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呑兵衛な小動物

"ツパイ"(Tupaia)と呼ばれる動物群が居る。

語義は東南アジアの何処かの国の言葉(マレー語?)で【リス】を意味するが、リスとは全く縁が遠い動物である。ごく近年までは原始的な霊長類の仲間とされていたが、その後の研究により全ての有胎盤類(カモノハシ、ハリモグラ、有袋類を除いた哺乳類の総称)の基盤に近い動物だと考えられるようになった。

このツパイと言う動物、兎に角データが乏しい。最大の種でもドブネズミと同程度のサイズしか無く、しかもほぼ完全な樹上棲である為に野外での継続的な観察が極めて難しい為だ。その木登りのスキルは超一流で、日本ではツパイを分類する為に設けた目(もく)の名称を【登攀目】(とうはんもく。"登攀"とは素早く高所に登る様を示す)と表記する程である。

日本での動物園飼育例は恐らく皆無に近いだろう。海外の動物園でも例があるかどうか怪しい。その為か知名度は哺乳類の中でも群を抜いて低い。ただ、このツパイ類の中には人間以外の動物ではほぼ日常的に"飲酒"を行う種が居る事で知られる。
ハネオツパイ(またはヤバネツパイ)と呼ばれる種がそれだ。無理矢理漢字で書けば【羽根尾登攀鼠】。イメージはヘッダー画像(ウィキメディア・コモンズより借用)を御覧頂きたい。

ハネオツパイは、ヤシの樹液や花蜜が醗酵した液体を好んで摂取する。この液体は現地ではトディ(Toddy)と呼ばれ、酒の原料として珍重されている。そしてトディは、ハネオツパイだけでは無くジャコウネコなどの動物も好物とする食資源のひとつである。
然し、ハネオツパイに至っては食餌のほぼ全てをこの天然のアルコールで賄っていると言われる。と言うより、ハネオツパイがトディ以外の食べ物を食べている姿が観察された例が皆無なのだそうだ。因みにハネオツパイがトディを摂取するのは、人間に置き換えると赤ワインの大きめのボトルを一気に干すのと同等の影響があると言う。尚、ハネオツパイが摂取したアルコールを体内でどのように分解しているか、メカニズムは明らかになっていない。

野生の動物が天然のアルコールを摂取すると言う話はアフリカにも存在する。
ある種の樹の果実は完熟して地表に積もった状態で放置すると糖分が分解・醗酵して短時間でアルコールを精製、それを食べた動物は大はゾウから小はイボイノシシやヒヒやネズミまで、正体も無く酩酊する様子が確認されている。
近年、この事例を「迷信だ」と非難する動きがあったらしいが、それは恐らく開発等の影響でアフリカ全土から豊かな自然が減少し、上記のような光景が滅多に見られなくなったと言うオチでは無かろうか。少なくともワタクシは過去に数度、記録動画を実際にテレビで観た事がある。

哺乳類繁栄の黎明期にも、同じような事例があったらしい。ドイツのメッセル採掘場で見つかった化石ウマ・プロパレオテリウムの遺骸には、胃袋に当る部分に醗酵したブドウの残存物が残されていた(それも咀嚼された状態で)。
恐らくこのプロパレオテリウムは醗酵したブドウを食べ過ぎ、酩酊した状態で事故に巻き込まれ死んで化石になってしまったと考えられている。

…とは言え、アフリカの呑兵衛達も、プロパレオテリウムも、餌の殆どを日常的にアルコールが含まれる食資源で賄っている訳では無い。飽くまで様々な食餌の中のひとつに過ぎないのである。
それを鑑みるに、食餌の殆どを天然のアルコール・トディに頼っているハネオツパイは、矢張り哺乳類の中でもかなり異色な存在と言えるのでは無いだろうか。

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