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亥の子七代

北海道には、本来イノシシは自然分布していない事になっている。元々イノシシは雪深い地域には住まないとされており、ユーラシア大陸にイノシシが棲むのに北海道にイノシシが居ないとされたのも、そうした気候が関係するものと考えられる。縄文時代に人為的に数度持ち込まれた形跡はあるらしいのだが、結局定着しなかったようだ(元々繁殖目的では無かったのかも知れない)。
ところがそんな北海道は渡島地区にて、どう見てもイノシシにしか見えない動物が出没し、大騒動になった事がある。

1891年の事と言うから、今からかれこれ100年以上前の話になる。
現在の北斗市郊外にある森町で、体長170センチ弱、体重100キログラム以上もある未知の動物が捕獲された。
その身体構造は鋭い牙と言い、ゴワゴワした体毛と言い全くイノシシそのものだったが、前述の通り、本来北海道にはイノシシは棲息しないと考えられていた為、捕まえたハンターも鑑定を行った科学者も困惑してしまった。
結局この動物に関しては90年もの長い期間の議論の末、家畜のブタが逃げて野生化した個体であろう……と言う結果に落ち着いた。この野生化したブタは"イノシシもどき"と呼ばれるようになり、剥製にされ、函館公園内の市立博物館に展示された(ワタクシも実際に見た事がある)。

イノシシとブタは、生物学的には同じ動物である。より詳しく言えば、イノシシを家畜として改良したのがブタである。その為イノシシとブタは雑種交配が出来る程度には身体構造が近い。そうして生まれたイノシシとブタの合いの子は【イノブタ】と呼ばれる。イノブタはイノシシより肉にクセが無いとされ、日本では食用に生産される事がある。
昔から【猪七代経てばいのこ(ブタの古名)になる】と言う俚諺がある。これは"如何に粗野な血筋でも何代も経ると思わぬ逸材となる"事の喩えとして使われる(もっとも逆の意味で用いられる事もある)事が多いが、逆も又然りなのである…つまり【豕七代経てば猪になる】と言う逆転現象が起きるのだ。

例えば、オーストラリアには開拓者が持ち込んだ様々な様々な家畜が野生化して問題になっているが、中でもブタの野生化はかなり深刻らしく、当地では野生化したブタを【SwampHog】(沼イノシシ)と呼んで駆除の対象にしていると聞く。沼イノシシと呼ばれるのは彼等が寄生虫を落とす為に頻繁に泥浴びをする習性と、湿地に生える様々な植物を餌とし、湿地本来の生態系に悪影響を齎す事に因むと言う。その【沼イノシシ】の写真を見た事があるが、毛に斑がある事、体型がやや丸く胴体が比率的に大きい(イノシシはどちらかと言うと肩が発達し前半身のボリュームが大きい)以外はほぼ品種改良前のイノシシそのものだった。
また、東南アジアや環太平洋の島々ではブタを放し飼いする為に野生化したブタが先祖返りし、更に家畜のブタと交わると言うカオスな状況が長らく続いている。環太平洋の島々のブタは家畜化の程度が低い事もあるのだろうが、かなりイノシシに近いシルエットをしている。

函館のイノシシもどきも、時期は不明だが飼育下から逃げ出し、厳しい北海道の自然を耐え抜いて生きた個体、或いはその子孫だったのだろう。

余談になるが、北斗市にある大沼国定公園の中核を為す湖・大沼には幕末の頃に【サイに似た異獣】が時折出没し、鹿部川を遊泳する姿が度々見られたと言い、またそれを見た外国人も多いと言うエピソードがある。然し、流石にサイが文明時代の北海道に生きていたとは俄かには考えにくい。或いはこの異獣の正体も野生化したブタか、または縄文時代に持ち込まれたイノシシの末裔が正体だったのかも知れない。

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