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フラミンゴ・ジュース

日本のそこそこ大きな規模の動物園に行くと、大抵フラミンゴが飼育されている。
一番多いのは南米産のチリーフラミンゴ、次いで多いのがカリブ海周辺に棲息するベニイロフラミンゴである。この2種は形態が似ているが、チリーフラミンゴは淡い桜色、ベニイロフラミンゴはオレンジがかった淡赤色の羽毛を持つので簡単に区別がつく(体はベニイロフラミンゴの方がやや大きい)。

近年まで分類に混乱があった鳥で、昭和時代にはコウノトリもくフラミンゴ科に分類されていた。この当時のコウノトリ目はフラミンゴだけでは無くサギ、トキ、シュモクドリ、ハシビロコウも含む大きな目だったのだが、遺伝子的見地からフラミンゴは寧ろカイツブリに近い事が判明、フラミンゴ目と言う独立した目を設けられた。余談ではあるがサギやトキ、ハシビロコウ、シュモクドリはペリカン目にに再分類されている。

フラミンゴの語源はラテン語の【Flamma】つまり【炎】が由来である。
分類名のPhoenicopteridaeは直訳すると【赤い翼】。
いずれもフラミンゴの体色の鮮やかさに由来する。
フラミンゴは現存種が6種類おり、その全てが赤と言うか淡赤色の羽毛を持つ事、また大群で移動する様がまさに炎のように見えるのでこんな名前がつけられた。
この淡赤色の羽毛は餌に含まれるβカロテン色素に由来する。フラミンゴは厳格な濾過食者(フィルター・フィーダー)で、塩水湖に無尽蔵に湧くプランクトンを専ら食べる。その食性の為に体の特殊化が著しく、特に頭部の構造は他に例を見ない。下向きに曲がった嘴は下嘴の方が分厚く、上嘴はまるで蓋をするような構造になっている。そしてこの嘴の中には【ラメラ】と呼ばれる微細な櫛状の突起と、肉厚で良く動く舌が備わっている。
フラミンゴは採食の時、頭を逆さにして上嘴を水面に漬け、舌と喉をせわしなく動かして水を口腔内に吸い込みながら、吸い込んだ水の中のプランクトンだけをラメラで濾し取り、水は吐き出す。そして、口腔内に残ったプランクトンを嚥下するのだ。
塩水湖と言う環境と、プランクトンと言う食資源を利用して繁栄した鳥類はフラミンゴを除けば一部の絶滅した鴨の仲間のみであり、そう言う意味ではフラミンゴは競合相手も存在せず、限定された生態的地位に納まった事で生物としてはまずまずの成功を手に入れた訳である。

フラミンゴの淡赤色の羽毛は、想像以上にフラミンゴの暮らしと密接に関わっている。フラミンゴは一夫一婦制の鳥だが、パートナーを選ぶ基準のひとつが【羽毛の色が鮮やかさに富むかどうか】である。栄養状態が悪く羽毛の色が褪せたフラミンゴは高確率でつがいの形成に失敗する。勿論パートナー候補の健康状態を見極める為の習性でもあるのだが、フラミンゴがパートナーの羽色に拘るのには別の理由も存在する。

フラミンゴは1シーズン中にひとつしか卵を産まない。産まれた卵は雌雄交代で抱卵し、孵化した雛も雌雄で面倒を見る。この際、雛の餌としてフラミンゴは消化器官の内壁で【フラミンゴ・ジュース】と呼ばれる物質を分布する。そのフラミンゴ・ジュースの主原料が羽毛を淡赤色に染める色素なのだ(他に脂肪と、微量であるが血液由来の栄養素が含まれる)。フラミンゴ・ジュースは雌雄共に分泌が可能だが、オスの方がより熱心に分泌する傾向がある。この栄養豊かな【特別食】により雛は驚くべきスピードで成長し、綿毛が抜け落ちる頃には淡赤色の羽毛が生え揃っている、と言う具合である。但し子育てを終えた頃には、親鳥の羽毛の色素はすっかり抜けてしまっている。
このフラミンゴ・ジュースは、親鳥の口から雛の口に文字通り【口移し】で与えられる。高濃度のβカロテン色素を含む為、端から見ると親鳥の嘴から血が垂れているようにしか見えない。実際古代ローマ人は、フラミンゴを【我が血で雛を育てる鳥】と考えていたそうだ。

同じような【雛用専門食】を作る鳥としては他にハトの仲間が知られる(ハトのそれは【ピジョン・ミルク】と呼ばれる)。ハトはピジョン・ミルクのお陰で種によっては年に2回以上繁殖する事が可能だが、フラミンゴがフラミンゴ・ジュースと言う雛用専門食を会得したのにハト程繁殖力が高くないのは、矢張り餌がかなり特殊な所為であろうか。

そんなフラミンゴだが、人間との関わりはお世辞にも良好とは言えない。古代ローマ人はフラミンゴの肉厚な舌を高級食材と見做しており、食用としてフラミンゴを乱獲した。アフリカの各地では未だにフラミンゴの卵を食用に採取している国があり、フラミンゴの繁殖を脅かして居る。更に近年ではフラミンゴが棲息する塩水湖が開発の対象にされてどんどん規模が縮小している。フラミンゴの野生での個体数は明らかに減少しており、特にボリビアに棲息するジェームズフラミンゴは一度は絶滅したとさえ考えられていた。野生のフラミンゴの未来は決して明るいとは言えない。

最後に動物園でのフラミンゴ飼育について幾つか小ネタを列挙しよう。
フラミンゴは野生下では数万羽単位の大群で生活する程群衆性が強い。飼育下で数話単位で飼育するとストレスで短命になるとさえ言われている。限られたスペースでの飼育ではこれが大きなネックになるが、近年、フラミンゴの飼育スペースの一部壁面に鏡を設置して実際の飼育数より多く見せかける試みが各地で実施され、ある程度の効果を上げている。
また、フラミンゴの飼育下の餌であるが、昭和時代の動物園ではチックフード(鶏の雛用の専門食)にオキアミやサクラエビ、シラス等を混ぜ、必要に応じて摺り下ろした人参や着色料を加えて与える事が多かった。最近ではフラミンゴ専用に開発されたペレット(人工飼料の一種)が用いられるようになっている。運が良ければ餌箱に水と共に盛られたフラミンゴ専用のペレットを、フラミンゴが喉を激しく動かして濾し取り飲み込む光景が見られる筈だ。

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