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スロウ・クッキング

何の気無しにnoteの新着記事を眺めていたら、猪肉をラフテー(沖縄料理のひとつで、豚の三枚肉を皮つきのまま濃口の味つけで炊いたもの)にする内容の記事があって、その中に概ね以下のような記述があった。

「ジビエは【スロウ・クッキング】が基本です。美味しくジビエを食べる為には、下処理の手間暇を惜しんではいけません」

成る程…と思った。

畜肉は調味料と調味器具さえあれば大抵短時間の調理で美味しく味わう事が出来る(品種改良の賜物と言う他無い)が、ジビエ…ワイルドミートは一般的に【畜肉に比べ匂い(獣臭)がキツい】ので食用には向かない…と言うイメージがついている。例外は鹿肉位のものか。
然しこれは、ジビエに詳しい方に言わせると【畜肉に慣れ時短レシピで料理を作る事しか考えない人間が、下処理の手間を惜しんで騒いでいる】に過ぎないのだそうである。
野の獣の肉であっても、下処理の【手間】さえ惜しまなければ基本的にどのような獣でも美味しく頂く事は可能だそうだ(但し例外はある。オットセイやトドの肉は餌である魚の匂いの為に猛烈に臭みが強く、調理法を選ばないと大変な事になると言う)。
以前YouTubeのコメント欄で見た情報だが、高速道路が出来たばかりの高度経済成長期、車に轢かれて死んだタヌキを見つけると拾って下処理をして晩ごはんのおかずにしていたハンターの方がいらした。タヌキはジビエの中でも取り分け肉が臭いと言われる事が多い獣だが、きちんと下処理を行いじっくり火を通す調理法を用いれば、美味しく食べる事が可能だとの話だった。最もタヌキはそもそも取れる肉の量が少ないので、鹿や猪に比べ歩留まりが悪く、市場に出回らないのも止むを得ないだろう。リスやモモンガも以前は盛んに狩られていたそうだが、矢張り自家消費に留まり市場には出ていない。

どんな獣でも一番大事なのは矢張り【血抜き】の工程であると、ジビエを扱う料理人は説く。
留刺しをした獲物は素早く内臓を除き血を抜かないと、それだけでもう肉に臭みが出る。これは最も獣に限らず、例えばマグロなんかもそうだ。マグロは釣り上げて直ぐに冷凍庫に放り込んで〆と冷凍保存を一気に行い、その後、解凍してある程度自己熟成させてから食卓に並べられる。この工程を怠ったマグロは自らの体温で身が焼けている(マグロは高速で泳ぐ為に体温が陸上動物並みに高い)事と、血が肉に染み込んでいる為に鉄のような酷い味になるそうだ(その為、冷凍保存技術が無かった江戸時代では、マグロは猫すら食べない下魚扱いを受けていた)。

前述の猪肉のラフテーでは、臭みを消す為に時間をかけて下茹でした後、一度湯を捨てて改めて水から煮込む工程を踏んでいた。

ジビエの臭み取りとしては他に【スパイスを利かす】と言う方法がある。北海道各地の観光地で見かけるヒグマのレトルトカレーはその最たる例だろう(そう言えばヒグマカレーに入る熊肉はどれ位の時間をかけて煮込まれたものであろうか)。
肉に臭みが残った猪肉は、何日もかけて煙を当て、ベーコンにすると良いと仰っていたハンターの方が居た記憶がある。獣臭が却って味にアクセントをつけ、豚のベーコンには無い滋味が出るのだそうだ。そして勿論ベーコンの仕込みにも、スパイスはつきものだ。
他には【蠟燭焼き】と言うものがある。キジなどの野鳥の肉を味わう為の方法で、たたきにした肉に刻みネギ、ショウガ、味噌を加えて良く混ぜ、串にまとめて遠火でじっくり炙り焼きにする…と言うものである。この方法で調理すると、ハシボソガラスの肉でさえも美味く賞味出来ると言うが、何処かの店で食べさせて貰えたりはしないものだろうか。

これはジビエとは少し違うが、アゼルバイジャンの伝統料理にはヒツジを解体して脂肪と肉を交互に大鍋に重ね、予熱した竈の中にその鍋を入れて半日がかりで加熱するものがある。出来上がった料理は丁度アヒージョのような【低温の油で肉を煮込んだ】状態となり、骨はするすると外れ、肉は中まで火が通り柔らかくジューシーな仕上がりになる。
似たような料理がメキシコにもあって、【ビリア】と呼ばれている。ヤギ肉をスパイスでマリネして3時間ほど煮込んだスープで、ヤギ肉の臭み消しの為にワヒーヨ(ミラソルと言う唐辛子を乾燥させたもの)をベースにマリネ液を作るのが特徴である。
これらの料理法、ジビエの調理に活かせないものだろうか。

日本は今、猪や鹿が増えて農作物への被害が億単位の金額になっているそうであるが、近頃ではそうした【農作物をふんだんに食べて育った】事を売り文句にその鹿や猪を狩って肉を加工し、販売する流れがあるようである。この流れがもっと活性化すれば、日本の食糧自給率にもポジティブな影響があるのではないか…と想像するのはあまりにも楽観的であろうか。
目下、ネックは【ジビエ専門の加工所が少ない】事であろうかと思われる。ジビエは畜産への伝染病媒介への懸念から、畜肉加工所とは隔てられた専門の加工所が必要だからだ。
農林水産省には、今後の課題として害獣駆除に関する法整備と、ジビエ専門の加工所増設を真剣に検討して頂きたいものである。
その施設に、ジビエを美味しく食べる為に必要な下処理…スロウ・クッキングの拵えが出来る場所があれば、ジビエの消費量が格段に上がると思うのだが、どうだろう。

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