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インクボトル

空の底を歩く
ゆっくり夜が降ってくる
気づいた街灯がまばたきをする
空の底に星が撒かれる
街は夜に満たされる
わたしは夜の空の底を歩く

街灯のまばたきにはじかれて
わたしの影が飛びあがる
わたしは慌ててわたしの影の手をつかむ
わたしの影は、ふふん、と照れ臭そうに笑う
デートをしましょう わたしの耳元で囁く
夜の空の底で わたしの影は楽しそう
手をはなしてはだめ
わかっている と影は言う
影はさらわれやすいものね

夜の空の底をふたりで歩く
わたしの肺も ひと息ごとに
夜に満たされ 青くなる
見上げれば ビルはまっ青 青いギモーヴ
わたしの影が そのかたまりをつまむ
ふたりしてちぎって分けあう
齧れば もっちりとして甘く
瞳まで青く染めあげる

わたしの影がインクのようなら
わたしはブルーブラックのインクになる
夜にとけこんで 人のからだをすり抜ける
手はつないだままで 踊る
行き交う人は 影に呑まれる
呑まれて 人は影に 影は人に
 空のふちの高いことを知る
 奥ゆきの世界は眩暈がする
わたしの影がパチンと指を鳴らす
行き交う人は 夜につままれたよう
わたしと影は向かい合って含み笑いをする

明るいショーウインドウを眺める
わたしの影は尾を曳くように伸びる
音もなく 清潔なガラスの向こうは
子どもの頃に 思い描いた 未来のよう
わたしも思い描いていた と影は言う
空の底を飛びあがり いつかふちまでのぼり
天井をつきぬけると

パチンと ショーウインドウは消える
わたしの影は わたしの手を振りきる
たちまち 夜にさらわれる
夜にとけこみ わたしの影は見えなくなった
また デートをしましょう 耳元で影が囁く
今、何を見ている
空のふちを見ている
わたしも 天を仰ぐ
ギモーヴは揺れている
星はまたたいている
夜は少しずつ のぼりはじめている
空の底から空のふちまでは ずいぶん遠いね

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