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怪蛇

ワタクシが中学三年生の頃に、担任の教師から聞いた話である。

担任は、若い頃に地方の小学校に勤務していたのだそうだ。
ある年の遠足の折、生徒を引率しながら田舎の未舗装の道を歩いていた担任は、道の真ん中に異様なモノを見かけたのだと言う。

良く見ると、それは蛇だった。
そこいらにいる当たり前のアオダイショウやシマヘビとは違う、太くて長く、そして真っ黒な蛇だったそうだ。
ただ、首の周りの鱗が、首輪でもかけたように黄色かった、と担任は言っていた。

担任は、その異様な蛇に只者ならぬ気配を感じたらしい。咄嗟に後ろに続く生徒を牽制し「動くな!」と叫んだのだそうだ。その担任の叫びに逆らう生徒は居なかったと言う。

黒い蛇は、そのまま悠々と藪に姿を消していった。担任と生徒達は、蛇の姿がすっかり見えなくなるまで、その場から動けなかったそうだ。

「今でも不思議でならんのだよ。直感であの蛇は近寄ったら拙い蛇だと思った。テクパン君、君は確か妖怪が好きだっただろう?黒くて首の周りだけ黄色い蛇の妖怪なんて居るものなのかね?」

担任はそう結んだ。

その時は明確な答えを担任に提供出来なかったのだけれど、成長して様々な民間伝承に触れる内、担任が出会った妖しい蛇に近い姿をした妖怪…と言うか【蛇神】の事を知った。「土瓶神(とんぼがみ)」と呼ばれるのがそれだ。「トウビョウ」と呼ばれる事もあると言う(【藤蔓】の音読の転化とする説がある)。
「土瓶神」は憑神に近い性質を持つ存在で、小さな壺の中で飼い、酒等を壺に入れてやると富貴をもたらすのだそうだ。然し「土瓶神」は祀り方を誤ったり、捧げ物を惜しんだりすると激しく祟り、最悪の場合家が没落すると言うから、手軽に頼るべき神では無い。但し、岡山県ではこの「土瓶神」を「道通様(どうつうさま)」と呼び、祠を建て生卵を供えて敬う。「道通様」は「土瓶神」を神聖視し重く祀った存在であるらしい。

上記に記した蛇神には、ある共通点が存在する。それは【体が小さく、首に輪のような模様がある】と言う事である。
日本の蛇でこうした外見的特徴を有するのは、ヤマカガシの幼蛇である。

ヤマカガシの幼蛇
(ウィキメディア・コモンズより借用)

ヤマカガシの幼蛇と「土瓶神」の関係については判然としない。また、担任が出会った黒くて首の周りが黄色い蛇が「土瓶神」と同じものかどうかはワタクシには判らない(そもそも担任が出会った蛇は、「土瓶神」にしては大き過ぎる気がする。然しヤマカガシは成長すると緑、赤ないし黄色、黒の斑が美しい姿に変わる為、幼蛇の模様のまま成長したヤマカガシと断ずるのも些か心許無いものがある)。
だが、「土瓶神」と担任が出会った蛇との外見的類似は、単なる偶然とはワタクシには思えない。
「土瓶神」との関連性はともかくとして…多分、担任が出会った妖しい蛇は間違いなく幽世の側の者だったのではあるまいか。担任が蛇の歩みを止めず、姿を消すまで見届けたのは英断だったのだろう…と、今は思う。


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