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【元祖】パンダ

今でこそ【パンダ】と言えばジャイアントパンダを指すようになったが、この【パンダ】と言う名称は、元々レッサーパンダを指す語句だった。

【パンダ】と言う語の誕生には諸説あるが、一般的にはネパール語でレッサーパンダを意味する【ネガリャ・ポニャ】(【ネガリャ】は竹、【ポニャ】は爪の意)の【ポニャ】がフランス語転化されて誕生したと言う説が有力である。因みにレッサーパンダ…元祖【パンダ】が西洋にもたらされ、学術的に記載されたのは、ジャイアントパンダより先駆けて40年程早い1825年の事と言われる。

元祖【パンダ】の記載に関わったフランスの博物学者フレデリク・キュヴィエはこの動物が持つ見事な赤褐色の毛皮に感動し、「本種こそ世界で最も美しく素晴らしい動物だ」と賞賛したと言われる。フレデリク・キュヴィエが本種に与えた学名は…

【Ailurus fulgens】

と言うが、アイルルスは【猫】フルゲンスは【輝く】または【焔のような】と言う意味がある。
【焔色の猫】。なかなか洒落た学名だ。キュヴィエ博士の感動が伝わるようではないか。

元祖【パンダ】が注目されたのは、然しその外見の美しさだけでは無かった。明らかに食肉動物の歯列や身体的特徴を持つにも関わらず、植物食寄りの雑食性である事も学者達を驚かせたのだ。
初めて生きた元祖【パンダ】が長い船旅の末ヨーロッパに上陸した時、その元祖【パンダ】は長旅ですっかり痩せ衰えていた。「航行中、牛乳と米飯を与えていた」と船員に聞かされた学者はそれが痩せ衰えた原因だと考え、直ぐに餌として活きたヒヨコを用意したが、元祖【パンダ】は見向きもしなかった。試みに学者が自宅の庭に痩せてしまった元祖【パンダ】を放つと、元祖【パンダ】はバラの植え込みにまっしぐらに掛けていき、赤々と稔ったローズヒップを貪るように食べ始めた…と言う逸話もある。

それから40年後、1869年の事。

ジャイアントパンダ…当時の中国では【白熊】(ベイシォン)と呼ばれていたらしい…を初めて西洋に知らしめた宣教師にして博物学者のピエール・アルマン・ダビッド神父は、発見当初この【白熊】を外見的特徴から率直に熊の仲間と判断した。ダビッド神父が本種に与えた学名は…

【Urusus melanoleucus】

である。
ウルススは【熊】、メラノレウクスは【黒と白の(毛皮を持つ)】と言う意味である。ウルスス属はヒグマやホッキョクグマを含む属だ。余談になるがこの学名の直訳である【白黒熊】と言う語は、昭和時代までジャイアントパンダの和名として用いられていた。

ところが、後になって元祖【パンダ】とダビッド神父の【白黒熊】は幾つかの解剖学的特徴から、共にアライグマの仲間に近いと考えられるようになった。そうしてダビッド神父の【白黒熊】は元祖【パンダ】の大型の親戚だと言う事からジャイアントパンダと呼ばれるようになり、いつの間にかパンダと言えばジャイアントパンダを指すようになった。レッサーパンダの呼称も、この頃生まれたものだ。

その後、大小2種の【パンダ】の分類は二転三転した。2種を含む独立したパンダ科を設けられたり、ジャイアントパンダのみが独立したジャイアントパンダ科を設けられたりした。そしてジャイアントパンダが発見されて100年余り過ぎた頃、遺伝子による進化系統分類が確立し、ジャイアントパンダはクマ科に分類される事が明らかになった。より厳密に言うと、現存するクマ科動物の共通祖先から、かなり初期の頃に分岐して独自に進化した動物であるらしい。属こそ違うものの、ダビッド神父の見解は正しかったと言う事になる。

因みに現在のジャイアントパンダの学名は

【Ailuropoda melanoleuca】

直訳すると【猫(レッサーパンダの事)の足を持ち黒と白(の毛皮を持つ)】。種小名はダビッド神父の記載を尊重するカタチになっている。

…で、肝心のレッサーパンダの分類であるが、現在ではレッサーパンダのみで独立した科を設ける説が有力である。最も完全にコンセンサスが得られている訳では無いらしく、海外の文献ではレッサーパンダをアライグマ科に含む考えも根強く、逆にワシントン条約では近年までレッサーパンダをクマ科に含めていた。

近年の調査で、レッサーパンダ科に含まれる動物は嘗て今より大型の種が多く、中には大型ネコ類のように積極的にハンティングする捕食者と見られる種も存在した事が判明している。
然し後にネコ科の捕食者が台頭すると次第に勢力を失い、雑食性にシフトチェンジした現存種を除き絶滅してしまったようだ。
初期の熊から分岐して大型化、ベジタリアンになったジャイアントパンダの進化史も興味深いものだが、レッサーパンダの進化史はその上を行く謎に包まれている。

つけ加えると、現代においてレッサーパンダと言う語が通じるのは日本だけと言っても恐らく過言は無い。
Lesserと言う単語には【小さい】と言う本来の意味の他に【劣った】と言う意味も含まれており、海外特に英語圏では差別的なニュアンスを醸し出すからである。
英語圏ではレッサーパンダを【Red Panda】ジャイアントパンダを【Panda Bear】と呼ぶ事が多い。YouTubeでレッサーパンダの動画を探す時は是非【Red Panda】で検索してみて欲しい。

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