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ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア 第10話

【前回の話】
第9話https://note.com/teepei/n/nc84a59251ac2

 水野もまた、幼い頃から死の瀬戸際に遭遇していた。
 そのためなるべく人を避け、また近づけないようになっていた。

 その日も社会の授業をさぼり、本でも読もうと一人体育館裏へと向かう。
 そこに、半裸で埃まみれの木村がうずくまっていたのだった。

「大丈夫?」
 尋ねても木村は反応しない。
 木村は何かおぞましいものに蹂躙されたように見えた。
 身を起こし、ワイシャツの裾で下半身を隠しながらうずくまる。
 水野はただ見ているしかない。
 近くにあった鞄は木村のものらしく、引き寄せて抱えるようにしていた。

「けがは」
 と尋ねて、ようやく、ああ、と言葉にならない言葉が返ってきた。
 保健室に連れて行こうにも、この状態では移動できない。
 近くに焼け焦げた布切れがある。
 それが木村の下着とズボンのようだった。

「誰かを…」
 木村がわずかに言葉を発する。
「誰か先生を、呼んできてくれるかな」
 まずはそうすべきだろう。
 どうして自分がここにいるのか問い質されることにもなるが、致し方がない。

 分かった、と小走りでその場を去る。
 角を曲がるときに木村を見ると、抱えた鞄の中を、もぞもぞと探っていた。
 最初は気にならなかったものの、水野の持つ力の性質を思い出し、急な危機感を覚えた。
 離れすぎたかもしれない。
 そう思いながら踵を返し、急いで木村の元へ戻る。

 震える手で、木村はむき出したカッターの刃を首筋にあてていた。

 とっさに手首をつかみ、首から離す。
 それからカッターを叩き落とした。
 
 小競り合いがひと段落したものの、水野には掛けられる言葉が見当たらない。
 上がり気味の息が落ち着いていくのを、ただ感じているしかなかった。
「もう疲れたんだ」
 悲嘆や絶望が色濃く表れない口調に、かえってぞっとするほどの諦めを感じる。
 
 また瀬戸際に立ち会っている。

 だとしたら、本来の死期ではないはずだ。
 しかし、これほどの濃い絶望である。
 そして、すべてが引き戻せるわけではない。

「どうしたらいいかわからないんだ」
 木村の独白は続く。
 瀬戸際に立ち会う辛さを、改めて味わっていた。
 それが知人であればなおさらで、だから普段から大事な人間ほど遠ざける。
 でも他人だからと言って、その辛さが大きく減ることはない。
 結局、人を避けるしかなくなるのだ。
 しかしどんなに避けてもいずれはぶつかるのだろう。

 あとは進むしかない。

「いい?聞いてもらいたい話があるの。
 でもちょっと深呼吸して。
 突拍子もないことだから」

 淡白な絶望を見せていた木村が、わずかに生気のある反応をみせた。
 その様子を見て、水野はこの先へ進める覚悟を決めていた。

「それで、木村は」
「受け入れたわ。死期を見ることをね」
「それで、どうなったんだ」
(続く)

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