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【蝦夷幽世問わず語り】アイヌ神話をご理解頂く為の添え書き

アイヌの人々は、和人つまり本州以南に住む人々(及びそれらを祖とする北海道への移民の子孫の人々)とは異なった世界観・宗教観を持っています。それらの中で、蝦夷の幽世の存在を語るに辺り予め知って置くとより理解が深まりそうな事柄を、この記事にまとめる事にします。

●カムイ

通常【神】と訳される事が多い語句です。
然し、和人の宗教観とは異なり、一部の例外を除いた場合アイヌの人々とカムイは全く対等な立ち位置にあります。
例えば熊等、狩りの獲物は【カムイが肉と言う土産を持ち毛皮の外套を身に着けた姿】と考え、捕らえた後は盛大な感謝の儀式を行った一方、熊がヒトを殺すような事があれば獲物として扱わず、被害者の骸と共に埋葬するか(カムイはヒトの骸の腐臭を殊の外嫌がるそうです)極端な場合は皮つきのままぶつ切りにして朽木等のカムイに供えると言う対応を行いました。これらはヒトがカムイに与えうる最大の罰だとされ、こうされたカムイは二度とカムイとして復活出来なくなると言われています。
また、川で水死人が出ると、雄弁な者が川のカムイに対し「監督不行届ではないか」と談判をすると言う事も行われていました(最もこうした談判の後で「これからはきちんと監督するならば今まで通りカムイとして崇めよう」と言う結びで終わらせる事が多く、アイヌの人々の寛大さを感じます)。
そう言う意味では、大多数のカムイは寧ろ群小の精霊と呼ぶべき性質のものが多いと言えるかも知れません。
本マガジンではそれを踏まえ、和人の価値観でも【カミ】と扱うべき重要な存在以外は、敢えて【精霊】の訳で統一しています。
普段は上天に存在するカムイの国で暮らしており、そこではどのカムイもヒトの姿を取ります。
因みに創造神、文化神、英雄神、火や水の神、天候を司る神等の極めて高位なカムイは特に【パセカムイ(重いカムイ)】と呼ばれます。

●トゥレンカムイ

【憑神】と邦訳されます。【トゥレンペ】とも呼びます。ヒトに憑依してその善悪の属性を左右したり、時にはシャーマンの口を借りて託宣等を行う超自然的な(或いは霊的な)存在を指します。
ヒトは最低でもひとりのトゥレンカムイを有していると考えられ、また善悪両方のトゥレンカムイが存在すると考えられています。ウウェペケレ(昔ばなし)の描写では、心が良くない者を「あの者は憑神が良くなくて嗚呼なったのだから仕方が無い」と言った風に表現します(萱野茂さんはこれを【ヒトがなるべくヒトを憎まぬようにした生活の知恵】と評しています)。

●イナウ

【木幣(きぬさ)】と邦訳されます。アイヌの人々がカムイを祀る際に用いた祭具で、ヤナギやミズキの木を細く伐り、削り掛けを幣のように垂らしたものです。酒(アイヌ語ではトノト)と共に、特に狩りの獲物や、使い古して壊れた道具に宿るカムイを祀る時に大変重要な役割を果たします。
祀られたカムイが天にこれを持ち帰ると、ヤナギのイナウは銀、ミズキのイナウは黄金になるとされていました(ヤナギの材が白く、ミズキの材が黄色みを帯びる為にこう言われるようになったようです)。邪悪なカムイを祀る時など特別な場合を除き、ヤナギとミズキ以外の材は用いない事になっています。
カムイがヒトに対しイナウを要求する時にしばしば用いられる句に「私は立派なイナウや上等な酒は遠慮するが、粗末なイナウと酒の絞り粕でも捧げてくれたらあなたを末永く見守ろう」と言う内容のものがありますが、ヒトに害を為したカムイを祀る時でも無い限りは、イナウは丁寧に作り、上等な酒を醸して祀るのが普通です。

●ヨモギ

アイヌ語では【ノヤ】。アイヌ伝承に置いてはモシリに一番最初に芽吹いた植物とされ、聖なる草と語られています。北海道のヨモギは草丈が高く秋には茎が木化すると言う特性があり、実際に矢柄に使えそうな程の強度を誇ります。そんな聖なる草なので、アイヌ伝承に置いては【ヨモギの矢で留めを刺された魔物は二度と復活出来ない】とまで言われ、ヨモギを束ねた草人形にヨモギの茎で作った槍を持たせた即席のカムイを作り、悪いカムイを懲らしたり、化け物に留めを刺すと言った描写が度々登場します。また、アイヌ語で【タクサ】と呼ばれる魔を払う為の浄めの道具は、ヨモギを中心に棘のある様々な植物を束ねて作ります。

●テイネポクナモシリ

意訳すると【湿った地下の国土】となります。アイヌ神話に置ける地獄・奈落の地であり、贖罪を為し得ない重罪人の魂やヒトを殺した熊のカムイ、その他この世で悪さをした様々な邪悪なカムイ等が堕ちる場所だとされています。
和人の宗教観では地獄と言えば血の池、針の山、燃え盛る炎と言ったイメージが連想されますが、アイヌ神話の地獄が何故湿地の国とされるかについては、根釧原野等に今も存在する谷地坊主や底無し沼と言った、時に命に関わる湿地の環境が大いに反映されていると言う説があります。
因みに、アイヌ神話ではカエルをテケレピッ(胆振)またはオオアッ(日高)と呼び、湿った環境に好んで棲む事から、テイネポクナモシリと関連づけられて大変嫌われていたそうです。

他に別途記載が必要な事項があれば、随時追加します。

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