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鹿の子模様

※この記事は以下に記す内容を頭に入れつつお読み下さい

☆鹿の仲間は年に一回ツノが生え変わる(但し、シフゾウと言う鹿は例外的に年に二回ツノが生え変わる)。春先に「ベルベット」と呼ばれる皮膚を被ったツノが伸びはじめ、秋頃に骨化してベルベットが剥がれ、冬に落ち、そして春に再びツノが生える。因みに本記事で触れたい内容からズレるが、骨化する前の皮膚を被った鹿のツノは【袋ヅノ】(漢方名は【鹿茸(ろくじょう)】)と呼び、滋養強壮の食材として珍重されている。

☆殆どの鹿には「夏毛」と「冬毛」がある。本州以南に住むニホンジカと北海道に住むエゾジカの場合、夏毛(春から夏)は明るい褐色の地に白い鹿の子模様がある。冬毛(秋から冬)はこの鹿の子模様が無くなり、全体的に暗い褐色になる。

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随分昔の話になるが、ある日必要に迫られ、図書館から動物のデッサンの本を借りて読んだ。

その本の中で、手本として様々な時代の日本画が掲載されていたが、江戸時代に描かれたものと思しき鹿の絵を示して筆者による「この絵には矛盾がある」旨の記述があった。
良く見るとその鹿の絵は、体にはハッキリとした鹿の子模様がある一方、ツノはベルベットが剥がれ骨化した秋の鹿のそれであった。
デッサンの本の著者はそれを「科学的に見て有り得ない事」と痛罵し、その鹿の絵の事を「絵描きが犯してはいけない最大のミスの好例」とまで言い切っていた。

それから数日後。
ふと鹿の絵を描きたくなったワタクシは、またもや図書館に出向き、今度は鹿の写真集を借りてきた。確か奈良の鹿を写したものでは無かったかと思う。

その写真集に載っていた写真の一枚に、ワタクシは釘づけになった。何故ならその写真には、ベルベットが剥げた骨化したツノを持ちながら、体にハッキリと鹿の子模様を持った鹿が写っていたのだ。
勿論画像が加工された訳ではない。
正真正銘、そう言う鹿が生きていて写真に収まったのである。

もしかしたら例外的な個体だったのかも知れないが、ともかく写真と言う動かぬ証拠により、先の鹿の絵を描いた絵師の名誉が回復した瞬間である。あの動物デッサンの本を書いた著者がこの鹿の写真を見たら、果たして何と言うだろうか。前言撤回するのだろうか。

これまた余談になるが、インドにはアクシスジカと呼ばれる鹿がいる。日本の鹿に比べておとなしく、飼育が容易な動物だそうだ。このアクシスジカは【世界一美しい鹿】とも呼ばれ、濃く鮮やかな栗色の体にはっきりした白い鹿の子模様を持つ。ニホンジカやエゾジカと違うのは夏毛・冬毛共にこの鹿の子模様が消えない事である。ワタクシは東武動物公園(埼玉県)と東山動植物園(愛知県)でこの鹿を見たが、確かに美麗だった。
前述のデッサン本の著者にアクシスジカを見せたら、果たしてどんな感想が得られるだろうか。見せてやりたいが、何分昭和時代に書かれた本だ。著者は既に天に召されている可能性が高いだろう。何故か残念な気持ちになる。


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