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ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア 第3話

【第1話はコチラから】

 靴が無くなった下駄箱を見つめ、じっと立つ木村。

 教室で声を荒げて以来、次に憶えているのがこの姿だった。
 もっとも最初は立ち尽くしている理由を知らず、ただ話しかけまいと木村の存在を無視して通り過ぎたのだった。

 木村に対する制裁が始まったことを知ったのは、それから少し後のことだった。

 木村を攻撃対象に選んだのは陰湿な奴らだった。

 自分より弱いと思う対象を虐め倒し、その嗜虐性を絆にしているような気味悪さがあるが、力には従順だった。

 何度か口を出したことはあるが、反撃にあうようなことはなく、へつらうようにして、
「分かったよ、冗談だよ冗談」
とその場をやり過ごされて終わった。

 そして木村もかろうじて繋がっていたことから手を出されていなかったわけだが、その絆が断たれたのだ。

 奴らは格好の標的として木村を責めはじめた。
 胸糞悪さが残るものの、懲らしめたい傲慢さが大きく残っていたため、当然の報いとして傍観していた。

 木村は日に日に憔悴していったが、頑なさは変わらない。
 そのうち、頑なさに憎しみを覚えるようになっていた。

 奴らが木村の本を取り上げて破いた時も、プロレス技をかけている時も、パンツまで脱がせて裸にした時も、ただ冷淡に眺めているだけだった。

 ある日とうとう木村が学校を休み、姿を見せなくなった。

 そのまま受験シーズンに入り、学校に行くことも減り、木村のことはうやむやなまま消えてしまうように思えた。

 時折、木村の台詞を反芻した。

 一人を回避するためだけに無理をしたくない、だと。
 まるで俺が一人を回避するために、人に話しかけているみたいじゃねえか。
 馬鹿にしやがって。
 それに結局は無理しなかったことで、より辛い目にあったわけだ。
 なんでさっさと泣きつかなかったんだ、馬鹿野郎。

 台詞の反芻は感情の乱れを呼んだ。
 受験前の不安定な状態もあってか、そこから抜け出しては再びはまり込むことを繰り返した。

 受験は失敗し、浪人することになった。

 淡い敗北感を抱えて残りの高校生活を過ごし、卒業式を迎えると木村が現れた。

 その姿に、教室は動揺していた。

 木村は机に座り、本を読み、卒業式の開始を待っていた。
 今まで行われていた虐待や辱めの影はきれいに洗い流され、まるで何事もなかったかのように見えた。
 その潔さを不気味に思うようで、直接いじめていた当人達も話しかけない。

 式は滞りなく開始され、すべてが終わった。

 そして帰りがけの校門前で声を掛けられ、例の許しを告げられたのだった。

「そういえば文学賞獲ったんだってな、おめでとう」
 電車の中吊り広告は、木村の受賞を取り上げていたのだった。

 夢が叶った脇で、惨めに広告を眺めていた自分を思うと卑屈にもなりそうだったが、すべてにおいてどうでもよくなっているためか、後ろめたさを一切持たずに賛辞を述べることができた。

 少し振り返り、ありがとう、と答えながらも木村は歩みを止めない。

 海はまだ遠く、その間を埋められるほどの会話も期待できなかった。

 しかし次を切り出したのは木村の方だった。

(続く)
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