見出し画像

そこのけそこのけオオバン通る

(ヘッダー画像及び文中の画像はウィキメディア・コモンズよりお借りしました)

近頃、近所の船着き場でオオバン(大鷭)の姿を頻繁に見かけるようになった。

オオバンは鳥綱ツル目クイナ科に属する水鳥である。馴染みの無い方の為にその外観を軽く説明すると、全長は32〜40cm、翼開張(翼を広げた端から端までの長さ)が70〜80cmとコールダック位のサイズ感である。頭部や頸部は黒い羽毛、胴体は灰黒色の羽毛で被われ、上面は青みがかる。次列風切羽(翼の一部を形成する羽毛)の先端のみ白い。虹彩は赤ないし赤褐色。嘴の色彩は白く、上嘴から額にかけて白い肉質(額板と呼ばれる)で覆われている。脚は体の割にかなり発達している。夏季は脚の色彩が黄緑色や緑青色、冬季は脚の色彩が灰緑色に変わるが、それ以外に大きな外見の変化は無い。趾には木の葉のような形をした水掻き(弁足と呼ばれる)がある。
同じクイナ科の鳥にバン(鷭)と言う種が存在し、そのバンよりもやや大型なので【大鷭】と名づけられた。バンは額板や嘴が赤く脚が黄緑色で、趾に弁足が無いので簡単に識別が可能だ。

陸に上がったオオバン。
【弁足】と呼ばれる特徴的な水掻きが目立つ
バン。オオバンより小さく、用心深い性質。
【魔女の笑い】に例えられる高い声で鳴く。
弁足が無い趾に注目

植物食寄りの雑食性で、昆虫や小魚を食べる事もあるが、大抵は水草を主食にしている。冬の餌の乏しい時は枯れ草やその根も啄む。一度だけ、近所の川の土手で枯れ草の根を必死に啄むオオバンの群れを見かけた事がある。
泳ぎは鴨より遅いが、陸上での動きは鴨よりもずっと活発である。

分布は極めて広く、新大陸(南北アメリカ)と両極及びその周辺の寒冷な地域以外の、旧大陸のほぼ全域に分布する(但し地域により夏鳥か冬鳥かに差異がある)。
英名はCootと言うが、これは鳴き声に由来するとも、ケルト語で本種を指す語が転化したとも言われている、それだけ馴染み深いと言う事なのかも知れない。
オオバンの種としての保全状況評価は、世界的には国際自然保護連合(IUCN)により軽度懸念(LC)の指定を受けており、また日本の各都道府県では下記の通りレッドリストに指定している。

絶滅寸前(絶滅危惧I類、CR) - 埼玉県
危急種(絶滅危惧II類・VU) - 栃木県、千葉県、大分県
準絶滅危惧(NT) - 群馬県、富山県、京都府、大阪府、奈良県、山口県、香川県、沖縄県
要注目種 - 宮城県
情報不足(DD) - 岩手県、福島県

然し、我が在所(千葉県市川市)では上記の情報に疑問符をつけたくなる位にはオオバンの姿をたくさん見かける。特に冬になると鴨の群れに混じって相当な数のオオバンが素知らぬ顔で泳いでいる。そして時折潜って(オオバンは潜水の名手である)海底の海藻を啄んでまた浮かんで来る。
我が在所だけかと思っていたら、お隣にある船橋市のとある川でも同様にオオバンがたくさんぷかぷか浮いていて驚かされたものだった。東京都の隅田川でもかなりの規模の群れを見る機会があるようだ。地域によっては枯れヨシの葉陰に潜んでなかなか接近が難しい鳥とされているのに、何故我が在所や近郊各所では白昼堂々オオバンが闊歩しているのだろう?

オオバンを含むクイナの仲間は本来非常に用心深い種が多く、大抵のクイナはおおっぴらに人目につく場所に姿を現す事は無い。その代わりにクイナ類の多くは特徴的な鳴き声を出す事が知られており、その鳴き声が存在を示す証となる事が多い。
そして、オオバンも嘗ては御多分に漏れず、人前に姿を現す事は極端に少ない鳥だった。それが平成も半ば辺りから、少なくとも我が在所では季節的ではあるものの決して珍しくない鳥のひとつになった。一体オオバンの世界に何があったのだろう。

可能性としてはふたつ考えられる。
先ず、日本人の野鳥に対する意識が変わり、野外で鳥を見かけても矢鱈と追い回したり石を投げつける者が居なくなった。
次に、東京湾が全面的に禁猟区になり(信じ難い事に1987年に全面的に禁猟区に指定されるまで、東京湾は鴨狩りのメッカのひとつだった)内陸の公園の池等に避難していた鴨が東京湾に一極集中した為に、それまで鴨達が独占していた環境に空白が生じて、オオバンがその空白を埋めた…と言う事である(後者は飽くまでワタクシの素人考えであるのだが)。
誰からも危害を加えられず、更に競合相手も存在しない。オオバンがそこに目をつけライフスタイルを変えたとしても、然程不思議では無い。

序でにつけ加えると、オオバンは条件さえ良ければ年に2回繁殖する事が可能である。そして前年巣立った若鳥の一部が、親鳥を手伝って育雛を行う【ヘルパー】の役割を担う事でも知られる。これは子育てのスキルを身につけるのと同時に、縄張りを持てない若年個体が喰いっぱぐれない為の戦略でもあるらしい。力をつけるまで親鳥の縄張りに留まり、弟や妹に当たる雛を庇護する事で自分達の生存率をも高めている訳だ。

こう言う戦略を持つ鳥は、例え個体数が大幅に減少しても存外個体数の回復が早い。現にユーラシア大陸各地ではオオバンの繁殖率が高くなり、寧ろ個体数が増加に転じていると言う推測もある。
時には畑を荒らすとして有害鳥獣扱いを受け駆除の対象にされてしまう事もあると言うオオバンだが、人間の思惑等他所に、実際は結構したたかに生きている鳥なのかも知れない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?