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『ジョーズ』の逆襲

【ジョーズ】(JAWS…【顎】を意味する英単語)と聞いて、即座に鮫(特にホホジロザメ)を連想する人は多いのでは無かろうか。

映画監督スティーヴン・スピルバーグ氏を一躍有名垂らしめ、その後【鮫が登場するパニック映画】と言うジャンルを定着させた映画、それが『ジョーズ』である。
元は小説家ピーター・ベンチリー氏による1974年執筆のホラー小説が原作である(本記事執筆段階で前述の旨を失念し、手元の資料を確認して補筆したのはヒミツ)。この原作小説は邦訳されて日本にももたらされており、小説家・筒井康隆先生が『私説博物誌』の中で紹介されていた(因みに筒井先生によると邦訳ではホホジロザメを【オオジロザメ】と記しているとの事。これはホホジロザメの英語圏での通称【GreatWhiteShark】の直訳であると同時に、ヒトを喰う大鮫が【ホホジロザメ】表記では迫力に欠けると判断した訳者様による翻案だそうである)。

映画の内容については今更ワタクシがこの場を借りて述べるまでも無いので割愛するが、この映画の大ヒット、及び【鮫パニック映画】のジャンル定着と共に些か(いやかなり)宜しくない事態が発生した。映画によるインパクトがあまりにも強烈だった所為で巷間に【鮫=凶暴な人喰い魚】と言うイメージが定着し、無鉄砲な若者や漁業関係者がこぞって鮫を狩り始めたのである。ホホジロザメは勿論、他の害の無い鮫(因みに鮫の仲間は全世界の海に370種程棲息している)も相当狩られたようだ。スポーツハンティングと言う概念が未だ現役だった頃の話である。

結果、鮫の仲間には絶滅が心配される程に稀少となった種類が少なからぬ事となってしまった。
中でも酷いとばっちりを受けたのはオセアニアの海域に住む鮫の仲間【シロワニ】である。この鮫は凄まじい乱杭歯と極端な三白眼(?)が特徴的で、見るからに凶悪そうな印象を与える。また、母親の胎内で最初に孵化した稚魚が未孵化の卵や後から生まれた稚魚を喰い尽くし、成長してから産み落とされると言う独自の育児法を会得している。
こうした外見と特性が災いした上に『ジョーズ』による鮫狩りフィーバーである。しかもシロワニは比較的浅い水域に棲む為に鮫狩りのターゲットとしてはうってつけだった。
斯くして、シロワニは狩りに狩りまくられたのだった。
因みに、実際のシロワニは鮫としてはかなりおとなしい部類で、主に甲殻類や底棲魚を捕食し、ヒトを積極的に襲う事はない。ある研究者はシロワニを指して【海の仔犬】と呼んだ程である。

シロワニの減少を憂慮したオーストラリア政府は1984年にシロワニを保護対象に認定。シロワニは【法律で保護された鮫】の第一号となった。そしてこの動きが切っ掛けとなり、ホホジロザメ等他の鮫も保護されるようになった。

そして時代は下り、令和の世。
instagram等でリアルタイムで海外の海の話題が世界中に共有されるようになった今、嘗て狩られまくった事への意趣返しの如くホホジロザメが暴れまくっている。
…と言っても、ホホジロザメがヒトを襲い出した訳ではない。
ホホジロザメが目につけたのは、釣り人が針にかけたマグロやハタ等の巨大魚である。
…お察しの方も居るや知れない。
ホホジロザメは釣り針にかかったマグロやハタが、自由に泳ぐマグロやハタよりも容易に狩れる事を学習してしまったようなのだ。お時間のある向きはYouTubeなりinstagramのリール動画なりで探してみると宜しい。
沖釣りでマグロやハタを釣り上げんとするその瞬間、突然海の一角が紅に染まり、大きな影が素早く船から遠ざかると同時に頭から下を丸ごと喰い切られたマグロやハタが虚ろな目をして水面から姿を見せる、地獄のような様を目の当たりに出来る筈だ。

ワタクシには、これが『ジョーズ』と呼ばれ畏怖され虐殺されたホホジロザメの盛大な逆襲のように思えるのだが…。

※本記事を執筆するに至った切っ掛けが、早川いくを先生の【せいぞろいへんないきもの】のシロワニの項目に記された、早川先生のこのひと言である旨、引用と共に申し添える。

もし輪廻転生が本当なら、S.スピルバーグ監督は来世に1頭のアシカとなり、ホホジロザメに八つ裂きにされるかもしれない。

早川いくを【せいぞろいへんないきもの】より

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