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ラクダの乳

【バイアステスト】と呼ばれるテストがある。

国連が提唱しているテストのひとつで、海外諸国の漠然としたイメージ(例えば水道の普及率やら就学率やら、その他諸々の生活水準が主。他に自然や文化等)に関する問題を解答者が解き、その成否を試すと言う内容である。
例えばこんな感じだ。

【◯◯国の水道の普及率は西暦2000年以前より高いか、同程度か、低いか?】


海外情勢に詳しい人間ならばともかく、日本の事しか知らない人間ならば間違いなく【同程度】か【低い】と答えそうな問題である。然しそこが【引っ掛け】と言う奴で、実際は西暦2000年よりも水道の普及率が上がっているのが真実なのだと言う。これは何も水道に限った話では無いらしい。
実はワタクシ、過去一度だけこのバイアステストを受けた事があるのだが、全問不正解と言う散々な結果に終わった。
…つまり、海外特にアフリカ・東南アジア辺りの生活水準は、国連曰くかなり向上していると言う事のようだ。

負け惜しみを言う訳ではないが、ワタクシは国連の言う主張を全面的に信用はしていない。
例えば、バイアステストの問題の中に【ジャイアントパンダ、虎、クロサイはこの10年の間に個体数は増えているか否か】と言うものがあり、国連が提示する模範解答が【増えている】だったからである。
ジャイアントパンダは近頃中国の動物園で飼育のノウハウが溜まった結果、確かに飼育下では個体数は増えているが、虎やクロサイの個体数は寧ろ減少傾向にある事が複数の報告から明らかにされている。
つまり極端な話、国連はこれらの報告を無視していると言う事になる(若しくは知見のアップデートがされていないか)。バイアステストの中でも自然関係の問題には特に前述のような例が多く含まれている様子である。

こうした一部事実との齟齬があるものの、国連が言う【世界各国の生活水準の向上】は確実な事らしい。そんな事を思わされたのは、過日偶然見かけたネットニュースだった。
近年、中東圏の各国でラクダの飼育の近代化が進んでおり、丁度ユーラシア・アメリカ・オーストラリアで言うところの乳牛の如く、乳を得る為にラクダの大規模な畜養が盛んだと言うのだ。

此処で言うラクダは、ヒトコブラクダの事である。
ヒトコブラクダは北アフリカと西アジア、スーダン、エチオピアおよびソマリアに分布するが、家畜としてのみ現存し、野生のヒトコブラクダは既に絶滅したと考えられている。
オーストラリアの乾燥地帯には逃亡した家畜のヒトコブラクダが野生化し、外来種として深刻な環境問題と考える向きもある一方で、生態系の一員として機能していると考える意見もある。

話を中東圏のラクダに戻そう。以下、【ラクダ=ヒトコブラクダ】としてお読み頂きたい。

元々、中東圏とラクダの結びつきは深い。
ラクダは御存知の通り、砂漠と言う環境に著しく適応した哺乳類だ。
長い脚、砂にめり込まない幅広の爪先、砂嵐から目を守る長い睫毛、同じく砂嵐から鼻腔を守る為に自在に閉じられる鼻孔…等、身体構造が砂漠と言う環境に対して徹底的に順応しているのみならず、背中の【瘤】に脂肪を蓄え餌が得られない時の栄養源とする習性や、乾燥地帯に生えるひねこびた灌木でも十分に生命活動を維持出来る強靭な胃袋等、ラクダの【武器】を挙げればキリがない。

そんなラクダは、昔から中東圏の遊牧民に荷を運ぶ役畜や、乗騎として重宝されていた。
運搬用としては凡そ100kgの荷物を荷ない、休息と採食を挟みながらゆっくりしたペースで一日30kmは運ぶ事が可能である。ラクダは脚が長くヒトがひらりと跨るには体高が高いので、人や積み荷を乗せる際は肘をつかせ、体勢を低くする。
エジプトでは砂漠地帯にある観光地の多くで、ラクダに騎乗した警察官の姿が見られ、砂漠地帯のパトロールの移動手段としても重宝されている。
近頃は競馬ならぬ【ラクダレース】と言う娯楽も存在するようだ。

また、近年はラクダの肉を食用にする動きもあるようだが、元来役畜として重宝されていた歴史がある為に古くは肉として屠殺するのは老いたラクダに限られていたと聞く。老いたラクダは肉質が硬いので、積極的に食べられる事はあまり無かったそうだ。勿論現在ではその限りではない。

こうした利用のみならず、ラクダは乳をもたらす家畜としても大変重要だった。
ラクダの乳は、定期的に水を与えさえすれば日に4〜6リットル(最高で9リットル)は採取可能であり、特に西サハラ砂漠の遊牧民の間では現在でも重要な栄養源となっている。

何処の国の遊牧民だったか失念したが、ラクダの乳は神からの恵みであり、旅人などには無償で振る舞われるのが倣いだったと言う。また、ラクダの額の血管に傷をつけて少しだけ血液を採取し、固まらないよう良く撹拌したものをラクダの乳に混ぜて飲むと、終日喉の乾きに苦しめられる事が無いと言う俗信も存在していた。
日本のドキュメンタリー番組の制作会社のスタッフが取材の折に乗っていたジープを指して「あれとラクダを交換しろと言われたらあなたは何と答えるか」と質問したら開口一番こう返されたそうだ…「断る。ジープは乳を出さないだろう」

上記の背景があるので、いずれラクダを大量飼育してシステマティックにラクダ乳を生産して市場に…と言う事は十分に考えられる事である。
然し、ワタクシが想像しているより早くそれが実現に至ったと知った時は流石に驚いた。
中東圏と言えば潤沢な石油資源が有名だが、或いはその石油資源から得られた莫大な富が、ラクダの大規模飼育を可能にしたのかも知れない。

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