんへ、吐き捨てるように言う。
「ち、余計なお世話なんだよ」
 それから立ち去ろうとするその背中に、謝りなさい、とまたあの台詞を投げかけたのだ。立ち止まり、振り返り見る森井の表情には険があったが、微かな戸惑いも過ったように見えた。
「馬鹿くせえ」
 それから山辺が、立ち去る森井を追っかける。俺は何も言わず、ただ徳本さんの隣にいた。それから、片づけを再開した。
 次の日も、また次の日も、徳本さんは森井と山辺の分の片づけを行った。残業時間に食い込んだが、徳本さんは何も言わない。三日目、休んでいた上長がそこに加わった。徳本さんが話を聞いてあげた日、少し休むと良い、と促したのだという。三日ぶりに見た上長は、驚くほど穏やかな表情を見せた。こんな顔をしてたんだ、と俺は思った。それは、俺自身が徳本さんから話を聞いたせいもあるからだろうか。とにかく三日目は三人で片づけたので、少しだけ定時を回る程度だった。
「ありがとう」
 上長は俺に礼を言った。初めてだった。それから徳本さんに、ありがとうございます、と言うと、大丈夫だったかい、と徳本さんは肩を叩く。それはとても優しくて、隣で見ている俺でも締め付けられような思いに駆られた。はい、と答えた上長はこみ上げるものを押さえつけ、少し涙ぐんでいたようにも見えたが見ないふりをした。こうして俺はまた、徳本さんの偉大さを目の当たりにしたのだった。

 次の日は時間が押していて、自分たちの片づけを終えた頃には残業時間に入っていた。いつものように森井と山辺の分に手を付けようとすると、声を掛けてきた従業員がいた。
「徳本さん、今日は俺が片づけるから早く帰りなよ」
 いつも仕事を他人に押し付けてばかりいる谷口が、徳本さんの片づけを買って出るという。どういう風の吹き回しかと思ったが、
「さあ、やろうぜ」
 と本当にやる気なので、取りあえずは合わせることにした。本当にありがとうな、と谷口なんかに深々礼を言い、徳本さんは帰っていった。奥さんが心配でないわけがなかったのだ。それから、片づけを開始した。俺は谷口が嫌いだった。いつも都合のいいことばかり言って、仕事ができない振りをして他人に押し付けてばかりで、俺だって何度も被害に遭っている。だからろくに話したこともないし、徳本さんを帰してあげたからとは言え、片づけの最中も余計な話をするつもりはなかった。それなのに、なあ、と谷口は声を掛けてきた。
(続く)

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