見出し画像

チタタプとオハウ

最近、アイヌ民族に注目が集まっている。

何故だろうと気になって、ある日Google先生で検索をかけたら、どうも週刊ヤングジャンプ連載の冒険活劇漫画【ゴールデンカムイ】(野田サトルさん執筆、2018年にはアニメ化も実現)の影響で、それまでアイヌ民族の事を詳らかに知らなかった年齢層にまでアイヌ民族の文化が知れ渡った事によるものらしい。漫画はほぼ読まない生活を続けて長いので、これは寡聞にして知らなかった。

最もワタクシ自身、アイヌ民族の事に関して全く関心が無かった訳では無い。寧ろアイヌ民族の神謡(ユーカラ)や伝承(ウウェペケレ)には若い頃からとても関心があって、今でも何冊かアイヌ伝承の本を所有している。
ただ、神謡や伝承では故事由来や地名由来等を語る事はあっても、アイヌの人々の【日常】を描いたものとなるとごく少ない。
それに、アイヌ民族とひと口に言っても

●山を生活拠点とする人々
●海を生活拠点とする人々

と大別され、双方で文化が微妙に異なるのだそうだ(まぁ、関八州と静岡県の全地域をまるっと内包して尚余りある位のスケールで広大な国土であるからして…北海道は)。
更に明治時代以降、本州以南から渡って定着した人々…因みにアイヌ語では【シャム】と呼ばれ、文献では【和人】と字を充てる事が多い…による資源の簒奪と文化の破壊により多くの貴重な資料が失われた事もあり、ワタクシのアイヌ民族に関する理解はまだまだ浅いと言わざるを得ない…そして、ワタクシもまた、恥ずべき事にアイヌの人々を迫害したシャムの血を引いている事を白状する。
(付記。和人によるアイヌ民族迫害については世代により認識に差異がある印象を感じる。ワタクシは砂澤クラ媼、萱野茂さん、知里真志保先生や知里幸恵さんが著した書籍の記述からどうしてもアイヌ民族に関しては悲観的な歴史を連想してしまうのだが、近頃こうした歴史観に異を唱える方をちらほら見かけるようになった。どちらが正しいかは、ワタクシには判断が難しい)

それでも、最近は若い世代のアイヌの人々がYouTube等の媒体を大いに活用し、アイヌの人々の【日常】の一端を紹介して下さる機会が増えた。時折拝見させて頂き、その度に新たな発見がある。奥が深い。

そんな昨今、特に【チタタプ】と【オハウ】と言う語句を頻繁にネットで見かけるようになった。共にアイヌの人々の料理の名前である。

チタタプの語は【我らが叩くもの】と言う意味がある。
ワタクシは最初、このチタタプと言う語を萱野茂さんや川上勇治さんの著書で知った。それらの資料ではチタタプを【サケやマスの氷頭(ひず。吻部の軟骨の事)を良く刻み、ぬた和えにしたもの】と説明していた。
後になって知ったのだが…少なくとも近代ではチタタプは様々な魚肉や獣肉を用いて作られるもので、サケの氷頭のチタタプは飽くまで数あるチタタプのひとつに過ぎないと言う事だった。…と言うより、元来はサケやマスの様々な部位で作られていたものが、時代が降るにつれ他の魚肉や獣肉でも作られるようになったらしい。
現代のチタタプは特定の料理と言うよりは、寧ろ調理法のひとつと言うべきなのかも知れない。

YouTubeで公開されていた調理動画では、シカのスジ肉と気管を両手に持った庖丁で良く刻み、ミンチのようにしていた。動画の解説に曰く「通常なら人間には歯が立たないような部位をもありがたく消費する、アイヌ民族の生活の知恵」との事だった。
そうして作ったシカ肉のミンチを肉団子にして、作られたのが【オハウ】である。オハウは【汁物】と言う意味。作り方は本州以南で言う潮汁とほぼ同じである。
具材を煮込み、灰汁を取り(これは近代の事で、元来灰汁は栄養の内と見做して取らないのが正式だったのだそうだ)、具材に火が通ったら火から下ろす。
具は必ずしも獣肉である必要は無く、例えばサケの干物を水で戻して作る【チェプオハウ】と言うオハウも存在する。
前述の動画ではシカ肉団子の他に根菜と小松菜を具材として用いていたが、昔はこれが季節の山菜であったのだろう。
ニリンソウと言う山菜が存在する。この山菜は汁物の具材としては最上とされ、アイヌ語では【オハウキナ≒汁物の為の草】と呼ばれていたそうだ。
味つけはシンプルに塩のみ。
塩が貴重な時代には焼いた昆布を粉末にしたものや獣脂で味つけしたのだと言う。

…と、此処まで書いてふと気がついた。これは北海道の郷土料理のひとつ【三平汁】とほぼ作り方が同じである事を。
三平汁はひと言で言うならサケの潮汁であり、地域によって風味づけに酒粕を入れたりするものの(ウチの実家で作る三平汁もそうだった)基本的には塩と具材(三平汁の場合はサケ)の出汁のみで味をつける。
気になって調べてみたら、オハウが和人の食生活に取り入れられた結果、誕生したのが三平汁なのだそうだ(諸説あり)。意外な発見だった。

最近では、現代風にアレンジされたアイヌ料理を振る舞う食堂もあるやに聞く…例えば獣脂の代わりにバターを用いたり、今では入手困難な山菜を市場で購入出来る野菜で補ったり、と言った具合に。
機会があれば一度足を運び、再現されたチタタプやオハウを賞味したいものだが、叶うかどうか…それともレシピに習い、有り合わせの材料で自ら作る方が早いだろうか?
少なくとも三平汁ならワタクシにも作れそうだ。

2022年9月29日追記
チタタプについては、萱野茂さんが採話した以下のような昔ばなしがある。

昔々、親不孝な兄弟が居て、いつも年老いた両親に食べ物を与えずに居た。ある時兄弟は川でサケを捕まえてその氷頭でチタタプを作り、両親に黙ってふたりだけで食べようとした。それを見て怒った文化神オキクルミカムイは兄弟を捕らえ、親不孝の罰として醜い鳥に変えてしまった。これが今のヨタカである。
ヨタカは人間だった時の親不孝の罰として、昼日中は飛ぶ事が出来ず、僅かな虫けらだけしか食べられず、チタタプを刻む時に鳴る「ロロロロッ」と言う声しか出せないのだ。

参照・萱野茂【ひとつぶのサッチポロ】

尚、本州以南ではヨタカを【キュウリキザミ】(庖丁でキュウリを刻むような声を出す事に由来)と呼ぶ事を申し添える。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?